- 愛と哀の日- 種運命戦後・本編軸シリアス
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- ■ 2.13 【AM 9:30】 inオーブ ■
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- 朝の閣議も終わり、執務室に入ると、机上に置かれていた書類整理に取り掛かった。
- ふと執務室の卓上カレンダーに目を向け、カガリは溜息混じりにそっと呟く。
- 「明日は『バレンタイン』・・・か。本来なら、世界中に愛が溢れる日なのに、な」
- 呟く言葉には、空しさが漂っていた。
- 愛と感謝を捧げる日だというのに、喪った多くの生命を悼む日。
- 核によって、消された大切な生命。残された者には大きな悲しみが刻まれ、それが消えることはない。
- 「ああ、宇宙が哀に包まれる日だ」
- それに答えるレドニル・キサカの声音もどことなく侘びしさを漂わせていた。
- 「うん。ところでキサカ、今年はあいつ・・・休みを取ったか?」
- バレンタインに大切な人を失った彼を、この時期のカガリは特に気遣う。ましてや、いまは故郷を遠く離れた彼だ。
- 埋めることの出来ないその空しさや寂しさも一入(ひとしお)だろう。
- 「いや・・・」
- 傍らに控えたレドニル・キサカはその問いに、首を振った。例年通りの答えに、カガリは大きく溜息を吐く。
- 「またかよ」
- カガリは眉を顰めて、前髪を煩そうにくしゃりと掻き上げた。苛立ちを抑える彼女の癖みたいなものだ。
- 何度勧めても、あの頑固者は自分の立場を重く考え、厳しく己を律して、素直に故郷へ帰ろうとはしない。たった1日親の死を悼んで、祈りを捧げるくらい、誰が責めるというのだろうか。
- 「だから今年は、俺の代理でプラントに行かせた」
- キサカは最善の手を、カガリに披露した。
- 代理というのは、軍服組のトップである軍部高官として、プラント本国で行われる追悼式典に列席することだ。
- 軍務を兼任させるという手は、戦時下の議長であったパトリック・ザラの血縁であり、元ZAFTであったアスランの存在を煙たく思い、眉を顰める輩相手にも、角が立つこともない。それに、アスラン自身も変に遠慮することはできない。堂々とオーブの特使として、また個人としても喪った生命に哀悼の意を捧げていいのだ。
- キサカにしては、なかなか気の利いたことをする。
- 「そっか・・・うん。ありがと」
- カガリは薄い微笑を浮かべて、キサカに感謝した。しかし、キサカの方は硬い表情のまま首を振った。
- 「いや、礼はいらない」
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- ■ 2.13 【AM10:50】 inプラント ■
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- 早朝のオーブ行政府専用直行便で、プラント本国の宇宙港に降り立ったアスランを出迎えたのは、キラだった。
- 「お疲れさま。キサカさんの代理だなんて、君も随分信頼されてるんだね」
- 「漸く、な」
- にこやかな表情のキラに対して、アスランの表情は素っ気ないものだ。
- 折角与えられた数少ない帰郷のチャンスに感動も何もない。
- オーブから一緒に同行した政務官と思われるスーツの集団と、二、三、言葉を交わしてから、彼だけが別行動をとった。
- 「ザラ准将、では・・・我々はこれで」
- 「ああ、よろしく頼む」
- アスランは、今回の追悼慰霊のオーブ使節団の責任者も兼任している。公務が半分のプラント帰省というところなのだろうが、あまりに味気ない事務的な彼の態度だった。
- 宇宙港から連れ立って歩きながら、キラは時計を確かめて話しかけた。
- 「追悼式典は例年通りだから。まだ充分に時間もあるし・・・先にメモリアルパークの方に行く?」
