- 「元気でやってるかな、あいつら」
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- カガリは不意に書類にサインをしていた手を止め、ふと窓から見える空を見上げながら呟いた。
- その目は空よりも遠くを見ていて、懐かしさと優しさに溢れている。
- アスランは一瞬その言葉に誰のことかと首を傾げるが、カガリの目を見て言わんとすることを理解すると、同じ目をして同じように窓の外を見つめて答える。
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- 「そうだな。2人のことだ、きっと仲良くやってるだろうな」
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- そしてカガリが考えている人物達の様子を想像すると、思わず笑みが零れた。
- あの2人の仲睦まじさは、最早世界中で有名だ。
- 十中八九、2人で寄り添っているに違いないと、それしか考えられないほど。
- 正直あれだけ仲睦まじくいて、よく恥ずかしく無いものだとすら思う。
- アスランは、自分やカガリであればああは出来ないな、と独りごちる。
- 少し羨ましく思うこともなくはないが。
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- だがそんな2人を見ていると、安心感というか、とても和やかな温かい気持ちになれたのもまた事実。
- それはあの2人が独特の柔らかい雰囲気を持っているからだろうか。
- それとも2人のこれまでの苦しみや痛みを、それを乗り越えた逞しさと優しさを知っているからだろうか。
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- ただ、その理由はすぐにどうでもよくなった。
- 2人が仲が良いことに変わりなければ、自分達もまた嬉しいと思う気持ちが、今の全てだから。
- カガリもアスランも同じことを思いながら、この思いよ届けとばかりに、遥か宇宙の先にまで馳せる。
- それは思い描く2人が、彼らの想像そのままに、お互いの想いを再認識し、寄り添っていた時だった。
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FINAL-PLUS 「友の祈り」
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- ここは地球の赤道直下に位置する国オーブ。
- いつもと変わらない真夏の太陽が照りつける空の下、カガリとアスランは行政府の執務室に篭って、仕事をしていた。
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- カガリは代表首長としてオーブをまとめる大変な仕事をしている。
- 国を背負うということは本当に大変なことだ。
- 国民達の生活をより良いものにするため、治安の維持から新しい技術の確立に法律の制定、他国との交渉、国益を守るための意志と態度、そして力。
- 戦争は無くても、持つべきもの、やるべきことはたくさんある。
- それはなったことがある者にしか分からない激務だ。
- だがカガリは弱音も愚痴も吐かずに、懸命に頑張っていた。
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- アスランはそんなカガリを公私に渡ってサポートしている。
- 大切な友人からも託された思いを、しっかりと受け止め、そして自分の意志でそうありたいと願った。
- もしも自分に力があるのならば、自分が守りたいと思う、他人のために使うべきだと信じるから。
- それに、大切なものを失う辛さを知っているからこそ、例えその道が困難であっても、共に歩みたいと思う。
- 手に入れたい未来が、確かにあるから。
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- そんな2人の目下最大の難敵は、目の前に積み上げられた書類の数々だ。
- いつものことだが、この書類に国民からの要望や、諸外国からの意見などが書かれている。
- その一つ一つに目を通してサインをしていく、これが今やらなければならない仕事だ。
- これが予想以上に大変な作業なのだ。
- ずっと続けていると目は乾いてくるし、サインする腕も疲れてくるし。
- だがこれが次の未来のための大切な一歩になってくるのだから、文句を言っている暇が惜しい。
- 2人はそれぞれの責任に応じて、黙々とそれらに目を通していった。
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- その作業をもう数時間続けていた時だった。
- そこで何故かふと思い出された、今は遠くに離れている家族と友人であり、自分にとっての良き理解者であり、同じ未来を目指す同志達。
- キラとラクス。
- 今やラクスはプラントの最高評議会議長、キラはその直属部隊の特務隊隊長。
- 元々素質や力があったと認める存在だが、その職務がある意味では似合わない連中だと、思わず苦笑も零れる。
