- 未来への決断
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- 教会の前では子どもたちが楽しそうに遊んでいる姿が見える
- そんな様子をバルトフェルトは窓越しから眺めていた
- なんと、和やかな風景だろうか
- こうして外で元気よく遊ぶ子どもたちを見るのは実に気分がいい
- これも平和の賜物だろうか・・・
- 「でも、こうしてバルトフェルトさんがここに訪れるなんて珍しいですよね」
- そう彼に話しかけたのは彼の後ろのソファーに腰を据えていたキラだった
- バルトフェルトは彼の言葉に気がつき振り返る
- その顔は穏やかだった
- 「たまには、戦友の顔を拝みたくなるものでね」
- バルトフェルトはそう言って口先を上に向ける
- バルトフェルトがキラたちにこうして会うのは久しぶりだった
- あのメサイアの戦いから幾日も経って、すでにあの時と同じ季節を繰り返そうとしていた時期でもある
- キラもラクスもプラントからオーブに移り住み、今はキラの母、カリダの暮らすマルキオの屋敷で厄介になっていた
- バルトフェルトもあの時、ラクスたちと共にプラントへ帰国するのも悪くはなかったのだが、彼自身、すっかり地上(地球)に住み慣れてしまったため、こうしてオーブで暮らすことを選んだのだ
- というものの彼は気まぐれな部分も多く、プラントへ行ったり、プラント理事国の土地に足を踏み入れたりと平気で出来るような男だった
- もう、彼に故郷などどこにもない
- 故郷と呼べる場所には、彼の求める物はもう、何も残ってはいないのだから
- むしろ、第二の故郷、地球に今は愛着を感じている
- バルトフェルトがこの和やかな瞬間を満喫していると、今度は奥の方からコーヒーカップを運んできたラクスがやってきた
- 彼女がリビングに近付くほどに、香ばしいコーヒーの香りが漂ってくる
- バルトフェルトはその臭いを堪能するように思いっきり鼻から息を吸い込む
- そして、コーヒーを運んできたラクスに近付き、近くのソファーに座る
- 「これは、なかなかいいブレンドだね。それにいい豆を使っている」
- 「わかりますか?今日はバルトフェルトさんがいらっしゃると聞いたものですから、とびっきりのものをご用意しようと思いまして」
- ラクスに続いて奥から現われてきたのはカリダだった
- バルトフェルトはカリダを見つけるとすぐに立ち上がり軽く礼をする
- 「それはかたじけない。これはありがたくいただきます」
- バルトフェルトはそう言ってもう一度ソファーに座りなおしてコーヒーカップを持ち上げる
- そして、香りをじっくりと堪能した後、カップに口をつける
- これはなかなかコクがあるようだ
- 「バルトフェルトさんは本当にコーヒーが好きですよね。僕はこういった苦い飲み物は苦手なんですが」
- キラは恥ずかしそうに笑う
- ラクスもお盆を持ったままキラの隣に座り、お盆を膝の上に乗せた
- 「コーヒーという飲み物はね、実に奥深いものなんだよ。豆の挽き方や焼き方によって味の深さやコクが変ってくるし、当然豆によっても全然違う。その地で取れた豆ということも大切だ。国によって癖のようなものがあってね、いろんな良さを引き出すんだ。さらに、それらをうまく調合してブレンドするとまた新たなうまさが出てくる。これだけ楽しませてくれる飲み物は他にはないと思っているよ」
- 長々と語りだすバルトフェルトにラクスはくすくすと笑った
- 「すばらしい情熱ですわね。わたくしはいつもハーブティーなどを頂くので、コーヒーのことはあまりよく知りませんが、たまにはこうしてじっくり味わうのもよいかもしれません」
- ラクスはそう言って目の前のコーヒーカップを手に取り、彼のまねをするようにまずは香りを堪能してから、それを喉に通した
- キラも同様にコーヒーカップに口をつける
- 「コーヒーも奥深いものだが、やはり一番奥深いのは人間なのかもしれない。未だに僕は人類についてわからないことばかりだよ」
- 突然、話を変えたバルトフェルトに皆が注目した
- そして、キラはそっとコーヒーカップを更に戻し、目線を床に落とした
- 「それは僕も同じです。人というのが一番、わからない存在なのかもしれません」
- 「けれど・・・」
- すると今度はラクスが続ける
- 「だからこそ、人はいろんな可能性を持っているのではありませんか?」
- そういうと、ラクスは持っていたコーヒーカップの中をのぞいた
- そこには、黒い液体の上に彼女の姿が浮かび上がっていた
- 「このコーヒーと同じように、多くの環境や人との関わりによって人は何色でも変れる。だから、その人の作り出すこの世界も人々の力によって何にでもなれるのです。人がわからない存在だからこそ、決められた運命などないのですわ」
- 「ラクス・・・」
- キラは隣りに座るラクスを見つめた
- 彼女もそれに気がつき、彼と目を合わせて微笑みかけた
- バルトフェルトもカップをテーブルにおいて、ソファーに背中を預けた
- 「そうかもしれないな。だからこそ、俺は恐い。決められているものより、未確定な見えない存在の方が恐ろしいんだよ。人はコーヒーとは違う。ブレンドを間違えてしまえば、まずいだけじゃ済まされないからな」
