- キラとラクスはカガリ、マリューと一緒にアークエンジェルへとやって来た。
- キラがラクスと一緒にプラントに上がるから、クルー達にその挨拶をするために。
- それはクルー達にも既に伝えられ、彼らはブリッジにて集まり待っていた。
- だがキラはアークエンジェルの艦橋を渡るなり尋ねる。
-
- 「その前に少しアークエンジェルを見て廻ってもいいかな」
-
- この艦にも色々お世話になったから、と微笑んでいるキラを見てカガリは快く頷く。
-
- 「分かった。私と艦長はちょっと艦長室に行くから、終わったらそこへ来い」
-
- あんまり遅くなるなよと付け加えたカガリにありがとうと告げると、キラとラクスは思い出のあるこの戦艦の中を少し歩いて廻った。
- 2人にとってマルキオ邸で過ごした時間の方がはるかに長く、思い出もたくさんあるのだが、このアークエンジェルで過ごした時間は短くても、色々な意味で深く印象に残っているものばかりだ。
- その一つ一つに苦笑したり、嬉しそうに笑ったりしながら、やがて展望室にやって来る。
-
- 「何かあると、キラはこちらにいらっしゃいましたわね」
-
- 確かに初めてラクスに会った時も、海底に潜んでいた時も、何か辛いことや悩みがある時、キラは必ずここに来て窓から見える景色を眺めていた。
- ラクスが居ない時でさえ。
- それらを思い返したキラは苦笑を浮かべて、展望室の窓に手を当てる。
-
- 「でも、ここは特に大切な場所、かな」
-
- キラの呟きにラクスも静かに顔を綻ばせ、その横に並び立つ。
- ここで交わした会話がなければ、きっと自分達は決意できなかっただろう。
- それは戦争と言う悲劇の最中に起こった、小さな奇跡だったのかも知れない。
-
-
-
-
「Place memory」
-
-
-
- 「初めてこちらにいらした時は、大きなお声で泣いていらっしゃいましたわね」
-
- ラクスは目を細めて懐かしそうに呟く。
- それは2人が初めて出会ってから数日ほど経った時のことだ。
- 今思うとかなり恥ずかしいところを見られたという気持ちがあり、キラは顔を赤くして少し拗ねる。
- あの頃は特に、泣いているところばかり見られていた気がするから。
-
- そんなキラを宥めるように手を取りながら、ラクスは柔らかく微笑む。
-
- 「私にとっても、ここは大切な場所ですわ」
-
- いつもの相手を射抜くような視線でキラの目をじっと見つめて、さらに言葉を続ける。
-
- 「キラのことを、初めて意識した場所ですから」
-
- 事も無げにそう言って微笑むラクスに、キラの顔はますます赤みを帯びていく。
- まさかそんなことを告白されるとは思わなかった。
- 相変わらずな彼女のペースにすっかり翻弄されるキラ。
-
- だがそれで終わらないところが、今の彼の成長を示している。
- 気を取り直して咳払いを一つすると、窓から見えるドックの壁ではなく、その先へと広がっているはずの宇宙へと視線を向けて言葉を紡ぐ。
-
- 「そして、君が決意した場所でもあるよね」
-
- ヤキン戦の後、ずっと傍にいたラクスが初めてキラの元を離れるという決断を。
- ましてそれが危険を伴う場所であれば、そうそう納得できるものではなかった。
- キラはそれがとても辛くて寂しかったと暗に責める。
- ラクスにだけ分かる、表情の変化で。
-
- 「私だって辛かったのですよ」
-
- それを受けてラクスは少しだけ切ない色を浮かべてキラに反論する。
-
- ラクスにも分かっていた。
- キラが立ち直ったとは言っても、誰かを失うことをまだ恐れていることを。
- 自惚れと言われても、それが自分であれば尚更だ。
- だからラクスにとってもキラの元を離れることは苦渋の決断だったのだ。
- 何より自分自身が本当は離れたくなかったのだから。
-
- 「うん、分かってる」
-
- 意地悪を言ってゴメン、と打って変わってキラは穏やかな表情で答える。
- 自意識過剰だとしても、ラクスがどれほど辛かったか、分かっているつもりだから。
-
- 「でもこれからは、ずっと一緒だよ」
-
- キラはラクスの方に向き直ると、満足そうな笑みを浮かべてラクスの手を取る。
- ラクスも幸せそうな笑みを浮かべてキラの手を握り返す。
-
- これから2人は共にプラントで新たな戦いへと身を投じることになる。
- おそらく戦場に出るよりもずっと困難な戦いへ。
- だがそこに恐れは無い。
- 人が自らの意志で戦争を止める未来を選んで、それを目指して今ここに生きているのだから。
- 何より2人で一緒に、その道を歩むのだから。
- キラとラクスはその胸に秘めた思いを、交換し合った。
- 言葉ではなく、互いを想う強い心で。
- こうして2人はまたこの場所で、新しい想いを刻んだ。
-
- しばらくそうして見詰め合っていた2人だが、やがてカガリ達を随分と待たせていることに気が付いた。
- 申し訳ないと思いつつあちゃーと表情を歪めたキラに、ラクスはふんわりと微笑む。
-
- 「では一緒に、カガリさんに怒られましょう」
-
- 一瞬呆気に取られたキラだが、どうせ怒られることは間違いないならそれもいいと開き直った。
- 2人一緒ならきっとどんなことも乗り越えていけると信じているから。
-
- そうだねとキラも微笑んで、2人は手を繋いだまま、まず最初の困難に立ち向かうのだった。
― 捧げ物メニューへ ―