- 「キラ、見てください。雪が降ってきましたわ」
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- ラクスは、ひらひらと舞い降りてきた白いそれを見て、嬉しそうに声を上げた。
- キラもその声に釣られて空を見上げて、そうだねと、感嘆の息を漏らす。
- 空を見れば、濃い灰色に染まった重そうな雲が浮かんでいる。
- そしてそう言ったラクスの吐いた息が、白く立ち上る。
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- 「ラクス、寒くない?」
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- キラがラクスを気遣い、やんわりとラクスの肩を抱き寄せる。
- ラクスは少し驚いた表情を見せるが、すぐに笑みを零して、キラに寄り添う。
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- 「大丈夫です、キラと一緒に居ると温かいですわ」
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- そう言って、肩に回った手を解くと、自分の胸の前に持ってきて腕を絡ませる。
- その仕草にキラもニッコリと笑顔を浮かべて、さらにラクスに擦り寄った。
- その場所だけは、凍てつくような寒さの中にあって、常夏のように熱い。
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- 「はい2人とも、そのままこっち向いて」
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- キラとラクスは、不意に声がした方を振り向くと、パシャリと音がして眩い閃光が迸る。
- その方向にはカメラを構えたミリアリアがいた。
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- 「ミリィ、これは仕事と関係ないと思うけど」
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- キラは苦笑しながら、恥ずかしいよと抗議の声を上げる。
- しかし言葉とは裏腹に、ますますぎゅっとラクスを抱き寄せるキラは、恥ずかしがっているようには見えない。
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- 「いいじゃない、減るもんじゃないんだし。それにこうゆう写真も貴重なのよ、あんた達のは特に。現像したらちゃんと送るから」
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- ミリアリアは、見ているこっちの方が恥ずかしいわよと悪戯っぽく笑って、もう一度カメラを覗き込みシャッターを切る。
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- いかに仲の良いキラとラクスとは言え、普段は取材記者にこんな姿を見せることは無い。
- ましてや写真に納められるなど、まずありえない。
- それは友人であるミリアリアにだけ与えられた、特権のようなものだ。
- 実際、ミリアリアにしか取れないラクスの表情や2人の写真はいくつもある。
- そのため今では、2人の取材に関する話は、どこの新聞社もこぞってミリアリアに依頼してくるのだ。
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- 「お前も大丈夫かよ」
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- その背後から、今度はミリアリアを気遣う声が掛かる。
- あわよくば温めるために肩を抱いてやろうと近づく、下心ありありの声だったが。
- しかしミリアリアは、それに気付いたのか、冷たくあしらう。
-
- 「邪魔しないで、今私は仕事してるんだから」
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- 言いながらカメラを顔から離さず、またシャッターを切る。
- 突っぱねられたその声の主、ディアッカは大きな溜息を吐いて、ガックリと肩を落とす。
- キラはその様子に、苦笑を浮かべるしかなかった。
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「Feel at snow」
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- キラとラクスは、仕事で地球へと訪れている。
- 目的は北欧地方の視察だ。
- デストロイ虐殺の舞台となったこの地域を実際に見て、プラントとしてどのような支援策を立てるのが良いのか検討するためだ。
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- そしてミリアリアは、そんな2人の取材記者として同行、密着取材を行っているのだ。
- キラとラクスも、ミリアリアが取材するということだから、二つ返事で了承したようなものだ。
- 友人としてだけでなく、それだけジャーナリストとしての腕も信用しているのだ。
- ミリアリアもその信頼に応えるべく、時に記者として質問をぶつけながら、ラクスの色々な写真をカメラに納めている。
