- 「それでは本日の議会はこれまでと致します」
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- ラクスがそう宣言すると、議員達はそれぞれ溜息を吐いて席を立つ。
- プラントの未来のために大切な協議ということは重々承知で、それなりの誇りと責任感を持って取り組んでいる。
- それでも大変な仕事なのは変わりないし、だからその仕事が終わるとどうしても安堵の溜息がつい出てしまうのだ。
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- そんな議員達を余所に、ラクスが手にした資料を机でとんとんと整えてその手に抱えると、にこにこと微笑みながら挨拶もそこそこに議会室を後にする。
- そして議長室に戻ったラクスはその笑みを崩すことなく資料を机の上に置き捨てると、クローゼットから着替えを取り出して、鏡を見ながら自分の体に手にした服を当ててああでもないこうでもないと悩む。
- その仕草からは議長の威厳も、歌姫の毅然さも感じられない、幸せそうなごく普通の女性だった。
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- 「やけに嬉しそうだねえ」
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- そこへ議長室を訪れたバルトフェルドが、そんなラクスに苦笑しながら声を掛ける。
- しかしバルトフェルドにはその理由はおおよそ検討はついていた。
- 何故なら、その姿はある特定の条件の時にこれまでも散々見てきたもので、今ではよくこれだけ持続できるなとむしろ感心してしまうほどだ。
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- そんなバルトフェルドの思考などつゆ知らず、ラクスは声だけをバルトフェルドに向けて、目線は鏡に映った自分の姿から逸らさずに返事をする。
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- 「これからキラとデートですから」
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- そして晴れやかな笑顔で一人頷きながら、ようやく選び抜いた服を抱えて着替えのために奥の部屋へと姿を消す。
- そんなラクスの様子に予想通りの答えを返されたバルトフェルドは苦笑を浮かべたままふうっと息を吐いて、若いっていいねえ、と肩をすくめた。
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「I love you from Lacus」
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- キラとラクスは同じ家に住み、仕事もその関係上ほとんど2人で行くことが多いので、どこかに遊びに行く時は家を出る時から一緒にだった。
- だが今日は珍しくラクスは一人で、アプリリウスにある比較的大きな公園の噴水前で佇んでいた。
- たまにはどこかで待ち合わせをして、普通の人がするようなデートがしたいというラクスの嘆願により、待ち合わせの場所と時間を指定してそこで落ち合うことにしたためだ。
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- ラクスは変装用の眼鏡をかけ、髪を結い上げて、そしてキャップを深く被ってキラの到着を今か今かと待っている。
- 腕時計を見れば約束の時間まで後数分。
- 昔見たテレビドラマでよくあった恋人を待っている、憧れを抱いたシーン。
- その時は自分に縁の無い状況だと思って諦めていたが、こうして実現することができてキラに感謝すると同時にとても幸せな気持ちになる。
- 小さな満足感を胸に募らせていると、公園の入り口にラクスを探してキョロキョロするキラの姿が確認できて、その満足感は大きな幸福へと変化していく。
- そうしてじっと見つめていたのに気が付いたのか、キラはラクスの姿を認めると、申し訳なさそうな苦笑を浮かべて傍に駆け寄ってくる。
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- 「ゴメン、お待たせ」
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- ラクスの様子から長い時間待たせてしまったかも知れないと思ったらしいキラは謝罪を口にする。
- だが実際ラクスが待ち合わせ場所に到着したのは約束の時間の15分ほど前。
- その間の時間はラクスにとって確かにとても長く感じられたが、自分の大切な人を想いながらこうして待つことができること、それは幸せな時間でもあった。
- それに今の時刻は当初約束したとおりの数字を示しており、怒る理由も無い。
- ラクスはやんわりと首を横に振ると、ニッコリと笑顔で答える。
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- 「いいえ、私も少し前に来たところです」
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- そしていつもより心なしかはしゃぎながらキラの腕に自分の腕を絡ませると、少し頬を赤くしたキラを引っ張るように街へと歩き出す。
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- そうして2人は道すがら立ち寄った店で気ままなショッピングを楽しむ。
- 家で飲む紅茶の葉が切れていたのを思い出してそれを買ったり、気に入ったアンティークの小さな置物を見つけてはそれをじっと眺めたり。
- ラクスもキラも幸せそうな笑顔で、手を繋いでゆっくりと歩いていく。
- それはラクスが望んでいた、どこにでもいる恋人達のデートと変わらないもので。
- 今までよりもずっとキラに近づけたような気がする。
- 多分こうして昨日よりも今日、今日よりも明日、キラのことを好きになるのだと思う。
- そう思うと堪らなくキラが愛おしくなり、そして幸福感に満たされる。
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- でも誰よりも愛しているから、自分にはもったいないと思えるほど幸せな気持ちになるから、好きになればなるほど時々不安にもなる。
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- キラは私のことをちゃんと愛してくださっているでしょうか。
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- 今のこの関係がとても幸せで温かすぎるから、もし壊れて失われた時、自分がどうなるのか想像もつかない。
- それを考えると堪らなく怖くなる。
- だからその恐怖から逃れるために、普段は相手を想い、同じように想われていると思い込んでいるだけではないかと。
- それならばいっそここで終わってしまった方が良いのではないかと、できもしないことを考えてしまうのだ。
- 例えそれがエゴであろうとも、傍にいることが万一キラを苦しめることになっていても、もう自分から手放すことなどできないと分かっているのに。
- 傍に居るだけでは満足できなくなってしまった、そんな己の欲深さを自嘲しながら、それでも望まずにはいられない。
- 好きな人の傍にずっと居られることを。
- そのこの上ない喜びを既に自分は知ってしまったから。
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- だがキラも自分と居ることで同じような幸せを感じてくれれば嬉しいし、そうであって欲しいとも思う。
- キラには幸せになって欲しいから。
- それもまた偽らざるラクスの心からの願いだ。
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- 私は貴方を愛していますわ。
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- 家への帰り道、ラクスは心の中で呟いてキラの手を握る力を込める。
- この想いが少しでも貴方に届きますようにと。
- それに気が付いたのか、キラもラクスに応えるように強く、だが痛くないほどには優しく握り返してきた。
- ラクスが少し驚いてキラの方を振り向けば、そこには一番好きな笑顔があった。
- ラクスの心を躍らせ、酔わせる、ラクスにしか見せることの無い甘く極上の。
- それを見たラクスにも自然と笑みが零れる。
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- 私は貴方に愛されていると、自惚れても良いですか?
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- ラクスは胸の中でそう祈った。
- キラの笑顔にまた満たされた気持ちになりながら、心の片隅では既に自惚れて。
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FIN
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- 日本語タイトル 「貴方を愛しています、ラクスより」
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