- キラがアスランを出迎えに来た理由も、そこにあった。久しぶりに会う親友との積もる話もあったが、このために忙しい合間を抜けて、彼は運転手役を引き受けたのだ。
- しかし、アスランの方はその申し出をあっさりと断った。
- 「いや、こっちの駐在大使と話もあるし。大使館に寄るよ」
- 「アスラン?」
- 首を傾げるキラに、アスランは抑揚のない声音で静かに言い渡した。
- 「いいんだ。追悼式典に出席はするが、個人的に、父と母の墓参りに来たわけじゃない」
- 「遠慮することないのに」
- キラは、相変わらずの親友の生真面目さに呆れるばかりだ。少しくらい自分のことに目を向けても、罰は当たらないというのに。
- 「遠慮じゃないさ。俺は、俺がやるべきことを果たしに来たんだ」
- 「・・・そっか」
- 個人よりも公を優先させる頑なで不器用な彼に、キラは一抹の寂しさを感じていた。
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- ■ 2.13 【PM00:29】 inプラント ■
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- 本国からの特使として派遣されたアスランを、現駐在大使は丁重に迎え、大使主催の昼食会に招いた。昼食会と言っても、アスランを始めとする本国から派遣された政務官数名と、大使館員たちの内輪の者だけだ。
- 「・・・来月開催される主要国和平会議には、外交担当の首長だけでなく、代表ご自身も出席されると伺いましたが」
- 話題は専ら、来月に迫った重要会議だった。世界各国から首脳陣が集結し、規模も大きい国際会議が開かれる。その議長国は、地球上の中立国であるスカンジナビア王国と決まっていた。開催国も無論、スカンジナビア王国で、その首都に決定した。
- オーブは、代表首長であるカガリが、その会議に意欲をみせて出席する予定だ。
- 「ええ。その予定です」
- 苦手な社交的な会話をなんとかこなしながら、アスランは悟られないように、注意深く彼の一挙手一投足を細かに観察していた。プラント駐在の大使には、ある嫌疑が掛けられていたのだ。無論、その当人には何も気づかれていない。
- 「大使も同行して頂くことになると思いますが・・・」
- 生真面目な緑の視線を返すと、大使は気を良くしたように口元を緩めた。
- 「もちろんです」
- 「そこで、警護プランの参考に、幾つかの資料を軍部に提供して頂けると有難いのですが、構いませんか?」
- さりげなく提示されたアスランからの申し出に、大使はにこやかに応じた。
- 「そうですね。わかりました。すぐに用意致しましょう」
- 「ありがとうございます」
- 大使は表向き温和な人格者に見え、受け答えに卒がない。外交窓口を取り仕切る者としては、それが自然なんだろう。だが、その仮面の下に隠されているものは、いまのオーブに危機感を齎すだけで、プラスにはならない。
- 「ザラ准将」
- 軍服姿のひとりが彼の席の隣に立ち、耳元で囁いた。アスランは、その言葉ひとつひとつに首肯を繰り返し、次に鋭く射抜くような視線を向けて、目前の大使を捉えた。
- 「大使」
- 「な・・・何か?」
- その鋭い視線の標的となった大使は、蛇に睨まれた蛙のように身を竦ませた。
- 目の前の若者から与えられた重圧感(プレッシャー)に、じっとりと緊張の冷たい汗が滲む。
- 「残念ですが、あなたとは別室で、複雑な話をしなければなりません」
- 先ほどとは打って変わった冷徹な声音に、大使は忽ち顔色を無くした。
- 立ち上がったアスランは、顔色の変わった大使を威圧的に冷たく見下ろしていた。
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- ■ 2.13 【PM 3:30】 inプラント ■