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- 同時に昔の出来事も思い起こされる。
- それは第2次ヤキンドゥーエの戦いが終わった直後で、キラが廃人のようになってしまった時のこと。
- あの時のキラは見ているこちらが辛いほど憔悴しきっていて、こちらの問い掛けにもほとんど反応せず、このまま死んでしまわないか、不安でしょうがなかった。
- しかしラクスは、そんなキラに献身的に寄り添って、必死にキラを生かしていた。
- 壊れた人形のように、焦点の合わない瞳でどこか遠くを見ていた、何も反応を示さなかったキラを。
- 本当は血を分けた家族、兄弟である自分がそれをすべきだったと思わなくも無いが、国の代表としてオーブを背負うことになった以上、キラ1人のことだけを気に掛けている暇は無かった。
- そんなものは言い訳だと、自分を責めたこともあった。
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- だがラクスの行為と思いが通じたのか、キラは少しずつ笑顔を見せるようになった。
- いや、きっとそうに違いない。
- ラクスが居なければきっとキラは死んでいただろうと、カガリは今でも信じている。
- そんな変わっていくキラを見るのは、とても嬉しかったことを思い出し、ラクスに心から感謝の念を送る。
- 大切な家族を、自分に代わって守ってくれたのだから。
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- またその頃から、キラとラクスは2人で一緒に居る時間が増えたことも思い出す。
- 2人が一緒に居る時は、これまでのことが嘘の様に、幸せそうな表情や仕草を見せるようになっていった。
- こんなにも人は変われるのかと、傍から見ている側としては、呆れるやら羨ましいやらだった。
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- だが傍から見ていて、2人はとてもお似合いに見えた。
- お互いをとても大切に思っているのが分かったし、応援したいと思い、見ている方もなんだか心が温かくなるような、そんな気持ちになれた。
- きっと大事な人達が幸せそうにしているのは、自分も幸せになれるのだと知った瞬間でもあった。
- だから、時々見ていて恥ずかしいことがあったのは、この際置いておく。
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- 「キラにもラクスにも、幸せになってもらいたいよな」
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- カガリがしみじみと呟く。
- 自称姉として、それは切に願うことだ。
- キラと自分が双子の兄弟だと聞かされた時は驚きばかりがあってそれどころでは無かったのだが、落ち着くと色々な疑問が生じた。
- 何故自分とキラは別々に引き取られたのか、どうしてそんなことになったのか、そもそも何故自分はナチュラルでキラがコーディネータなのか。
- それがキラを苦しめている原因だとも知らずに。
- だからその過去を聞かされた時は、衝撃を受けた。
- そしてキラがどれほど辛い思いをしたのか、何故あんな状態になってしまったのか、分かる気もして、仕方がないことだとも思えた。
- 誰だって、自分が母親からではなく、機械の中で育てられて産まれてきた、と言う事を聞かされればショックも受ける。
- それが何人もの犠牲者の上に成り立った、唯一の成功体という事実まで突きつけられれば、それを何とも思わないのは、余程冷酷で不感症な人間か、何事も楽観的にしか考えられない人間くらいだろう。
- 誕生した命に、成功とか失敗とかいう概念が存在したことに、人類の業と欲の深さを感じる。
- そのとこに自分だって胸を痛めずにはいられなかったのだから。
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- だが本当の苦しみは、例え双子であっても、キラにしか分からない。
- そのことが歯痒くもあった。
- もし自分が逆の立場だったらどうだろうかとも考える。
- やはりキラと同じように傷ついたと思うし、とてもではないがオーブの代表などに就いていないことは間違いない。
- それをキラは独りで背負わなくてはならなかったのだ。
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- そしてラクスは、全くの他人だったキラの重荷を、自分に変わって、一緒に背負ってくれた。
- それだけキラのことを大切に想っていることが、遠くからしか見守れなかった自分にも伝わってくる。
- それを知っているから、キラの傍に寄り添えるのは彼女しかいないと確信している。
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- だからこそ、2人で幸せになって欲しい。
- それが辛く困難な茨の道だと分かっていても、自分達のために、世界のために正しいと思うことを、傷つきながらも選び取って来た彼らだから。
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- 「ああ、そうだな」
