- 3人の子供達が無邪気な笑い声を上げながら、公園の中を走り回っている。
- 彼らは本当に楽しそうにじゃれ合っている。
- 何か面白いことがあったわけではない。
- ただ3人で一緒にいられることが、嬉しくてしょうがなくて、どうしようもなく笑みが零れていた。
- 少年達の名前は、マサカズ、キラ、アスラン。
- 月の幼年学校に通う仲良し3人組だ。
- 出会ってからは、ほとんど兄弟のように一緒に過ごしている。
- 育ちも性格も違う彼らだが不思議と気が合い、その日の別れさえ惜しむほど、授業の時も、昼食を食べる時も、休日や放課後の余暇も、互いが互いのパーツのように、同じ時間を共有した。
- それこそ隣近所でも有名な、仲の良い友達同士だった。
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- そんな少年達の光景は、人類が月に、そして宇宙に進出し、そこで暮らすようになっても、どこにでも有り触れた幸せそうなものだった。
- 子供達が楽しそうに過ごしている姿は、見ている者の心も温かくする。
- 世界では、コーディネータとナチュラルがいがみ合う殺伐とした時代だからこそ、余計にそう思った。
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- だが少なくともここにはそんな争いの影は無い。
- ただ平穏に暮らせる毎日があった。
- だからキラもアスランも、こんな日が永遠に続くものだと、信じて疑っていなかった。
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「Boy's dream」
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- 少し疲れた少年達は、脇のベンチに仲良く並んで座って休憩をしていた。
- それでも肩で息をしながら、楽しい会話は途切れることは無い。
- 傍から見ていても、笑顔で足をバタバタさせながら楽しんでいる様子が窺い知れる。
- マサカズは心の底から今と言う時間を楽しく思っていたし、幸せを満喫していた。
- しかしそんな中で、彼の胸には複雑に揺れるものがあった。
- こんなにも自分に友達として接してくれるキラとアスランを騙しているような気がして、そのことをとても辛く思うのだ。
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- 彼はまだ子供だが、オーブの特殊部隊に所属していた。
- 任務はキラを見守ること。
- そのためにこの月へと来て、キラに近づいたのだ。
- 気さくで素直なキラはそんなことなど露知らず、同じ幼年学校に転校して来たマサカズに話し掛け、そしてすぐに友達になった。
- 既にキラの友達だったアスランとも。
- 最初は戸惑うことも多かったマサカズだが、同じ年頃の子供と触れるのが初めての彼にとって、生まれて初めての友達にすっかり夢中になっていた。
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- だが楽しければ楽しいほど、それを押し潰すように不安は膨れ上がる。
- いつかこの時間が終わりを告げることを知っているから。
- その時、2人を傷付けてしまわないだろうか。
- そもそも、本当は自分など居ない方が、2人はもっと楽しい時間を過ごせるのでは無いか、と余計なことばかりを考えてしまう。
- 知らず知らずそれは沈黙となり、表情に出ていたことに、本人も気付いていなかった。
- そんな急に難しい顔で押し黙ったマサカズに気が付いたキラが、その顔を心配そうに覗き込む。
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- 「どうしたの?どこか痛い?」
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- 本気で自分の身を案じるキラに、胸にチクリと痛みが走る。
- 違うそうじゃないんだ。
- 本当は友達と呼ばれる資格なんて、自分には無いんだと、つい自虐的な思考が頭を支配する。
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- 「僕と一緒にいて楽しい?」
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- ついにマサカズは、恐る恐る尋ねた。
- 正体を明かすことは出来ないが、だがこれ以上キラ達を騙しているような状況には耐えられなかった。
- 言わなければもっと続くかも知れないのにと思いながら、だが尋ねずにはいられなかった。
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- キラはマサカズの問いに最初キョトンとした表情を浮かべたが、すぐに無邪気な笑顔で答える。
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- 「うん、すごい楽しいよ。だってアスランもマサカズもいるし」
- 「そうだよ、楽しくなきゃ一緒にいないだろ」
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- アスランもキラの意見に同意する。
- それは2人の、心からの言葉。
- キラにとってもアスランにとっても、マサカズはかけがえの無い友達だった。
- それなのにそんなことを聞くなんて、変なマサカズ、とマサカズの心配を笑い飛ばす。
- その笑顔は純粋で、眩しくも見えた。
- それが嬉しく思え、また辛くもある。
- いつまで自分はこの笑顔を傍で見ることが出来るだろうか。
- 自分はあくまで軍人であり、任務を遂行しなければならないという責任感が僅かに勝る。
- 今与えられている任務は無限ではない。
