- 正直なところ、まさか自分にこの瞬間が訪れるとは思っていなかった。
- かつて戦争の中で、身勝手な思いと行動でたくさんの人を傷つけて、死なせて、そんな自分がこうして幸せになることにはずっと抵抗があった。
- 今でもそういった気持ちが全くないわけじゃない。
- それでも、自分が幸せになりたいという気持ちよりも、相手を幸せにしたいと思う気持ちがずっと強かった。
- それが一番辛い時に自分を支えてくれた人なら尚更。
- どんなに辛くても、苦しくても、悲しくても、その人達の分まで一生懸命生きていくこと。
- それが自分に課せられた罪を償う唯一の方法だと、教えてくれた人だから。
- 相手がこんな自分に微笑んでくれることがとても幸せだと感じながら。
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- シンは一人慣れない格好で鏡の前でそわそわしながら、胸の中でそんなことを思い返していた。
- そして鏡の前で自分の顔を見て、大きく息を吐く。
- これから行う出来事に緊張している自分を自嘲しながら、ガリガリと頭を掻き決意の篭った表情で再び鏡に映った自分の姿を見据える。
- 準備を手伝ってくれた子供達は似合うといってくれたが、自分では正直あまり似合っているとは思えない。
- でもこの格好をしていることに後悔はない。
- そうあることを決意し、相手にその想いを告げたのだから。
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- 今日、シン=アスカとルナマリア=ホークは結婚式を挙げる。
- これからも2人で一緒に苦難を乗り越えて、永く幸せを築いていくことを誓うために。
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「At happiness」
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- 「お姉ちゃん、綺麗」
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- メイリンはようやく目の前の人物の着替えの手伝いが終わると、うっとりと目を細めてそう感想を語る。
- カリダも嬉しそうに微笑みながらうんうんと頷く。
- 一方ルナマリアは、この一人では着られない豪華な純白のドレス姿を鏡で見て、まるで自分じゃないみたいと感想を抱いていた。
- それからメイリンの言葉に恥ずかしそうにはにかんで、目線を床に落とす。
- 彼女だって女の子だ。
- 自分の今の姿に憧れを抱いたことも一度や二度ではないし、着れたことはすごく嬉しい。
- でもいざ自分がその格好をしてみると、少しばかり気恥ずかしく自信が無い。
- 他の女の子がカレッジや他の職で青春を謳歌している時に、自分は軍人になるべくアカデミーに所属し、普通とは少々異なる青春時代を戦場の中で過ごしてきた。
- それが自分は女らしくないという思い込みに繋がっているためだ。
- しかし実際には充分に彼女は女らしい。
- それを周囲の人間はよく分かっている。
- だから彼女のためにこうして色々と準備をしているのだ。
- その心遣いが素直にルナマリアには嬉しくて、とても感謝していた。
- そうであるが故に、今の姿がその思いに応えられているか不安でもあるわけだ。
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- そこに扉をノックする音が聞こえる。
- カリダがどうぞと声を掛けると、躊躇いがちに扉が開かれてシンが部屋に入ってくる。
- そしてルナマリアの姿を見るなり、思わず見惚れて固まってしまった。
- 普段はもっと活動的な格好をしていることが多いので、シンの目にも新鮮と言うか、まるで別世界に迷い込んでしまったような感覚すらある。
- それほどルナマリアの姿が美しく、神々しく見えたのだ。
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- 「ほらシン、旦那様から何か気の利いた言葉の一つもないの」
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- メイリンがニヤニヤと脇を突っついてようやく我に返ったシンは、顔を耳まで真っ赤にしながらボソッと呟く。
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- 「とても、綺麗だよ」
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- それしか言葉に出なかった。
- 他のどんな飾った言葉も、霞んでしまうような気がして。
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- 「あ、ありがとう」
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- ルナマリアも喜びと恥ずかしさに胸いっぱいで、やっとの思いで言葉を搾り出す。
- 愛する人からその一言をもらうほうが、他のどんな言葉よりも嬉しかったから。
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- そんな初々しい2人にカリダは微笑を零すと、メイリンを促して部屋の外へと退散する。
- 取り残された新婚さんの間にしばし訪れる沈黙の時間。
- 身動き一つできないほど緊張している2人だが、やがてルナマリアの方がふとシンに尋ねる。
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- 「私で、本当に良いの?」
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- ルナマリアは不安そうな表情で下からシンを覗き込む。
- 先ほどもそうだったように、自分の女らしさに自信が無い彼女。
- それであるが故にシンを幸せにできないかも知れないという不安がある。
- その結果、シンが自分から離れてしまうことが怖いのだ。
- それは多分幸せすぎて、今のこの感覚を失うのを恐れるから。
- ルナマリアは想い人が傍に居る幸せを深く強く知りすぎてしまっていた。
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- だがシンに迷う理由はない。
- 彼女が思うような女らしさなど、そんなことはどうでも良い。
- 唯一番辛い時にずっと傍に居てくれたから。
- だから罪の意識に苛まされながらどこか心は温かくて、自分を見失うことなくここまで立ち直ることができたのだということを、シンが一番よく分かっている。
- もう彼女は自分の半身、と言ってしまっても良いほどに。
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- 「俺には、ルナしかいない」
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- ルナマリアの問いに即答で呻くように言いながら、シンはルナマリアに一歩近づくと、ゆっくりと両手を背中に回して抱きしめる。
- 力いっぱい、だがルナマリアが苦しく無い様に、ドレスが乱れないように気をつけて。
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- 「ありがとう」
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- ルナマリアもそんなシンの耳元にささやくいて、シンの背中に手を回す。
- ああ、この人と一緒にいて良かった、と改めて想いながら。
- そうして互いの温もりを感じることで、緊張が随分和らいだ。
- そのまま2人は無言で抱き合ったままとても長い間のような、それでいてあっと言う間のような時間が過ぎる。
- 相手の鼓動が聞こえるその沈黙が2人にはとても心地よく感じられた。
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- それからいくらかして扉の向こうからメイリンの声が聞こえる。
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- 「シン、お姉ちゃん、そろそろ時間だよ」
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- 言われてシンはパッと体を離すと、分かったと返事をする。
- 今日は自分達を祝福するために、仲間達がわざわざ集まってくれているのだ。
- 忙しい彼らをいつまでも待たせるわけにはいかない。
- そしてここまで影で支えてくれた彼らに感謝する意味も込めて、ちゃんと幸せになった、そしてこれからなっていく2人を見てもらうのだ。
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- さあ行こうと、シンは今までで最高の笑顔を見せて手を差し出す。
- ルナマリアも同じ笑顔を返してその手を取り、2人は一緒に部屋の扉を開け放つ。
- その先に見えるのは、光に満ちた未来へと繋がる一筋の道だった。
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