- ヘブンズゲート攻略から一夜明けて、ミネルバは近くの港町に寄航した。
- まだジブリールの所在はつかめていないが、ブルーコスモスとの激闘で疲労困憊のクルー達にとって、それは一時ではあるが、安息をもたらした。
- シン達パイロットも例外ではなく、束の間とは言え、休息が取れるのはありがたかった。
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- レイも戦闘の疲れを癒すべく仮眠を取ろうと、ベッドに寝転がっていた。
- しかし、彼にしては珍しく気になることがあって、なかなか寝付けないでいた。
- その気になることとは、シンとルナマリアの仲が変化したことだ。
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- メイリンごとアスランを撃破してから、2人で居る時の取り巻く雰囲気が今までのものとは全く異なっている。
- 切ないような、それでいて柔らかい、2人だけの世界とでも言うような、そんな印象を受ける。
- エクステンデントの少女の時にもそうゆう言動は見受けられたが、ルナマリアに対してはまた少し異なる印象を受ける。
- あの時よりも随分と落ち着いた感じだ。
- それをここまでハッキリと感じられるようになったのは、本当につい最近のことだが。
- そんなことを考えながら、レイはゴロンと寝返りを打つ。
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- 2人がどんな関係になろうと、自分にはどうでもいい事だ。
- ギルの望む世界を築くために力を尽くせたらいい。
- レイの思いに強くあるのは、望むのはたったそれだけ。
- そのためにシンが力を手にすることができたら、ギルの望むとおりの人間になるのなら、他のことには特に干渉するつもりもない。
- なのに2人の、正確にはシンのことがこうも気になるのは何故だろう。
- レイは自分の中に湧き上がった感情の答えを見つけられずにいた。
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「Dear friend」
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- 上陸許可が出た直後、レイはシンに声を掛けた。
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- 「シン、ちょっといいか?」
- 「ああ、いいけど、何?」
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- シンが少し顔を顰めてレイを見つめる。
- これまでも、レイからシンに話しかけるときは、何か小言を言うためなのがほとんどだったので、それを予想したためだ。
- とは言っても、シンには今小言を言われるような出来事は思い当たらないでいたが。
- そんなシンの思惑を他所に、レイはその目的を告げる。
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- 「上陸許可が出た。少し外に出るぞ」
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- 言うなりテキパキと支度を済ませると、シンを急かす。
- シンも急かされるまま支度を済ませると、2人は連れ立って艦の外へ出た。
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- 突然外へ連れ出され、シンは戸惑っていた。
- 今までレイの方から外に出ようなどと声を掛けられたことはなかった。
- それにこちらから声を掛けても、いつも断って独りで行動していたあのレイが、一体どういう風の吹き回しだろう。
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- そんなシンの心境に気付いたのか、はたまた偶然か、急に前を行くレイが後ろを振り返り、疑問に答える。
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- 「最近のお前はどうも思い悩んでいるようだからな。時には気分転換も必要だと思っただけだ」
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- そう言って、珍しく微笑を零す。
- ますます驚いたシンだが、確かにこのところ肉体的にも精神的にも疲労を強く感じていたので、素直にレイの気遣いを感謝した。
- ささくれた気持ちが、少しだけ晴れていく。
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- 「よく考えたら、レイとこうして外に出るのって、初めてだよな」
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- シンも少し笑顔を浮かべて、ポツリと零す。
- 言われてレイも、そう言えばそうだなと頷く。
- 確かにレイはこれまで休暇中に誰かを誘うことも無かったし、誘われても、命令でもなければ誰とも過ごすことも無かった。
- ギルのためとは言え、こうして自らの意志で誰かと一緒に休暇を過ごしていることに、自分自身でも今更ながら驚いていた。
- そんな自分に自嘲しながら、気分が高揚しているのを感じたレイは、自分の中に募った衝動を抑えられなかった。
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- 「ルナマリアはお前にとって、どんな存在だ」