- だから、いずれはここを去らねばならない。
- いや、いつ去らねばならないかの期限は分かっている。
- しかしその時が訪れた時、彼らはどんな顔をするだろうか。
- それを思うとやはり憂鬱になる。
- この笑顔を奪うことになるのだから。
-
- マサカズは何とかキラとアスランに笑顔を返しながら、また走り出した2人を追い掛ける。
- まるで過ぎていく時間を追いかけるように。
- いつか来る別れの時が、少しでも遅くなるように、マサカズは2人を捕まえて、その勢いで3人揃って芝生の上に倒れ込む。
- そして誰からとも無くクスクスと笑い声を零す。
- 恐怖は心の奥で燻ってはいる。
- だがやはり、2人といることはとても楽しいことだ。
- 不安を忘れて、マサカズは2人と居る時間に没頭した。
- それはとても長い間一緒に過ごしたかのような、これからも過ごしていくような、そんな気持ちにさせてくれたから。
- しかし永遠のようでいて、実は束の間の夢だったこの時間が終わる時は、もうそう遠く無かった。
-
-
*
-
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- マサカズは唇を噛み締めて俯いていた。
- その正面にはキラとアスランが、怒ったような、それでいて悲しそうな顔で、そんなマサカズを見つめている。
- マサカズがここを去らねばならないと聞かされたのはつい昨日のことだ。
- 本当に突然のことで、キラもアスランも心の整理が出来なかった。
- それまでいつもと変わらず一緒にいたのに、未だ夢を見ているみたいで。
-
- コーディネータとナチュラルの間には深い溝があって、小競り合いが続いていることはキラもアスランも知っている。
- だが自分達の知る世界からは、もっとずっと遠いことだと思っていた。
- しかし今目の前にいるマサカズは、そのためにここを去らねばならないと言う。
- 信じていた未来が崩れ去り、ショックを受けているというのが本当のところだ。
- そして仲の良い友達と別れることを経験することも初めてだ。
- だからどう気持ちの整理をつければいいのか、どんな言葉を掛ければいいのか分からない。
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- 「なんで、行っちゃうの?」
- 「そうだよ!ずっと僕達と一緒に!」
-
- マサカズの都合もあるから、迷惑だということも分かっている。
- しかしそれ以外に掛けるべき言葉を、2人は持たなかった。
- そんなキラとアスランを目の当たりにして、マサカズも言葉が浮かばない。
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- 「ゴメン、急なことで。でも僕、行かなきゃならないから。キラ、アスランみんな元気で・・・」
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- マサカズは努めて明るい笑顔を浮かべて頭を上げると、何とか声を絞り出した。
- 本当のことを言えないまま、そのことが胸に引っかかっているが、言うと彼らに迷惑を掛けてしまう。
- だからそこはじっと耐えた。
- しかしキラとアスランは、もじもじと何か言いたそうにしながらも、声を掛けられなかった。
- ひょっとしたら嫌われたかもしれないと思うと悲しかったが、その方がこの後のことを心配せずに済むだろうと枷を掛けて、マサカズはくるりと踵を返した。
- そして進む、キラとアスランが居ない道の上を。
- 足取りは重かったが、これでいいんだと何度も自分の心に言い聞かせながら。
-
- その後姿をじっと見つめていたキラとアスランだが、あんなに寂しそうなマサカズに何か言わなければと感じた。
- そうでなければ2度と彼と会えないような気がして。
- これまでの楽しかった時間が嘘になる気がして。
- キラは泣きそうなのを必死に我慢して、声を張り上げた。
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- 「約束だよ。僕達と君は、ずっと友達だからね」
-
- 遠ざかるマサカズの背に、精一杯告げる。
- アスランもキラに触発されて、精一杯の声で呼び掛ける。
-
- 「僕達は忘れない、君の事。離れていても、思い出はずっと残るから」
-
- マサカズは振り返り、キラとアスランを見た。
- 2人は頭の上で手を振りながら、じっとこちらを見つめている。
- 別れを惜しみながら、だが確かな友情を胸に抱いて。
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- その気持ちは、マサカズにもしっかりと届いた。
- 改めて2人との友情を再認識したマサカズも、両手を大きく振って2人に応える。
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- 「僕も忘れない、2人のこと。ここで過ごした、とっても楽しかった時間を」
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- そう、これまで過ごした時間は決して偽りではない。
- 3人で楽しいことも悲しかったことも分かち合って、大切な大切な思い出だ。
- 今まで知りえなかった色々なことを知り、キラとアスランには感謝してもしたりないくらいだ。
- でもだからこそ、この時間を二度と奪われないように、自分は行かねばならない。
-
- やがてマサカズは手を躊躇いがちに下ろすと、2人を振り切るように背を向け、港へと足を進めた。
- 願わくば、再び友達として、また3人で笑い合いながら過ごせる日々が来ますようにと祈りながら。
- それはささやかな、だがとても大きな、マサカズの夢だった。
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