- キラは庭の草の上でごろんと寝転んで、プラントの明るい空を見上げながら大きな欠伸を噛殺す。
- こうしてぼーっとしていると、背中に感じられる草がちょうど柔らかい羽毛の様で、キラを心地よい睡眠へと誘うのだ。
- しばらくその感覚に抵抗するという、些か無駄とも思える行為を試みるのだが、やはり体を撫でる柔らかい風と草の匂いの前には敵わなかった。
- 意識はゆっくりとキラの手を離れていく。
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- しばし静かな寝息を立てていたキラは、やがてうとうととしたまどろみの中で、体が優しい歌声に包まれていることにふと気付く。
- 意識は夢の中だと言うのにはっきりと聞こえてきて、不思議とキラの心に響いてくる。
- それは小鳥のさえずりのようでありながら、明らかに異なる鮮やかな旋律を奏でる、愛しい人の歌。
- その歌声がキラの心を闇の底から引き上げるように奮わせる。
- きっとそれは、キラがこの世界で最も愛するものの一つだから。
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- その浮かび上がるような感覚に、キラはすぐさま現実世界へと舞い戻った。
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「Rest one's head on a person's lap」
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- キラは頭の下に柔らかな温もりを感じて、いよいよ意識をはっきりと覚醒させて目を開く。
- しかし顔に差し込む光の眩しさに、思わず目をぎゅっとまた瞑る。
- それから今度は慎重に目を見開いた。
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- その気配に、キラが目を覚ましたことに気がついたラクスが歌を止め、笑顔で尋ねる。
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- 「あら、起こしてしまいましたか。お加減はいかがですか」
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- 声を聞きながらキラのぼやけた視界の中で、ラクスの顔だけがはっきりと見える。
- 花が咲くような笑顔ってこんな感じなのかな、などと頭の片隅で考えながらキラも笑顔を零す。
- そして少し寝ぼけ眼のままで手を伸ばし、ラクスの髪をそっと撫でるように触れ、指先に巻いてみたりと遊ぶ。
- それをラクスは嫌がる素振りも見せず、その手から伝わる温もりと感触に、擽ったそうにしながら甘受している。
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- 「もうちょっと、聞いていたかったけどな」
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- キラはまだラクスの髪を弄びながら、歌が止まってしまったことに、ほんの少しだけ目を覚ましてしまった事を後悔して、先ほどの問いかけに対するものとしては些か見当違いな返事を返す。
- だが目にした揺れる桜色と笑顔に、やっぱり起きて良かったと思い直したのは、心の中でだけのこと。
- それからようやく自分の置かれている現状を把握して、ラクスの方をじっと見つめ、キラは上目使いに重い、と尋ねる。
- 眠った時は1人だけで庭に寝転がり、自分の手を頭の下にしていたはずだが、今はそれとは明らかに異なる柔らかな感触の上に乗っかっている。
- そう、いつの間にかラクスの膝枕で眠っていた。
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- だがそう尋ねたものの、キラの頭はラクスの膝を離そうとしない。
- 寝起きで動くことが少し億劫だというのもあるが、それ以上に頭に伝わる感触が心地良くて手放したくないのだ。
- ラクスもにこやかに首を横に振って、キラの頭はそのままにして頬をゆっくりと撫でる。
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- 「もう一度歌って?」
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- しばらくラクスの行為を甘受しながら目を見つめていたキラは、突然甘えたような声で囁く。
- 幼い子供のようでありながら、どこか艶やかな笑顔を浮かべて。
- 普段ならそんな風に甘えることをしないキラの態度に、内心では小さく驚くラクス。
- だがそんな恋人の新しい一面も、ラクスにとっては至福の瞬間だ。
- ドキドキする鼓動を抑えながら、その笑顔に見惚れたラクスは薄っすらと頬を染めて、仕方ないですわねえ、と甘えん坊の子供をあやすような声で囁き返す。
- それを聞いて、いつもは子供扱いされることを嫌がるのだが、今日は素直にそれを受け入れたキラは、ラクスが歌うのに邪魔にならないようにと頭をもぞもぞと動かして膝の上から退かそうとする。
- しかしラクスは膝に掛かる重みと髪を撫でられる感触が心地良くて、キラの頭をそっと掴んで固定する。
- 暗にこのままで良いと。
- 少しばかりそれに抵抗を見せたキラだが、ラクスの意志の固さに諦めたように苦笑すると、今度は膝の上に頭をしっかりと置き直す。
- それを満足そうに見届けてから、ラクスはまた歌い出す。
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- キラはその歌声の中に身を投げ出すかのように、その目を閉じて耳を傾ける。
- それは心をとても柔らかく包んで、再びキラの意識は、穏やかな眠りの中へと誘われる。
- それでも何とかラクスの歌をしっかり聞こうと頑張ったのだが、やはり心地良さに耐え切れなくなったキラは、やがて規則正しく寝息を刻み出し、完全に夢の中へと入っていった。
- あどけなさの残る、幸せそうな寝顔を見せて。
- それを見たラクスは幸せそうに目を細めて、しかし声のトーンを落としながらも歌うことを止めようとはしない。
- まるで夢の中にまで静かに届かせるように。
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- きっとこれまでの仕事で疲れていたのだろう。
- 自分でも知らないうちに抱え込んでしまう彼だから、その疲れを、そして心の傷を癒したい。
- そのためならば、いくらでも膝枕をしてあげられるし、いつまでも歌い続けられる。
- 純粋にキラを想う気持ちだけが、ラクスの歌には篭められていた。
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- いつしか小鳥のさえずりも、まるでラクスの歌に聞き入っているかのように止み、その透き通った声だけが2人の間に響いていた。
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