- ルナマリアはこのところ浮かない表情でいることが多かった。
- 別に今の生活に不満があるわけではない。
- 周囲の人達は優しいし、一緒に暮らしている子供達は元気をくれるし、今の自分にはむしろ必要な場所だと思う。
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- ただシンのために傍にいると決めてここに居るのに、そのシンはまだ心から笑ってはいない。
- あの戦争で傷ついた心はまだ癒されていないのだ。
- 時間がかかるものだということは分かる。
- それでもあれからだいぶ時は経つのに、未だ笑っている時も瞳に映る色は悲しさを湛えている。
- 自分はシンの支えになれていないのだろうか。
- それが不安になり、また自身を苛立たされる原因だ。
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- いつも子供達の表情の変化に気を使うカリダが、そんなルナマリアに気が付く。
- そして彼女の行動を注意深く観察していれば、その原因がおのずと知れた。
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- 「悩みはシン君のことよね」
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- 2人で夕食後の洗い物をしている時、カリダは唐突に切り出す。
- 少しぼんやりと、まさにそのことを考えていたルナマリアは、いきなりカリダにズバリ言い当てられて、顔を赤くしながらあたふたする。
- そしてどうして分かったんですか、と言いたげな表情でカリダを見つめる。
- それにくすりと笑みを零して、カリダは答える。
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- 「シン君、前のキラに似てるし、彼を見る貴女はその時のラクスさんと同じ表情をしているもの」
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- 少しだけその時のことを思い出して切ない遠い目をした表情を見せるが、すぐにペロっと舌を出して、シン君の方がキラよりずっと手がかからないけどね、と悪戯っぽく言う。
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- カリダの表情に苦笑しながらルナマリアは、そういえば以前ラクスもシンが昔のキラに似ているという話をしてくれたことを思い出す。
- だがルナマリアにはキラが今のシンのような状態だった、それよりもひどかったということが想像できない。
- キラは伝説的な英雄であり、いつも穏やかに微笑を浮かべ、そして落ち着いた大人の雰囲気を醸し出して、ラクスを心から大切に思っている、そんな印象しかないのだ。
- もし本当にシンのように落ち込んだ状態から立ち直らせたというのなら、ラクスは相当献身的に寄り添っていたのだろう。
- それを考えると自分がラクスのようになれるなど到底思えず、ルナマリアの気分はますます沈んでいく。
- その様子を見守るカリダは、小さく溜息を吐きながら少しばかりお節介を焼くことにした。
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「Love letter」
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- その夜、シンはカリダに呼ばれてリビングに顔を出した。
- やってきたシンにカリダは穏やかな表情で、シンに向かい側の椅子に座るように促す。
- そこには有無を言わせぬ迫力のようなものがあり、シンは戸惑った表情で促されるまま示された椅子に腰を下ろす。
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- 「貴方、ルナマリアさんのことはどう思ってるのかしら」
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- シンは突然のカリダの鋭い指摘に一瞬ポカンとした表情を浮かべるが、だんだんと顔を赤く染めてしどろもどろになる。
- かつてキラにラクスのことを問い詰めた時も同じような反応を示したなと懐かしさも覚えながら、カリダは小さく溜息を飲み込んで見守っている。
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- しばらく言葉に詰まっていたシンだが、その眼差しに射抜かれて、やがて顔を赤くしたままながら真剣な表情になる。
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- 「大切だと思って、何があっても守りたいって思います」
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- シンはしっかりとカリダの目を見据えて答える。
- それは偽らざる、本当の気持ちだ。
- 自分にとって尤も失ってはならない、失いたくない人だと。
- だがシンは言葉をでも、と続けて目を伏せる。
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- 「俺が傍にいてもいいかどうか、分かりません」
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- 家族が目の前で消えた、ステラを目の前で死なせた、あんな絶望は味わいたくない。
- しかし今の自分には守るための力も術も持たない。
- それが自分をとても不安にさせる。
- 守りたい時に守る力を持たず、また同じ悲劇を繰り返し受けることを。
- だが力を持つこともまた恐れている。
- その力を御しきれず、意味を理解できず、それが多くの悲劇を生んでしまったのだから。
