- このところのキラはとても張り切っていた。
- プラント最高評議会議長であるラクスの秘書としての仕事以外に、プラントの技術顧問という仕事も任されたからなのだが、元々カレッジで学んでいた頃はこういった仕事を希望していただけに、張り切らない訳が無い。
- そして持ち前の能力でいくつもの新しいシステムを構築し、それが評判でさらに新しいシステム開発の依頼が舞い込み、今ではてんてこ舞いの忙しさだ。
- あまりの忙しさにラクスはキラの体調を心配するが、キラは大丈夫と言って寝る間も惜しんでシステム開発の作業に従事した。
- 自分の体調を省みることもなく。
- だから少しずつ訪れていた体の変調に気付けなかった。
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- 今日もいつものように評議会にラクスを送り出してから、議長室でシステム開発作業を行っていたのだが、席から少し離れたところにある棚に置いた資料を取ろうと席を立った。
- その瞬間、キラはふいに目の前が揺れるのを感じた。
- それから頭はふわっと浮くような感覚があるのだが、体は鉛のように重くなり言うことを聞かない。
- そして目の前が真っ暗になるのは感じたが、もう既に自分がどうなっっているかを考えることも知ることもできなかった。
- つまり彼は、立ちながらその意識を手放してしまったのだ。
- 当然体はそのまま何の支えも無く立っていることなどできはしない。
- キラはふらふらと糸の切れた人形の様に、大きな音を立てて床に伏っしてしまった。
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*
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- 「キラ、どちらですか?」
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- 定例評議会を終えて議長室に戻ったラクスはキラの姿が見えないことに小首を傾げる。
- いつもなら彼専用の机でシステム開発を行いながらお帰りと笑顔で言ってくれるのだが、今日はそれがない。
- それを少しだけ寂しく想いながら、呼びかけても返事もないために、少し外の空気を吸いにでも行かれたのでしょうかと一人ごちて自分の机に持っていた資料を置く。
- そしてふうっと息を吐きながら、その時視界の端に何かを捕らえた。
- 何だろうと振り向いた瞬間、ラクスは悲鳴を上げた。
- 何故なら、そこには最愛の人がうつ伏せに倒れていたからである。
- すぐさま駆け寄ると、名前を叫びながら体を揺さぶる。
- しかしキラはまるで死んでいるように目を閉じたまま、ピクリとも動かない。
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- ラクスはまるでこの世の終わりが訪れたような青ざめた表情ですくっと立ち上がると、そのおっとりした雰囲気からは想像もできない速さで部屋を駆け出していく。
- 後日あんなに取り乱したラクス様は初めて見たと噂されることになるが、ラクスにはそんなことより何より、キラの一大事にただそのことだけを考えて助けを求めたのだった。
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「Is it Nurse?」
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- キラはゆっくりと目を開けた。
- 倒れてからかなりの時間が経過したのだが、彼自身にはまだ立ち眩みをしてしまい少し意識を飛ばした、くらいの感覚しかない。
- ぼんやりと自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、それに反応しようともそもそと体を動かそうとしたが、どうも言うことを聞かない。
- どうしてだろうと鈍い思考でぼんやり考えながら、ようやく焦点が合ってくると、視界には心配そうにこちらを見ているラクスの顔が入ってくる。
- だが身長が自分より低いはずのラクスに見下ろされている格好に疑問に思い、それから自分の背中に何か当たっていることに気が付き、そこでようやく自分がベッドの上に寝かされていることを知る。
- 奇妙な状況に意識がだんだんと覚醒してくるが、それでもキラには現状がさっぱり理解できなかった。
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- 「僕は、どうしてここに?」
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- 間抜けな質問だとは思いながら、とにかく自分が思っていることと実際に置かれているこの状況のズレがなんとも居心地が悪く、またこれからどうすれば良いかが分からない。
- 本当に何も分かっていないらしいキラに、ラクスはわざとらしく盛大な溜息を吐いてから状況を説明してやる。
-
- 「キラは議長室で気を失って倒れられていたのです。ですから私がバルトフェルド隊長をお呼びして、ここに運んでもらいました」
-
- あの後ラクスはすぐにバルトフェルドを捕まえ、助けを請うた。
- しかし焦って支離滅裂な説明しかできず、バルトフェルドはさっぱり理解できなかったがとにかく議長室へ行き、倒れているキラに全ての状況を把握して、すぐに医者を呼び病院へ搬送する手筈を取り、こうしてキラをベッドに収容するに至った。
- 治療にあたった医師の診断によると、過労による脳貧血ということだ。
- いかに頑丈なコーディネータでも、何ヶ月も睡眠も取らずに働いていれば過労で倒れることもある。
- 幸い他に怪我や病気の類も見られないので少し安静にしていれば良いという医師の診断にラクスはどれだけ安堵したか。
-
- ラクスの説明を聞きながら、キラはようやく自分の置かれている状況を把握して、小さな悪戯を見つかってしまった子供のような苦笑を浮かべて、そうなんだと人事の様に頷いている。
- 目覚めたばかりで仕方ないのかもしれないが、それでも悪びれる様子も無いキラにラクスはキッと睨みつける。
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- 「キラ、私は怒っているのですよ」
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- こうなることが心配で少しは休むように言っていたにも関わらず、それを聞き入れずこんなことになってはその怒りはごもっともである。
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- 「ゴメン、心配させて」
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- 睨まれたキラには弁解の余地も無く、しょんぼりと小さくなって謝罪する。
- その仕草がまるで子犬の様に可愛くて、ラクスは怒りが急速に萎むのを感じて結局すぐに許してしまう。
- そんなキラに甘い自分に内心溜息を吐きつつ、毅然とした態度は何とか崩さずに宣言する。
-
- 「ちゃんと直るまで、お仕事は禁止ですからね」
-
- よろしいですわね、と強く言われてはキラもはいと返事をするしかない。
- ラクスはキラの返事に満足そうな笑みを浮かべると、では今はゆっくり寝てください、とキラの布団を掛けなおしてキラが眠るまでずっと傍に付き添っていた。
- その次の日からラクスは仕事の時以外甲斐甲斐しくキラに付き添い、実に献身的に身の回りの世話などを行った。
- キラはそうやって自分のためにラクスが何かをしてくれることが、不謹慎だがすごく嬉しかった。
- そしてラクスもキラのために何かができることがとても嬉しかったのだ。
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- だがキラには困った事実が一つだけあった。
- 数日後に退院した後も、それからどんなに体調が戻ったと言っても1ヶ月はパソコンにすら触らせてもらなかったのだ。
- 少し自分の趣味のためにパソコンを立ち上げようとしただけで、すごい勢いで飛んできて烈火の如く怒り、そして涙目で止めるように訴えてくるのだ。
- まるで看病という名目で監視されているような気分だった。
- しかし自分が明らかに悪いという負い目もあってラクスにそれを言うこともできず、キラはこんなことにならないように、二度と倒れないように仕事をしようと心に誓ったのだった。
-
- 他の人達から見てラクスが傍に居る間中、終始デレっとした笑みを浮かべていたキラがそんなことを考えていたとは夢にも思わないだろうが・・・。
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