-
- 「だいたい、何でキラとラクスの取材にあんたも居るのよ」
-
- 一通りの取材と写真撮影が終わったところで、今日の視察は終了した。
- 後はホテルに戻って休むだけで、4人は談笑をしながら戻っているところだった。
- と言っても、ミリアリアだけは、不機嫌そうに頬を膨らませているが。
- その様子にディアッカがあれこれと話し掛けたりするのだが、その一つ一つがミリアリアの気持ちを落ち着かなくさせて、イライラさせる。
- ついにミリアリアは不満を爆発させてディアッカに噛み付く。
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- 「俺は命令で来たんだっての。文句なら出したあっちに言ってくれよ」
-
- ディアッカは両手を挙げて降参のポーズを取りながら、未だくっついているキラとラクスの方を指差す。
- それは事実で、ディアッカはラクスからの命令で、護衛するキラのサポートとして、今回2人に同行して来ていた。
- ミリアリアはディアッカに言われて、それは確かにそうだとラクスの方を軽く睨む。
-
- 「はい、キラの提案で今回はディアッカさんにサポートをしていただくことにしました」
-
- ラクスはニコニコと、まるで怯えた様子を見せずに事情を説明する。
- それを受けて、今度はキラが黒幕かと、キッとそちらを睨みつける。
-
- 「いや、今回はディアッカが適任だと思ってさ」
-
- しかしキラも応えた様子は無く、ニヤニヤと笑顔でミリアリアに返す。
- その笑顔を見て、ミリアリアは手を額に当てて、溜息を吐いた。
- 新聞社からはラクスの視察に密着する仕事だとは聞いていたが、そこにディアッカが来るのは全く持って想定外だった。
- それも友人であるキラの提案だという。
- 自分のことには大概疎いくせに、こんな変なところで気を回さないで欲しい。
-
- 「こうゆうのをありがた迷惑って言うのよね」
-
- ミリアリアはぶつぶつと文句を垂れる。
-
- 「まあいいじゃないか。そんな怒ってると可愛い顔が台無しだぜ」
-
- ディアッカが性懲りも無く一言を零すと、ミリアリアの中で堪えていた何かが切れた。
- 身も凍りそうな視線を向けると、勢いよく鉄拳を飛ばして、直後、乾いた鈍い音が当たりに響き渡った。
-
- そんなこんなで、ある意味じゃれあいながら、だんだんと降り注ぐ雪が多くなる中を、宿泊先のホテルを目指して歩いていた。
- だが不意に、キラが足を止めて、灰色の空を見上げる。
- ラクス達も足を止めて、どうしたのか尋ねる。
-
- 「雪ってさ、やっぱり綺麗で儚いと思わない」
-
- キラはすぐには問い掛けに答えなかったが、しばらくして、そう静かに零す。
- その表情は、いつもの柔らかい笑みではなく、切ない影を背負ったような、まるで壊れてしまいそうな笑顔だった。
- ラクス達にはオーブで無気力に居た頃のキラの姿とダブり、胸を締め付けられる。
- そんな彼女達の心境に気付かないまま、キラは言葉を続ける。
-
- 「雪は白いし、積もると幻想的で綺麗だけど、時間が経つと消えちゃうよね。それに体をこんなにも凍えさせる」
-
- 言いながら掌で一片の雪を受け止め、水になって消えていく様子をじっと見つめる。
-
- 「人の命も、こんな風に簡単に消えていく・・・」
-
- キラは雪が消えた掌を見つめたまま、立ち止まってしまった。
- 失った人達の命に、思いを馳せるように。
- ラクスも立ち止まり、絡めた腕に少し力を込めて、キラを心配そうに覗き込む。
- ミリアリアにも、キラの気持ちは痛いほど分かった。
- 彼女自身も、恋人を亡くすという経験をしているから。
- 重苦しい沈黙が4人の間に漂う。
-
- その沈黙を破ったのはディアッカだった。
-
- 「お前まだそんなこと言ってんの」
-
- 頬を擦りながら、いつのも明るい調子で言う。
-
- 「ちょっとあんた、キラの気持ちが分かんないわけ?デリカシー無いわね」
-
- キラを小ばかにしたような物言いに、ミリアリアは怒りを露にして、襟首を掴んで詰め寄る。
- だがディアッカは焦った声で、違う違うと誤解を解こうとする。
-
- 「ちょっと待てよ。別に茶化してるわけじゃねーし、キラの気持ちも分からなくはねーよ。俺だって仲間を失ってんだぜ、あの戦争で」
-
- 言われて、ミリアリアはハッとする。
- そうだ、何もキラだけが傷ついたわけじゃない。
- 自分もラクスも、そして目の前のこいつだってそうだ。
- ただ傷の深さが少し違うというだけで。
- それを思い出し、ディアッカを掴んでいた手をすっと緩めて離した。
- ディアッカはちょっとは俺の言い分も聞いてくれよとぶつぶつ言いながら襟元を正し、気を取り直して続きを話し始める。
-
- 「でも、雪はまた冬が来れば振るじゃん。んで、その度にまた積もるよな」
-
- こんな風にと、辺りを白く包みだした風景を見渡して、それからキラの方を見据える。
-
- 「確かに消えていく命もあるけど、生まれてくる命もたくさんある。また雪が積もるみたいに。その生まれてくる命が、今度は消えないようにするのが、今の俺らの仕事だよな。だからいつまでも過去に拘るなよ」
-
- 真剣な表情で、そうキラに語り掛ける。
- 自分達は過ちを犯し、その間違いに気が付いたから、前回の戦争では自分達の意志を貫き通した。
- それが絶対的な正義でないと分かっていながら、それでも未来を諦めないために。
-
- 「そうだね。だから僕達は、今ここに居る」