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- 「アスラン、何か変な感じがしたんだよね」
- 声音に僅かだが、緊張感が漂っていたのは、気のせいではない・・・と思う。彼は、何か別の目的を持って、このプラントに渡航したのだ。
- でなければ、幾らキサカ少将の代理とはいえ、オーブ使節団の責任者まで兼ねて、このプラントに来ることはない。表舞台に立つような派手なことを、最も嫌う友だ。それが今回は、進んでこのプラントにやってきた。普段の彼らしくもない。
- それに、アスランに随行している男たちも、妙な気配を持っていた。
- 勘の鋭いキラは、敏感にそれを感じ取っていたのだ。
- 「どういう意味でしょうか?」
- 警備体制の打ち合わせの最中に洩らしたキラの一言に、話の見えないラクスは、怪訝そうに首を傾げた。
- 「うん。ちょっとね・・・」
- アスランの背後に控えていた男たち。彼らは皆、政務官と変わらぬスーツを纏ってはいたが、視線の配り方、その隙のない身のこなしは、軍人特有のものだった。
- それも精鋭と呼べるほど、能力の高いコーディネイターの軍人。
- だが、その彼らはオーブ要人としてのアスランの護衛が任務ではないようだ。間違いなく、彼がいる部署の部下だ。そんな彼らを引き連れて来たアスランの目的がわからない。
- 疑問を解消しようと思考を掘り下げたキラの前に、議長付の秘書官が現れた。ここ数日、ふたりともスケジュールが目白押しで、時間的にあまり余裕がない。いまも時間が押して、秘書官も慌しく調整に動いていた。
- 「議長、ヤマト隊長、明日の式典の進行のことで」
- まだ詰めの確認作業が残っている。毎年恒例とはいえ、明日は国を挙げての追悼慰霊祭だ。国外から、多数の要人も招いている。不手際があってはならない。
- 「はい。いま参りますわ」
- 秘書官にラクスはやんわりと答え、護衛役のキラに視線を移す。
- 「あ・・・うん。わかった」
- しかし、ラクスの後に続いて議長室を出たキラに、横合いから手が伸びる。そのまま彼の肩を掴んだ。
- 「おい、ヤマト。ちょっと来い!」
- 険しい表情のイザーク・ジュールが現れ、いきなりキラの腕を掴んで、有無言わせず、引っ張った。
- 「え、え、えっ・・・イザーク?」
- 訳がわからないキラは、彼に引き摺られるまま、当惑するばかりだ。いつもどこか強引なところがあるイザークだが、今日はまたそれに輪を掛けている。
- 仕方なくラクスには先に行くよう促すと、彼女はキラを残して、秘書官と共に歩き出す。
- グイグイと二の腕を掴んで、イザークは周囲に人影のない物陰にキラを押し込んだ。
- 「あいつ、いったい何しに来たんだ?」
- 戸惑うキラに、イザークは更に困惑した表情をみせた。
- 「え?」
- 呆然とまだ状況を把握できないキラに、イザークは微かに苛立ち、声を荒げた。
- 「だから! いま、オーブの大使館から連絡が入った。現、駐在大使を機密漏洩容疑で逮捕、軍で身柄を拘束した、と。その指揮を執っているのが、ヤツだそうだ」
- 寝耳に水とは、まさにこのことだ。予想もしていなかった不穏な内容に、キラもさすがに眉を顰めた。
- 「機密漏洩? なに、それどういうこと?」
- プラントに駐在のオーブ大使に、これまで何度か面会したことはあるが、そのような人物とは到底思えなかった。イザーク・ジュールもまた然り、キラと同様というところなのだろう。彼も混乱している。
- 「それが、よくわからん。プラント側にも捜査協力しろと直接、俺に言ってきた。おまけに極秘でという条件までつけて」
- アスランの一連の不可解な行動の裏には、これがあったのだ。キラは己の迂闊さに、口唇を噛んだ。
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- ■ 2.13 【PM11:45】 inプラント ■