- どうしてもそのことが頭を過ぎり、ルナマリアへの気持ちをどこかで否定する自分がいる。
- 守れないなら守りたいものを持つべきではないと。
- シンは耐えるようにギュッと握りこぶしに力を込めて俯く。
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- 「貴方も不器用だけど、優しい子ね」
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- カリダはそんなシンを本当の息子を見るような優しい目つきでじっと見つめる。
- その視線を感じて、シンもとても落ち着いた気持ちになっていく。
- 母親に優しく抱きしめられた時のような、そんな錯覚さえ覚えて。
- 泣きそうな表情を浮かべて、俯いていた顔を上げる。
- その視線の先には、安心させるようにニッコリ笑うカリダの表情があった。
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- 「でも言葉にしないと、何も相手に伝わらないわよ」
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- そしてさりげなく、ルナマリアが不安に思っていることを告げる。
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- まさかルナマリアがそんなことを思っていたとは思わなかった。
- 言われてシンは激しい後悔の念にかられる。
- 今まで自分のことばかり考えて気遣ってやれなかったことに。
- 自分のことしか見えなくて、自分だけは正しいと思い込んで、それで過ちを犯してしまったというのに。
-
- シンがルナマリアのことを考え出したことを確認すると、カリダは穏やかな笑みを崩さず、後は貴方達次第よ、といって徐に席を立ち部屋を後にする。
- 残されたシンはしばらくじっとそこに座り込んでいたが、やがて何かを思い立つと決意の篭った表情で前を見据える。
- 今力がなくてもルナマリアのためにできることがあると思うから。
- シンは勢い良く席を立つと自分の部屋へと戻り、机に向かって何かを始めた。
- 白い紙の上に、何かを考え込んではペンを走らせている。
- シンは手紙を書くことを決意したのだ。
- まだ整理できていない気持ちがあるから直接は言えないけれども、自分の気持ちをちゃんと伝えるために、ルナマリアを安心させること。
- それがルナマリアのために、自分の力でできることだ。
- その気持ちがシンの心を少しばかり吹っ切らせ、一心不乱に自分の気持ちを文字で表していった。
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-
*
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- 次の日の朝。
- 家事手伝いの当番に当たっているルナマリアは早くから起きて、そのためにリビングへ行こうと部屋の扉を開ける。
- すると何か白い紙切れのようなものが、ひらひらと床に落ちた。
- 何だろうと思ってそれを拾い、はっと息を呑む。
- それはシンがルナマリアへ宛てた手紙だった。
- ルナマリアはドキドキしながら少し震える手で手紙を開く。
- 中にはこう書かれていた。
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- 『 ルナへ
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- 色々心配かけてゴメン。
- 本当は直接伝えた方がいいとは思ったけど、俺にまだそんな勇気がないから手紙で伝えます。
-
- 正直まだ、戦争のこととか家族のこととか、整理しきれてないことがたくさんある。
- それを考えると自分の存在がわからなくなってとても不安になる。
-
- でもルナが居てくれるから、心配してくれて声を掛けてくれるから、俺そのことをちゃんと考えられる。
- 逃げずに向き合える。
- 少しずつだけど、自分がこれからすべきこと、自分がやらなきゃならないことが見えてきた気がする。
- でも焦って、また周りが見えなくなって過ちを繰り返したくないから、それをゆっくり、じっくり考えたいと思う。
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- だからもう少し待って欲しい。
- ちゃんと言えるようになったら、その時は自分の口で伝えるから。
-
- 勝手かも知れないけど、これからもずっと傍に居て。
- 何よりルナの笑顔が一番好きだから。
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- シンより 』
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- 一文字一文字を噛み締めるように見ながら読み終えたルナマリアは、その手紙をぎゅっと抱きしめて涙を一滴零す。
- 自分の想いがちゃんと相手に届いていたことの嬉しさと安堵に。
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- 衝動的にルナマリアはシンの部屋へと向かい、その扉をそっと開ける。
- シンはまだ夢の中だった。
- だが心なしか、その表情はいつもより穏やかなものに見える。
- ルナマリアはくすりと笑みを零すと、そっと部屋を後にする。
-
- いつかその時が来るまで、自分の気持ちを伝えることはしないでおこうと思った。
- 口に出すのは恥ずかしいのと、いつか遠くない未来に伝えてもらえった時に答えたいと思ったから。
- ルナマリアはそんなことを考えながら、スキップでもしそうな軽やかな足取りでリビングへと向かった。
- その心は久し振りにとても温かなものに包まれていた。
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