- キラはその言葉を聞いて、自分のこれまでのことを思い出していた
- 平和なオーブでゆっくりと暮らしていた自分には気がつかなかったこと
- 自分は周りの人間と何も変らない普通の人間で
- これからも普通のありきたりな人生を歩むのだと信じていた
- 戦争だって自分とは無縁だと心のどこかで思っていた
- けれど、気がついてみれば、自分は戦場のど真ん中にいて、昔の自分とは変っていた
- もう、あの頃には戻れない
- それはわかっている事だった
- 「もし、人の人生というものが運命というものに定められているのだとすれば、人はこれほど思い悩むことは何もないのかもしれません。また、そういった世界に人々が引き寄せられるのも真実。誰もが、まだ見えぬ未来が恐いのです。正解のない答えが不安なのです。それでもわたくしたちはその道を選ばなかった。それは、まだ見えぬ未来だからこそ、最善の未来もまた築き上げられるのだと信じられるからでしょ?わたくしたちが信じることを失ってしまえば、他に出来ることなどなくなってしまいますわ」
- 「でも、それは最悪の未来に繋がることもある。僕は確かにその道を選んだ。決められた未来なんて嫌だったから。でも、それを理解しろと他の人に言うのはやっぱりおかしいことだよね」
- キラの表情は不安に満ちていた
- あの時の選択を後悔してはいない
- 何度同じ場面になろうと自分は同じ選択をすると思うからだ
- けれど、彼の中に迷いがなかったといえばそれは嘘だ
- 他のこの世界に生きる人々にとってそれが最善の選択だったのかはわからない
- 今でもあの時のデュランダル議長のプランが正しいと考えている人も少なくないのだ
- それを自分たちは強制的に選択してしまった
- あの時はそうするしかなかった
- けれど、本当にこのままでよかったのだろうかと思うことはあった
- 「確かに一か八かの選択だな。けれど、人生ってはそんなものの繰り返しかもしれない。世界にはこんなに人間がいるんだ。全員が全員、同じ色に染まるなんて無理な話さ。それにいつも安全な道が用意されているとも限らないからね。最善の道なんてなってからじゃないとわからないものだろう?」
- バルトフェルトはそう言ってキラを安心させるように笑顔を見せた
- キラもつられて顔の表情が緩む
- 「いいも悪いもそいつの気持ちしだいさ。どれが正しくてどれが間違えだなんて誰もわからない。だから、それを決断するまでが恐いんだ。誰も後悔なんてしたくないからね」
- バルトフェルトがそういい終わるとまるでそれをはかったようにリビングの大時計が大きな音を立ててなった
- 時計の針はすでに五時を回っていた
- 「さてと・・・」
- バルトフェルトがそう呟くとゆっくり腰を上げて立ち上がった
- 「そろそろおいとましましょうかね」
- その言葉を聞いてキラたちも立ち上がる
- 「あら、もうお帰りですか?もう少しゆっくりされるのなら、お夕飯も一緒にと思いましたのに・・・」
- カリダがバルトフェルトの帰る様子に気がついてそう話しかけた
- バルトフェルトはカリダに微笑を浮べた
- 「今日はダコスタたちと会う予定がありましてね。奥さんの手料理を食べられないのは残念です」
- 「いいえ、またいらしてください」
- バルトフェルトは来るときにかぶってきた帽子をかぶると、キラのほうに顔を向ける
- そして、軽くキラの肩に手を乗せた
- 「お前さんも前みたいに一人で悩むなよ。今はこんなにそばにいてくれる人がいるんだから」
- キラは一瞬驚いていたが、すぐに表情は和らぐ
- 「はい」
- バルトフェルトはそのまま外へと出て行った
- 教会の前にはまだ子どもたちが遊びまわっていた
- そして、バルトフェルトに気がつくと嬉しそうに駆け寄ってくる
- 彼はそんな子どもたちの頭を撫でてやり、前を向いたまま子どもたちに手を振った
- 最後に帰り道から眺められるオーブの景色と共に自分の歩んできた人生を少しだけ思い返していた
よしおかむぎ様より10万HITの記念としていただいた小説です。
私の好みもよくご承知の上で書いていただきました。
バルトフェルドの視点から、人の未来に関して真剣な語らいが描かれています。
よしおか様のお考えも入っているとは思いますが、これを読んで、私自身改めて、
色々と考えされられたり、1人納得して頷いたりしていました。
人の未来というのは、本当にたくさんの可能性があって、それだけに時々怖くもなります。
ほとんどの人は平和を望んでいながら、自分の気に入らないものや受け入れられないものを
攻撃する性を持っています。
守るべきものがあるのなら尚更。
それをどうやって争いの無い方向へ導くことができるのか。
これは人類が存続する限り、永遠のテーマになるでしょう。
そんな思いや考えを抱きつつ、私としては大満足の品でした。
改めましてよしおか様、本当にありがとうございます。
こんな素敵な作品が数多く揃えられている、
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