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- その日の深夜近くになって、キラは、漸くアスランを捕まえることが出来た。
- 今回の件で、彼は全面的に指揮を執り、オーブ側は完全な情報統制を敷いていた。一時は、オーブに親密な関係を持つキラさえも、彼の所在を掴ませないほどの徹底振りだった。
- 開口一番、キラが昼間の一件はどういうことなのか、厳しく詰め寄ると、意外にもアスランはあっさりと白状した。
- 「極秘で内偵を進めていたんだ」
- アスランは疲れた様子で、無造作にジャケットをベッドの上に放り出した。精神的にも疲労を感じていた為、このまま横になりたいところだが、生憎そうもいかない。ホテルにまで押しかけていたキラに捕まってしまったのだ。
- 大使館と大使公邸にはいま、軍と行政府から派遣された捜査員たちが、資料と証拠品などの押収に取り掛かっている。アスランは、一応オーブ要人として、追悼慰霊祭に出席が義務付けられているために、明日に備えてホテルに移動していた。
- キラの方は散々探し回った上で、宿泊予定のホテルを突き止め、そこに戻ったアスランと会えたというわけだ。無論、全てを訊き出すまで、帰るつもりはなかった。
- 「キサカさんと?」
- キラの刺すような視線を受けながら、アスランは客室に備え付けの冷蔵庫から、冷えたぺリエを取り出して煽った。口に苦い、人工的に手を加えられたプラントの水は、不快感も煽る。舌に馴染んだ清涼なオーブの自然水とは比べ物にならない。いや、味覚を狂わせたのは気分的なもので、アスランの中に燻る苦い思いが強い所為かもしれない。
- 「ああ」
- 一緒に取り出したぺリエの小瓶をキラに手渡すと、話を続けるために、向かいのソファーに腰を下ろした。
- 「カガリは、知っているの?」
- キラは問い質しながら、ぺリエの封を切った。口唇を湿らしつつ、彼の返答を待った。
- 「いや・・・彼女は何も知らない」
- その問いに対しても、アスランはあっさりと首を振る。
- 「でもカガリは」
- 国の責任者として、それを知る権利があるはずだ。通常なら、まず1番に、その報告を入れる義務がある相手だろう。
- だがキラが言いかけた科白より、先んじて、アスランは答えた。
- 「大使の任命権限は、国家元首である彼女にある。だがこの件が公になれば、その任命責任を問われるのは、カガリ自身だ。だから秘密裏に処理する必要があった。それに・・・この件は、大戦の負の遺産でもあったんだ」
- 「負の遺産?」
- 嫌な響きの言葉だ。まるであの大量破壊兵器のようではないか。キラは怪訝そうに眉根を寄せる。
- 「大使は、祖国に愛着も忠誠心もない容易に動かせる利己主義の俗物だった。セイランの息のかかったひとりだったが、プラントのある人物とも通じていた二重スパイだ」
- 尋問を行ったアスランは、二国を同時に裏切った彼に、苦い思いを抱いていた。かつての自分と重なって見えたのだ。しかし、自分と彼には決定的に違うところもある。
- 大使は、それが自身の利益に繋がる為に裏切り、アスランは偽りきれない自分の信念の為に背いたのだ。だが、それも自身を納得させるための言い訳かもしれない。
- 気持ちを押し込めるように口唇を噛むアスランに、キラはその先を促した。彼もまたプラントの為に、全てを知り得なくてはならない。
- 「二重スパイって、どういうこと?」
- 「プラントの情報を餌に、大使をプラント側に取り込んで情報を引き出し、戦時下のオーブを情報操作で撹乱した人物がいる」
- 「それって、まさか・・・」
- キラにも思い当たる人物が、1人いる。情報を操作し、世界を混乱せしめた人物。
- 密かに温めていたD計画を実行するために、その土台となる大戦を引き起こした。その根幹に繋がる、あの彼。
- 「そうだ」
- 顔色をなくしたキラに、アスランは、きっぱりと断言した。
- 「軍やモルゲンレーテの機密だけじゃない。お前たちを狙った、あの襲撃。お前とラクスの居所を、彼に漏らしたのはオーブ大使だ」