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- アスランは淡く笑みを浮かべて同意する。
- もちろん、心からそう願う。
- キラがどれだけ優しい心の持ち主かは、親友である自分がよく分かっている。
- 本当は争いなど好まない性格なのに、他の誰かを守るために力を振るう。
- それはとても辛いことのはずなのに、それをおくびにも出さずに、先頭に立って戦い続けてきた。
- 手を差し伸べてくれた。
- その笑顔にどれだけ救われたか分からない。
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- そしてラクスも。
- その華奢に見える体に、一体どれほどの期待と重圧を背負っているのだろう。
- 見た目よりも彼女はずっと強い。
- そのことは良く知っているつもりだ。
- だが本音をうまく隠すことがうまいラクスのことだから、見た目以上に色々と抱えているだろうことは想像に難くない。
- それでも輝きを失わないでいるのは、キラが傍で支えているからだろうことも。
- 大切な人が傍に居るということは、それだけで勇気が出る。
- 辛いことがあっても、前を向くことができる。
- 今の自分がそうであるように。
- だから2人は諦めずに、自分を、皆を導いていけたのだと思う。
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- そんな2人の友人であることを、とても誇りに思うのだ。
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- 「今は直接は会えないが、連絡でもしてみるか。あっちも忙しいだろうが、声くらいは聞けるだろう」
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- 不意にアスランが提案した。
- 2人がアスランにとっても大切な人達であることは間違いない。
- そんなことを考えていたらどうしようもなく、久し振りに声が聞きたくなった。
- 普段のアスランなら、私用でシークレット通信を使うなと諌める立場なのだが、今日は特別だ。
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- カガリは意外な提案に驚くが、すぐに笑みを浮かべて、そうだな、と嬉しそうに通信機を手に取る。
- 呼び出しをしてすぐに、モニタの向こうにキラとラクスが仲良く並んで現れる。
- 予想通りの光景に、また笑顔が零れるアスランとカガリ。
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- 「よっ、元気にしてるか、2人とも」
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- いつもの快活な挨拶をするカガリ。
- キラとラクスは通信の相手に驚いた表情を浮かべるが、すぐにいつもの優しい笑顔を浮かべる。
- その笑顔を見ると、カガリもアスランもとても気持ちが安らぐ。
- そしてやっぱりこの2人が笑顔でいるのは、嬉しいことだと再確認する。
- そんなことを思いながら、最近に出来事などを笑って話して聞かせた。
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- 「どうしたの?今日はアスランまで。いつもは緊急時以外は使うなって言ってるのにさ」
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- キラは少しからかうような口調で聞いてくる。
- 確かにいつものアスランなら、こんな私的な通信は、不機嫌そうな顔をして説教すると切ってしまう。
- それを、アスランは頭が硬いよねと、キラは愚痴を零すのだが。
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- だが今日に限っては、そのアスランからの通信だった。
- キラの疑問は尤もでもあり、喜びありで、からかう絶好のネタだった。
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- 「たまにはお前達に、こっちの様子を知らせてやろうと思ってな。元気でやってるかとか、気になることがあるだろうからな」
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- しかしアスランもキラに負けじと切り返す。
- 予想外のアスランの切り返しに、キラは驚きの表情を浮かべた後、声をあげて笑い出した。
- アスランも、そしてラクスもカガリも釣られて笑い出す。
- そこには友達との楽しい会話、そして幸せが溢れていた。
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- そうしてしばらく談笑を続けていた4人だが、キラとラクスもまた同じ話をしていたことに驚き、さらに話が盛り上がったのは、言うまでもなかった。
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