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- ノイマンはいきなりのことに驚いていた。
- それも人生でベスト3に入るくらいの。
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- 目の前にいる、この新しい上官である青年は何を思ってそんなことを聞くのだろうか。
- 正直意図が見えない。
- しかし、と、生真面目な性格のノイマンは、その問い掛けに対する自分の中の答えを頭の中で辿る。
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- 『運命』という言葉は、あまり好きではないというのが本音だ。
- 自分にこれから起こる出来事が、全て偶然ではなくて、予め決められた一本の線のようでありながら、先が見えないという不安。
- そして時にそれらに振り回されるという現実。
- そもそもそれのみで定められる世界を否定し、戦ったのだから当然と言えば当然かも知れない。
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- それでもやはり、避けられない運命というものがあるのだということは、これまで幾度か痛感してきた。
- 自分が今ここに居ることにもそれを感じずにはいられない。
- 結局のところ、やはり人には相応の運命があるのだということを、自己完結するしかなかった。
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「運命」
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- ノイマンは驚きに大きく目を見開いて、問い掛けた人物を凝視している。
- その表情には何故そんな変な質問をするのだ、という言葉がありありと浮かんでいる。
- それを見て取った翡翠の目を持った青年、アスランは、少しバツが悪そうに苦笑した。
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- 彼はまだ少年の域を脱したばかりの青年であるが、これでもれっきとした上官だ。
- しかし良くも悪くも上官らしくないところがある。
- それは前の上官であったキラにも言えることだが、と言うよりは彼の方が顕著だったのだが、周囲から上官として接されることを嫌っていた。
- マリューを始めアークエンジェルのクルー達には、准将待遇の扱いを受けた後も、これまでと同じように接するように依頼して回っていた。
- 年は下であるし、まだ幼さすら残している彼の容姿からは確かに厳つい上官のイメージとはほど遠いが、それでも彼への信頼と誰もが認める実力からすれば至極当然のことで、クルー達は彼が上官になることを素直に受け止めていた。
- だがキラの性格上、人に対して偉そうに命令するのは気が引け、難しい注文だ。
- キラらしいと言えばらしいその要望に、一同は苦笑しながらも、快く了承した経緯がある。
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- 一方のアスランはと言うと、さすがにザフト軍の正規の訓練を受けただけあって、その辺りの切替えや態度に卒が無い。
- しかしそんなアスランも階級をつけて呼ばれると、少し擽ったそうな、それでいて困惑を押し殺した表情を浮かべるのだ。
- その辺はキラと正反対の性格のように見えて、案外似た者同士なのかも知れない。
- さすが親友同士、と言ったところか。
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- ノイマンは、そのアスランからまさかそんな問い掛けをされるとは夢にも思わず、上官に対する態度としては些か許されざるものであることも忘れて、ただただアスランの方を見つめるばかりだ。
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- ここはアークエンジェルのブリッジ。
- メンテナンスのために操舵手席に座して、システムのチェックを行っていたノイマンの元に、アスランがやって来て唐突に問い掛けた。
- 『運命』というものを信じていますか、と。
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- その問い掛けに対して、果たして何人の人がまともに答えられるだろうか。
- 自分でも満足に答えられない難しい質問に、アスランも問い掛けながら、その自分の行為を少しばかり後悔した。
- 実際ノイマンも戸惑ったような表情を見せた。
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- だがノイマンは、嫌がるような素振りは見せず、少し考えてから自分が思ったことを正直に話した。
- そして何でまたそんなことを聞くのか、気になり思わず口にする。
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- アスランは、今度はノイマンが答えたことに軽い驚きと感謝の念を抱いて、一つ息を吐き出すと、ポツポツと語り出す。
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- 「正直、まだまだ不安もありますし、これで良かったのか、と思うこともあります」
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- 『デスティニープラン』を阻止して、自分達の手で未来を切り開く世界を選び取った。
- その自分達が取った行動を後悔はしていない。
- だが、では自分が正しいのかと問われると、分からないと答えるだろう。
- 確かにデュランダルの唱えた『デスティニープラン』に希望を見出した人も多く、そんな人達の未来を潰えさせたことは間違いなかった。
- それが今の世界に混乱を貶めている一因ではある。
- だからそのことが不安なのだ。
- 自分達の行いが、一方の側からの立場でしか見えていなくて、また同じ様な悲劇が起こってしまうことが、起こしてしまうことが。
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- 「でもそれって、皆同じですよね」
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- しばしの沈黙の後、ノイマンが言葉を発した。
- またアスランが驚いた表情を浮かべて、ノイマンをじっと見つめる。
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- 凝視されているノイマンは、少し照れくさそうな笑みを零して、肩をすくめる。
- ノイマンも自分達の行為全てが正しかったとは思っていない。
- ただ何もせずに後で過ちに気づいた時、それはきっと大きな後悔になる。
- アスランだって分かっているはずだ。
- 一度はまた敵味方に分かれてしまったが、そのことに苦しんでいた彼の姿も知っているから、
- 彼が戻ってきたことを、アークエンジェルクルー達は誰もが歓迎した。
- それはアスランが自らその道を選んだから。
- 決して運命とやらに決められたものでないと信じている。
- そして自分が今ここにいるのも、自分の意志で決めたからに他ならない。
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- 「だからやっぱり、運命って奴は自分の手で切り開くものなんだと、俺は思います」
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- ノイマンは自分にも言い聞かせるように、そう言葉を締めくくった。
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- アスランはしばらく驚いた表情を浮かべたままだったが、やがて微笑を零すと、そうですね、と短く同意を示す。
- そこにはもう、迷いは感じられない。
- 自分達が目指そうと言う世界は、そうゆうものだと改めて確認し、そして納得したから。
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- そう、彼らはこれからも『運命』に立ち向かっていく。
- 自らが信じて望む未来、自らの手で築く、戦争の無い平和な世界を手に入れるために。
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