- 「父さん、母さん、早く早く!」
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- コウは桜の花びらが舞い散る公園へと続く道を、飛び跳ねるようにはしゃぎながら目の前に開けてきた光景に堪えきれなくなり、そこに向かって走り出す。
- そして入り口まで来ると後ろからのんびりと歩いてくる両親の方を振り返り、急かすように振り返ると手招きをする。
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- 「そんなに慌てなくても、桜は散ってしまわないよ」
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- キラはそんな息子の様子に苦笑する。
- だがコウにそんな父の忠告は届いていない。
- 初めて見る桜の光景に、興奮する気持ちは止められないのだ。
- 結局まだのんびりと歩いてくる両親を待ちきれずに、双子の片割れと一緒にさらに先へと駆けて行く。
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- 「でもとても綺麗ですから、もっと近くでよく見たいのです」
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- ヒカリも溢れる好奇心を抑えきれずに、どんどん公園の中へ入っていく。
- あまりにも楽しそうにはしゃいでいるため双子を止めることをキラは諦めたが、それでも父親らしくあんまりはしゃいでと転ばないようにね、と注意する
- だがどちらもニッコリと笑顔を両親に見せると、大丈夫ですとお互いに負けじと公園の並木道を先へと急ぎ、ついには競争が始まる。
- キラはそれを見て、子供達を放って置く訳にもいかないから少し急ごうか、と隣のラクスに声を掛けようとした。
- しかしキラが声を掛ける前にラクスが悪戯っぽく笑うと、これもお願いします、と彼女が持っていた荷物をキラに持たせるとタッと子供達を追いかける。
- キラ一人をを置き去りにして。
- キラはその行動に驚きそれから小さな声で不満を漏らしてみるが、既にラクスも声の届かないところまで行っている。
- そんな母子にしょうがないなあと小さく溜息を吐くが、その表情は笑っていた。
- その視線の先では意外に足の速いところを見せたラクスが双子に追いつくと、双子が驚いた様子で母を見上げ、楽しげに笑い合っている。
- それから3人でキラに向かって大きく手を振る。
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- 「キラも早くいらしてくださいな」
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- ラクスは双子と一緒に、にこにこと急かす。
- キラが一番好きな笑顔で。
- その光景にキラは笑顔を返しながら、歩みを速めてそっと幸せを噛み締めた。
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「Hicaf row of cherry trees」
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- 今日のプラントは一日中快晴の予報。
- 花見をするには絶好の、暖かな陽気に包まれた休日だ。
- かねてからの約束どおり何とか休日を取ったキラとラクスは、双子を連れて花見のできる公園へとやって来た。
- これ以上、子供達に寂しい思いをさせたくなかったし、彼らの両親としてきちんと責任を果たしたいと願ったから。
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- そんな彼らを出迎えたのは遊歩道の脇に咲き誇る桜と、麗らかな春の日差し。
- 桜の間から零れる光がさらにゆらゆらと散る花びらを鮮やかに映し出し、まるで物語の世界の中に入ってしまったようだ。
- ようやく追いついたキラが揃って、親子は仲良くその幻想的な光景を楽しむ。
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- 「どうしてこんなに綺麗なのかな?」
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- コウはじっと一番大きな桜の木を見上げながら呟く。
- ヒカリも同じことを思ったらしい。
- 父の服の裾をくいっと引っ張ると何故ですかと、その顔を覗き込むように見上げる。
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- 急に問われてキラは答えに窮してしまうが、少し考え込む仕草をしてから口を開く。
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- 「それは多分、こうして花びらがたくさん散ってしまうからじゃないかな」
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- キラはひらひらと目の前に舞い降りてきたその花弁を一枚手の平で受け止めて、少しだけ遠い目で話を続ける。
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- 「こんなに綺麗なのにすぐに散るから、それが人の目には儚く映って切ない気持ちになる。だから余計に綺麗に見えるんだと思う」
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- 手の平から風に吹かれて舞い上がった花びらを目で追いながら、キラは少しだけ戦争のことを、戦争で散ってしまった命のことを思う。
- 人の命もまた、桜に似ているなと。
- その表情には僅かに影が差した。
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- キラの表情の変化に気が付かなかった双子は、父の言葉に目をパチパチして、うーんと父の顔を見上げる。
- とても素敵なことを言っている気はするが、父の言うことがよく理解できない。
- すぐに散ってしまうのは確かにちょっと悲しいけどそれがどうして綺麗に繋がるんだろう、ずっと咲いていればもっと綺麗だと思うのに、と双子は顔を見合わせる。
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- 「ふふ、ヒカリとコウにはちょっと難しかったですわね」
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- 難しい顔をしてしまった双子の頭を優しく撫でてから、ラクスはキラの傍らに立って彼の腕に自らのそれを絡ませる。
- ラクスには分かった。
- キラが今は無き命に、思いを馳せたことを。
- そのことを忘れろとは言わないし、むしろ忘れてはいけないことだと思う。
- 同じ悲劇を繰り返さないためにも。
- でも子供達には何の罪もないのだから、そんな話をするのに少しは時と場所を考えて欲しい。
- 少しだけ非難の色を込めて、ラクスはキラの肩越しに上目遣いで見つめる。
- ラクスの視線の意味に気が付いたキラは、儚いように薄く微笑んでゴメンと小さく謝罪する。
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- 双子は両親のやり取りにますます訳が分からなくなる。
- 他の人には分からない両親だけの幸せそうなやり取りを見るのはとても好きだが、何となくいつもと雰囲気が異なることを敏感に感じ取り、家族の間を沈黙が支配する。
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- 折角家族そろってお花見に来たのに、この状況は大変もったいない。
- ラクスは重くなった空気を変えようと、はたと手を合わせて、努めて明るく双子の方へくるりと向きを変える。
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- 「お腹も空いてきましたし、お弁当にしましょう」
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- ラクスが提案すると、双子は抱いた疑問など忘れてしまったように、無邪気に歓声を上げてお弁当が食べられそうな場所を見つけに駆け出す。
- 子供には花より団子が嬉しいらしい。
- コロっと変わった子供の様子にキラは思わず苦笑する。
- しかしラクスが作ったお弁当を楽しみにしているのはキラも同じで、ラクスの手を引いて子供達の後ろを付いていく。
- そして一つの桜の木の下にそのスペースを見つけると、敷物を敷いてその上に座る。
- 双子はお弁当を広げるなり次々と料理を口に運んでいく。
- キラとラクスは笑みを耐えてその様子を見つめているが、それでも双子に桜の花を愛でる心が無いわけではなくて。
- お弁当を頬張りながら、時折風に舞い上がる桜の花びらに感嘆の声を上げながら見入っている。
- 今日のお弁当の味が格別だったのは言うまでも無かった。
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