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- レイは足を止めてシンに尋ねる。
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- シンは質問の意味を図りかねて、そしてまさかレイからそのような質問が出るとは思っていなくて、答えに窮する。
- しどろもどろしながら、その頬は赤みを帯びている。
- それが既に答えを雄弁に語っているが、レイはただシンが答えを言うのを待っている。
- 異性間の関係というものは、頭ではレイにも理解できる。
- しかし実体験が無いだけに、それほど激しい、情熱的な想いというのは、正直よく分からない。
- だからシンに対して、自分の知らない経験をしていく彼のことを危惧し、同時に羨ましいと思った。
- それは嫉妬にも似た感情だということに、レイ自身気付かないまま。
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- シンはじっと自分を見つめたまま、その視線から解放してくれそうに無いレイに、一つ溜息を吐くと、意を決して口を開きかけた。
- その時、遠くから自分達を呼ぶ声が聞こえる。
- 声のした方を振り返ると、ルナマリアが走って追いかけてくるのが確認できる。
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- 「ちょっと、街へ出るなら出るって声くらい掛けてよね」
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- 2人のところまでやってくるなり、ルナマリアは文句を言う。
- だがシンが苦笑いでゴメンゴメンと謝ると、まあいいけどねと、はにかんだ笑顔を見せた。
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- 対照的に、レイは少しだけ不満そうな表情を浮かべた。
- 折角シンと2人になったことで、忠実な戦士とするために深く話しができると思ったのだが、ルナマリアが一緒ではそれは叶わない。
- それに、質問の答えを聞きそびれたままだ。
- だが、ルナマリアと嬉しそうに話をするシンを見て、気を取り直す。
- 目的はシンの気分転換なのも、間違いの無い事実だ。
- 彼にはこれから先の戦いを、自分に代わって支えてもらわなければならない。
- ならば今はこのまま一時の安らぎに身を委ねさせるのも悪くない。
- それにルナマリアが来てから、シンの表情は明らかに変わった。
- 何と言うか、とても柔らかい、今までに無い大事なものを掴んだような、そんな表情だ。
- 自分がそれを引き出せなかったことをどこか悔しいと思いながら、シンが笑っている姿には、素直に嬉しいと思っていた。
- 自然とレイの表情にも笑みが浮かぶ。
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- そのまま3人で商店街らしき通りを練り歩き、小さいイベントホールのような建物を見つけた。
- だがその天井には穴が開き、壁もあちこち黒ずんだり崩れたりしている。
- ここにも戦争に傷跡がくっきりと刻まれていた。
- その事実を目の当たりにして、痛々しい表情を浮かべるシンとルナマリア。
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- それを見たレイは、無言でその建物の中へと入っていく。
- シンとルナマリアも慌ててそれを追いかける。
- 中は小さいながらも、上品な感じを思わせるシートが並んでいて、壇の中央には、ピアノが静かに佇んでいた。
- かつてはたくさんの人が、ここで音楽に耳を傾けていたのだろう。
- しかしシートの一部は不自然に掛けていたり、ところどころ破れていたりして埃まみれだ。
- ここを訪れる人も今は無く、ピアノも放置されたままなのだろう。
- それを思うと、戦争という行為がいかに悲惨なものか、よく分かる。
- 思わず痛みを分かち合おうと、手を繋ぎあうシンとルナマリア。
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- そんな感傷の中、レイはつかつかとピアノの方へ歩み寄ると、愛おしそうに鍵盤を指でなぞる。
- しばらくそうして見つめていたが、やがて何か思いついたように椅子に座ると、鍵盤を押して音を出してみる。
- 長い間放置されていたにしては、まともに音が出た。
- それを確認すると、レイは静かに弾き始める。
- 幼い頃からよく弾いていた、懐かしいメロディーを。
- その鮮やかな旋律に、シンとルナマリアも目を閉じて聞き入る。
- 弾きながら、2人の様子に満足げな笑みを浮かべるレイ。
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- シンにはいずれ、ギルの手足となって、もっと激しい戦いに身を投じてもらわなければならない。
- ならばこの一時の休息で気持ちを静め、雑念は振り払ってもらおう。
- そう、自分はシンが最強の戦士として覚醒するかどうかを危惧しているだけだ。
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- レイは沸き起こった感情にそう理由付けすると、ただ夢中でピアノを弾き続けた。
- その奏でる音色は、どこまでも優しいものだった。
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