-
- その決意を思い出したキラは、力強く頷いた。
- それにラクスも安堵の息を零して、はいと同調する。
- 過去は過去。
- それを反省することは忘れてはいけないが、それに囚われていては、未来への一歩を踏み出せないこともよく分かっているのだから。
-
- ディアッカは気持ちの浮上したキラに満足そうに頷いて、そしてまさに宣言するように、自分の決意を述べる。
-
- 「そっ。だから俺も、雪みたいに何度思いが消されても、諦めずに降り注いでみるぜ。永遠に溶けて消えなくなるまでさ」
-
- ディアッカはミリアリアの方をチラリと見て、笑みを浮かべた。
- いつもの斜に構えた軽い感じのではなく、真剣な瞳の凛々しい笑みを。
- それを見たミリアリアは、薄っすらと頬を赤くして、慌ててディアッカから視線を逸らす。
- 不覚にも彼の言葉と表情にドキッとなってしまったことに、少し嬉しいような、自分に腹が立つような複雑な気持ちで、未だドキドキとする心臓を必死に宥めた。
-
- 「そうだね。ディアッカ、君なら出来るよ。頑張ってね」
-
- ミリアリアの心境を余所に、キラはいつもの笑顔を取り戻して、励ましの言葉を送る。
- ディアッカはそれに応えるように、おうと親指を立ててウィンクしてみせた。
- ミリアリアはキラの笑顔に安堵したが、続けられた言葉に抗議の声を上げる。
-
- 「ちょっとキラ、あんまり変なことを吹き込まないでよね。あいつ調子に乗るじゃない」
- 「その方が良いと思うけど」
-
- キラはあっけらかんと返す。
- ミリアリアは、良くないと怒鳴り声を上げるが、それをラクスに窘められた。
-
- 「ミリアリアさんも、少しは素直になってくださいな」
-
- ラクスに笑顔で言われ、ミリアリアは顔を真っ赤にした。
- よもやラクスにまで気持ちがばれているとは思いもしなかったし、さらにはラクスにそこを突っ込まれて驚かずにはいられない。
- 天然のようでいて、実は誰よりも洞察力の優れているラクスに、相変わらず侮れない子ねと内心評価して、せめてもの抵抗を見せる。
-
- 「私はいつだって素直よ。まあ、あんた達ほど、周囲の目を気にせずにってことはしないけど」
-
- ミリアリアの目から見て、2人はいつでもどこでも、誰の前でもイチャイチャし過ぎなのだ。
- 見ているこっちが気恥ずかしくなるくらい。
- 周囲はその空気に当てられっ放しで、場合によっては精神衛生上良くないと、遠まわしに訴えた。
- しかしキラは、心外だという表情で、ミリアリアに即座に反論する。
-
- 「君も案外失礼だね。僕達はちゃんと周りの事も気にして、節度を持って行動してるよ」
-
- 未だにしっかりと腕を組まれてくっついた状態のまま、そう答えた。
- それのどこが、とミリアリアは心の中で突っ込むが、これ以上は言っても暖簾に腕押し、馬の耳に念仏だと、発言は飲み込んだ。
- 代わりに、盛大な溜息を吐き出す。
- その態度に、キラとラクスは目をパチパチと瞬かせて顔を見合わせる。
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- ディアッカがその様子に笑いを堪えながら、ミリアリアの横に寄って、その肩を手を置いた。
-
- 「まあまあ、2人はプラントでもいつもこんなんだから、今更だっての」
-
- ディアッカにとっては、この光景は見慣れたもの。
- 一応本人達は気をつけてはいるつもりだろうが、周囲から見ればイチャイチャしている以外の何ものでもない。
- プラントも、今ではそれを当たり前のこととして、仕方がないと受け入れているのだ。
-
- ディアッカに言われて、キラは少しだけ頬を膨らまして、だから違うと言い、ラクスはそんなキラのやり取りにクスクスと笑い声を零す。
- 釣られてキラも表情を崩して笑い出し、ディアッカも豪快に笑い出す。
- それは楽しげな会話だった。
-
- だがミリアリアは、口を真一文字に結んだまま俯き加減に肩を震わせたかと思うと、無言でディアッカの手抓ってを払い除ける。
- ディアッカは抓られたところを擦りながら残念そうな表情を浮かべるが、しかし諦め切れない。
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- 「えーっ、折角俺が励ましてるのに、ミリィは何でそんなに俺に冷たいわけ?」
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- ディアッカにとっては、2人の惚気に当てられたミリアリアを励まそうとしての行動だった。
- その親切を拒まれれば、抗議の声の一つも上げたくなるというもの。
- もちろんあわよくば、このまま自分との距離が詰められたら、というスキンシップも込みだが。
-
- ミリアリアとてディアッカの行動が嬉しくないわけじゃない。
- しかし今の彼女には、下心の方に敏感に反応し、それがディアッカに関してはことごとく当たるのだ。
- それが相手に少なからず想いを寄せていること示していることに、本人は気付いていないが。
-
- 尚もぎゃあぎゃあと騒ぐディアッカに、ミリアリアの堪忍袋の緒は、音を立てて切れた。
-
- 「調子に乗るんじゃない!」
-
- 次の瞬間には、思い切り手が振り上げられていた。
- 再びバシッと乾いた音が響き、同時に断末魔のような悲鳴が、雪の中に木霊したのだった。
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