- それはプラントのある晴れた昼下がり。
- ラクスはとあることを疑問に思っていた。
- それはとても些細なことで、その結果がどうであれこの想いに揺るぎがないことは自分の中で間違いないのだが。
- しかし一度気になりだすと止まらない。
- 元より行動派のラクスだ。
- それで自分達の関係が崩れることはないという、自惚れにも似た確信に内心苦笑しながら思い切って確かめることにした。
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- 「キラ」
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- 少しだけいつもよりドキドキする胸を抑えながら、いつもと同じように穏やかに彼の人を呼ぶ。
- 呼ばれた当人は柔らかい笑みを浮かべてゆっくりと振り返る。
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- 「何、ラクス」
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- それはラクスの心を暖かく満たし幸せな気分にしてくれる。
- ともすればそれに溺れてしまいそうだが、今の目的はそれを甘受することではない。
- またいつでもこの温もりに酔うことが出来ると今はその幸せを一瞬だけ振り払うことを決意すると、ゆっくりと艶やかにその手を、愛しい人の頬から顎へと滑らせる。
- それをキラは少しだけ不思議そうに首を傾げ、しかしラクスの行動を全て受け入れることを示しているかのようにただじっと、ラクスの手の温もりを感じながらその目を見つめている。
- ラクスはその瞳に笑みを返しながら、先ほどから思っていた疑問を口から吐き出した。
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- 「やはり、赤くなりませんわねえ」
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- ラクスの言葉の意味を図りかねるキラは形の良い眉を顰めるしかなかった。
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「Tinge the cheeks」
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- 「いつからキラのお顔は赤くならなくなったのでしょうか?」
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- ラクスはとても純粋に不思議そうに呟く。
- キラが、自分が名前を呼んでも手を握っても顔を赤く染めなくなったのは、一体いつからだろうか。
- 先ほどから疑問として抱いていたのはそのことだった。
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- 「初めてお会いした時は、名乗られる時でさえお顔を赤くされていましたのに」
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- ちょっとだけ残念そうに言いながら、思い出される運命の出会い。
- ポットから出て宙でバランスを崩した手を取ってくれたのが、キラとラクスの最初の出会いだった。
- その時のことを思い出すと、ラクスの胸に今も不思議ででも暖かく甘酸っぱい想いが広がっていく。
- 今にして思えば、あの時からどこかキラに惹かれていたのだと悟ることができる。
- そしてその時のキラはというと、自分の手を取って顔を赤く染めてあの時のキラは本当に可愛らしくてとても純粋な方だと思いましたのにと、一人思い出に浸っている。
- もちろん、声にハッキリと出して。
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- キラは突然始まった過去の回想話にただ呆然と、鼓動が激しくなる音だけ辛うじて自覚しながら愛しい人を見つめていた。
- 確かに昔の自分は女の子と話をしたこともほとんど無かったため、ちょっと話をしただけで何となく恥ずかしい気がしていたのだが。
- まさか今そんな話をされるとは思わなかった。
- ラクスが時々突飛な行動を取ることはわかっていても、なかなかそれらに慣れることができない。
- キラは少しだけ気まずそうに、だが時間が経つにつれて何となく今の自分を否定されたような寂しさを覚えて俯く。
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- 「それって、今の僕じゃ不満だってこと、なのかな」
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- 思わず小さく消え入りそうな声で漏らす。
- 悲しげに潤んだ瞳で、上目遣いにラクスを見つめて。
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- その瞳がまたラクスの胸を甘く狂わせ、同時に今は幸せな気分を吹き飛ばしてしまう。
- まさかキラがそんなことを思うなって考えていなくて。
- その可能性は低いとはどこか頭の片隅で思いながら、それでもキラにこのまま嫌われてしまうことは半身を失うよりも尚、辛いことだと自覚していた。
- だからそんなことはありませんわ、とキラの両手を掴み必死に今のキラの存在を肯定する。
- それはラクスにとって何ものにも変え難い、大切な大切なもので本当の気持ちだから。
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- 「今私はとても幸せですわ。だってキラと一緒にこうして過ごすことができるのですから」
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- ラクスは惜しげもなく、キラの心を満たす言葉を降らせる。
- キラの泣き顔を見るのは、いつになっても辛いことだから。
- キラが泣かずに済むのならどんなことでも言ってあげたい。
- それはラクスの心からの願いであり、決意である。
- あの傷ついたキラを見た時から、ラクスの中で変わらない。
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- 一方のキラは流石にそんなことを面と向かって言われて、嬉し恥ずかしく頬を紅に染める。
- それを見てラクスは、あっ赤くなりましたわ、と嬉しそうに微笑を咲かせる。
- キラはそうして心がいつもラクスを中心に動いて、その一挙手一投足に振り回されていると感じて、いつもラクスに適わないと思いつつ、それだけではちょっと癪なので悔しさと恥ずかしさを隠すために突然ラクスをぎゅっと抱きしめるという行動に出た。
- ささやかな報復というやつだ。
- もちろんそれでラクスが喜んでくれるということも、自惚れだなとどこか自嘲しながら分かっているのだが。
- その行動にラクスは少し驚いたが、すぐにくすくすと笑い声を零して自分の手も相手の背中に回していく。
- キラも自分の考えたことがやぱり間違い出なかったと確信して、そして零れた笑い声に釣られるように声を上げて笑った。
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- 2人笑い合いながら、やはりキラがいつ赤くならなくなったということは、ラクスにとってもどうでも良いことだった。
- 何故なら今こうして傍に居ることができて、赤くならなくなったのはキラがこうして自分を抱きしめてくれることが多くなった頃からだということを思い出したから。
- 加えてラクスはキラが久し振りに赤くなったことに、内心満足しながら優しく抱きしめられた腕の中で、先ほど振り払った幸せの分まで溺れようと、キラの胸に擦り寄るように頬を寄せた。
- 自身の頬が赤くなったのを自覚しながら、それをキラには見せないように。
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