- キラは降り注ぐ桃色の花びらの中に埋もれるように、じっとその先を見て佇んでいた。
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- ここはプラントでも珍しい、桜並木の整備された公園。
- 久し振りの休日にお花見でもしましょう、と愛しい人に誘われてここに来た。
- プラントの今日の予報は一日穏やかな陽気に包まれるということで、キラ達の他にも家族連れや若い男女の一団などがあちこちで花見をしている。
- 仮そめとはいえ訪れる春にその表情には幸せそうな笑顔が溢れている。
- そしてそれを祝福しているかのようにゆっくりと降り注ぐ桜色の雨。
- とても幻想的で、それはキラの心も柔らかく撫でていく。
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- だがキラは、桜の花は嫌いでもないのだが、あまり好きにはなれなかった。
- それはどうしても思い出してしまうから。
- そこでもらったトリィと、アスランとの別れを。
- 無駄なことだとは分かっていても、あれがなければ戦場でアスランと出会うこともなかったろうし、そもそも戦争なんて起きなければアスランと惜別することなどなかったはずなのに、と。
- そんなことを考え、思わず悲しげに眉を歪めてしまう。
- それはこの状況ではあまりにも不似合いな表情で。
- まるでそんなキラを叱責するかのように、突然風に吹かれた花びらがキラの髪を掻き乱す。
- 慌てて乱れた髪を押さえながらキラは零れる光に目を細めて、桜に叱られてしまったと自嘲した。
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「Row of cherry trees」
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- 「どうかなさいましたか?」
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- ラクスは桜を見上げて立ち止まってしまったキラに、そっと声を掛ける。
- ラクスもこの綺麗な光景に見とれていたのだが、キラのことに敏感な彼女はその雰囲気が変わったのに何となく気が付いたのだ。
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- 声を掛けられてキラは自分がボーっとしていたことに気がつき頭をかく。
- まさかラクスに感づかれるとは思わなくて。
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- 「うん、綺麗だなと思って」
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- キラはラクスを心配させたくなくて、曖昧に言葉を濁した。
- そう思ったことも嘘ではないから。
- だが感の良いラクスがそれに気付かないはずも無い。
- 自分に心配をかけまいと思ってのことだろうが、返ってそれが自分を心配させているということにこの人は何故気付かないのだろう。
- 実際には自分もそうなのだということにラクスもまた気づかず、そのことを棚に上げて心の中で少しだけキラを責める。
- それからラクスは小さく溜息を付いて、愚痴を零してしまう。
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- 「私では、貴方の悩みを打ち明けるに値しませんか?」
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- 少しだけ悲しそうに眉を寄せて、だが強がりなのか口元は笑みの形に模ってキラを射抜くような視線で見つめる。
- その表情にキラの心拍数は一気に跳ね上がる。
- そして自分がいかにラクスに弱いのかを自覚するのだ。
- キラは敵わないなあと溜息を吐きつつ苦笑して、一度また頭上の桜に目線をやって、それからひらひらと舞い降りてくる桜の花びらを手で受け止めて、決意したようにそれをゆっくり握り締めて本音を零す。
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- 「桜って確かに綺麗だけど、花が散るのを見るのは、ちょっと悲しいなと思って」
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- キラの言葉にラクスは少し驚いたように目を見開くが、その理由を悟り表情を柔らかく崩し、でも真摯な瞳でキラを見つめる。
- 昔少しだけ聞いたことがある。
- 月の桜並木の道の上で、キラとアスランはお互いの再会を約束して別れたということを。
- その時に友情の証としてキラがもらったのがトリィなのだ。
- それがまだ幼かったキラには強く印象付いて、キラの中では桜並木と友との別れが、強く結びついてしまっている。
- だからキラにとって、それは悲しい光景に映るのだ。
- ラクスはキラの答えに納得しながら、思わず言葉を零した。
- キラには聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で。
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- 「アスランはずるいですわ」
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- だがキラはそれを聞き逃さなかった。
- そして聞こえると、キラには大きな疑問となって胸に残る。
- 何故ラクスがアスランをずるいと思うのだろうか。
- 思わず尋ねずにはいられない。
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- ラクスは尋ねられると、聞こえてしまいましたかと少しだけしまったと言う表情を浮かべてから、キラの疑問に答える。
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- 「私の知らないキラを、たくさんご存知だからですわ」
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- 言いながら憂いたような、それでいてキラの反応を楽しんでいるような悪戯っぽい笑みで腕にしがみつき、並び立つと頭一つ高いキラを見上げる。
- そんなラクスがとても可愛らしく見えて、キラは思わず赤面してしまい、それが恥ずかしくて顔が赤いのを誤魔化そうとまた上を見上げながらそうかなと返す。
- そうやってキラの心はいつもラクスに乱される。
- それはとても幸せなことで心が満たされていくから、甘受しているところもあるのだけれど。
- だがやはり、やられっぱなしというのは面白くない。
- ラクスもまた自分の言動に弱いことを知っている。
- それは自惚れでは無くて、お互いに相手のことを信じて想い合っているから分かること。
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- 反撃を決意したキラは赤い顔を何とか引っ込めると、でも今の君は、とやっと笑顔を見せてラクスの方へ振り返る。
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- 「アスランの知らない僕を、たくさん知ってるでしょ」
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- 言われたラクスは内心してやられたと思った。
- まさかそこでそんな風に返されるとは思わなかったから。
- ラクスもまたキラに弱いのだということを改めて自覚する。
- そしてそこにある温もりに溺れてしまいそうなほど満たされていくのを、幸せだと思いながら。
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- ラクスは昔のキラでしたら顔を赤くして可愛らしかったですのに、と負け惜しみを言って、赤面した顔を隠すようにキラのしがみついている腕にぎゅっと顔を摺り寄せる。
- キラはそれを受けてしてやったりと目を細めて幸せそうな笑顔を零す。
- やがて釣られるようにラクスも満ち足りた笑顔を零す。
- それは幸せな恋人達の、甘い甘い一時だ。
- 桜吹雪は未だ止むことなく、そんな2人を祝福するメロディーを奏でるように辺りに降り注いでいた。
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