- 月面都市『コペルニクス』。
- 文字通り月に作られた町で、地球のどの国家にも、プラントにも属さない中立の自治地区だ。
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- CE75、春。
- 戦争は終わったとは言っても、まだまだナチュラルとコーディネータの遺恨は残っており、あちこちで衝突は耐えない。
- そのため公平を期すという意味でも、地球連邦政府、オーブ、プラントの間で行われる外交交渉は、もっぱらこの月で行われていた。
- 今日もプラントとオーブの代表者達がここに集まり、外交交渉を行っている。
- そのため、その会合が行われている会場近辺は物々しい雰囲気に包まれている。
- 万一テロでも発生した場合、それが新しい戦争の火種に成りかねない為だ。
- 双方、そして月の自治体関係者はそれを警戒して、緊迫した表情で周囲の状況に目を光らせていた。
- とは言えそこで暮らす市民達にそれはあまり関係の無いことで、そこから外れた市街地は、いつもと変わらない平穏な日常を過ごしていた。
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- そんな和平交渉の最中、2人の男がその平穏な町中を歩いている。
- 1人はきりっとした凛々しい面構えに蒼い髪を持つ青年。
- もう1人は整った顔立ちで、女性的な印象も受ける鷲色の髪をした青年。
- どちらも国を代表する交渉団の護衛、サポートとしてこの町にやって来ているのだが、その2人が連れ立って、桜並木を訪れていた。
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- 男達の名前はアスランとキラ。
- 今はオーブとプラントにそれぞれ離れて暮らす2人だが、幼少をここコペルニクスで過ごしており、兄弟のように育った。
- そのためこの町は思い出の詰まった、故郷とも呼べるところなのだ。
- 2人は交渉の間の休憩時間に、懐かしさに駆られて少し散策をしていた。
- その中でも、最も心に残っている思い出の場所が、この桜並木の道だ。
- 申し合わせたわけでもなく、昔の記憶を辿っていると、自然と足はここに向いていた。
- しかし2人にとって印象に残っているのは、楽しかった日々の出来事ではない。
- 此処は、アスランがキラにトリィを渡し、最初の別れを告げた場所でもあった。
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「Reunion with young day」
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- 「とても懐かしいね」
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- キラは、はらはらと降り注ぐ桜の花びらに目を細めて、感想を零す。
- その言葉には、どこか重みが感じられる。
- それもそのはず、アスランがトリィを渡した時から、もう10年近く経っている。
- あの時とは町並みも変わっているし、見えている目線の高さも異なる。
- お互いに様々な出来事を経験し、大人になり、あの時とは無かった考え方も持っている。
- 昔は頻繁にここも通っていたのだが、あの別れの後、2人で訪れるのは初めてだ。
- 時間の経過を感じるのも、無理ないことだ。
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- ここまでの10年は長かったようで、それでいてあっという間のようだった。
- 決して楽しいこと、嬉しいことばかりの記憶ではないが、それでも忘れられないここまでの自分の身に起こった出来事。
- 戦場での突然の再会から、幾度の衝突と別離を経て、こうして友として2人でまたここに立っていることは、不思議な感覚もする。
- だがそれだけに、アスランはただ平穏に生きてきたよりも、何倍も濃密な時間を過ごしたことを感じながら、そうだな、と同意する。
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- しばらく黙って桜を見上げている2人。
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- 「あの時も、こんな風に桜がたくさん降ってくる日だったよね」
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- キラはまだ桜の花を見上げながら呟く。
- その表情は懐かしみの中に、寂しげな愁いが含まれている。
- 横からそれを見たアスランは、自らも悲しげな目でキラの横顔を見つめるが、口元には微かに笑みが浮かんでいる。
- 隣にいる親友が、寂しそうな顔をするのは自分も寂しいが、彼もまた自分と同じことを思っていたことは、素直に嬉しかった。
- どうしようもなく憎しみあってしまったこともあったが、やはり一番の親友だと思わずにはいられない。
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- 「ああ、あの時のキラは、泣きそうな顔をしてた」
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- アスランが少しからかうように答える。
- 言われたキラは、そんな顔してないよとぶつぶつ文句を言うが、強くは否定しない。
- アスランと別れることが誰よりも寂しかったのは間違いないから。
- だがキラは、アスランにからかわれたままなのは少し癪だったので、意趣返しをする。
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- 「知ってる?本当はあの後、言いたかったことがあったんだよ」
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- 気持ちがいっぱいだったから言いそびれたけど、と今度はキラが悪戯っぽく笑う。
- キラの問いに、アスランは苦笑して首を横に振る。
- エスパーじゃないんだから、いくら親友でもそこまではさすがに分からない。
- けれどもまるで幼い頃に戻ったみたいで、アスランの心は弾んだままだ。
- アスランの反応に満足したのか、キラは笑みを柔らかいものに変えると、言葉を紡いだ。
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- 「2人とも大きくなったら、またこの桜の木を見に来ようねって」
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- 言われてアスランは目を見開いた。
- キラの願いと同時に、自分も心の底ではそれを渇望していたことに気が付いて。
- ここに来てから、少し悲しい懐かしさと同時に込み上げる喜びは、きっとそうゆうことなのだろう。
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- 「じゃあ、願いが叶ったな」
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- アスランは目を細めて、また頭に降り注ぐ桜の雨を見上げる。
- キラも、そうだね、と同意して同じ様に桜を見上げる。
- まるで2人を祝うかのように、桜の花びらはひらひらと周りに降り注いだ。
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- そうして佇む2人の背後から、呼ぶ声が聞こえる。
- どちらもそれぞれが最も大切に思う女性の声だ。
- 2人は柔らかい笑顔を浮かべて、声のする方を振り返る。
- そこには間違いなく彼らの思い人達がいて、笑顔で手を振っている。
- それに手を振って応えながら、キラが囁く。
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- 「今度は仕事じゃなくて来たいね。僕達の大切な人も一緒に連れてさ、この桜を見に」
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- 表情は笑顔だが、声は真剣そのものだ。
- それはそうだろう。
- 今ここにいるのは、そんなことが自由に出来る平和な世界を築くために、お互いそれぞれの場所で、それぞれの戦いに赴くことを選んだのだから。
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- 「ああ、いつか必ず来よう」
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- アスランは力強く頷き、固く決心をした。
- いつか未来に、本当の平和な世界が訪れた時には、きっと。
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- 「それじゃあ行きますか。我らが姫の元へ」
- 「そうだな」
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- 2人は頷き合うと、小走りに愛しい人の元へ駆け寄る。
- その表情は幸せに満ちた笑顔で溢れていた。
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- 今改めて、2人の記憶の中に、この場所の出来事が刻まれた。
- 別れという悲しかった思い出の上に、再会という喜ばしい記憶が。
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