- 「そんな・・・じゃあ君は」
- 開戦間もないオーブでの事件。そこまで範囲を広げて、アスランは地道に調査をし、裏付けをとったのだ。この時期のプラント渡航は、彼の綿密な計画の上でのことだ。
- 「彼を拘束するために。オーブの裏切り者を狩り出すために、俺はプラントに来たんだ」
- そこには、かつての彼自身の甘さや迷いが微塵もなかった。
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- ■ 2.14 【AM 6:30】 inオーブ ■
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- 早朝からのプライベート回線は、思いがけない知らせをカガリに運んできた。
- 宇宙にいる親友からの言葉に、何も知らなかった彼女は驚き、次にその怒りを募らせた。
- さっそく、その詳細を知っていそうな人物を、私邸の自室に呼び出す。早朝だろうが、そんなことは構っていられない。
- それにその人物は、起き抜けの状態だろうが、徹夜の後だろうが、そう簡単に口を割る相手ではない。そんなことは百も承知だ。だからこそ、余人を交えることのない自室に呼び出したのだ。
- 長い付き合いでもあり、もっとも身近な人物である彼に、カガリは遠慮をしなかった。前置きも省いて、単刀直入に本題に切り込んだ。
- 「キサカ、私は何も聞いてないぞ」
- 彼女の顔つきは険しく、普段は、国の為に押さえ込んでいた感情を珍しく露にしていた。
- 低く威嚇するように問いかけたが、さすがにそれくらいでは動じない。キサカは眉ひとつ動かさず、彼女の前に立っていた。
- 「・・・・・何のことだ?」
- キサカは、無関心を装い、あくまでも白を切るつもりのようだ。
- 「とぼけるな! 駐在大使の一件だ!」
- 小さな拳をテーブルに叩きつけ、声を荒げる彼女に、キサカは軽く眉を上げただけで、あくまでも冷静だった。
- 「アスハ代表」
- 「私に類を及ぼさないために、お前たちふたりで、勝手に事を進めたんだろう?」
- キッと琥珀に強い光を湛えて、睨む。
- 「・・・・・」
- キサカからの返答はない。それは紛れもなく事実だからだ。
- 「もういい。プラントに行く」
- 「待て。お前が直接出向けば、大事になる。いままで何のために、極秘で」
- カガリの激情を抑えつけるかのように、キサカは小さな肩を掴む。それを力任せに振り払い、カガリは目の前のキサカを振り仰いだ。
- 「ふざけるな。国家元首自らが責任を回避して、何になる! それに、今日があいつにとってどんな日か、わかっているはずだ。母親の命日になんて事をさせるんだ」
- 心に抱えた深い古傷を抉るような真似をして欲しくはない。
- 「カガリ」
- 「今日くらいは・・・心静かに祈らせてやれよ。こんな汚い任務を、あいつに押し付けるな」
- 甘いというなら、そう言えばいい。泥を被るなら、まず自分が被る。他者に犠牲を強いるなど、国を統べる者としてのプライドが許さない。それが、カガリの終生変わらぬ真っ直ぐな真情だ。
- 政治に綺麗も汚いもないことは自身が身をもって知っている。それでも、こんなやり方は容認できない。何よりも納得できない。
- 「俺も、あの彼も、今回の件は『汚い仕事』だと思ってはいないぞ」
- 「だが!」
- 裏切り者を狩り出す任務など、彼が手を染めていいものではない。ZAFTでは、散々それで苦しめられてきた彼だ。それでもやらなければならないのなら、せめて時期を外すことくらいは出来たはずだ。
- 「オーブを守る為だ。いや、そうじゃないな。はっきり言おう。オーブを守ることで、彼は大切な者を守ったんだ」
- 「・・・っ・・」
- 「それに、彼はもうZAFTのアスラン・ザラではない。このオーブの人間だ」
- キサカの言葉に、カガリはハッと息をのんだ。愕然とした表情で、小さく呟く。
- 「オーブ、の・・・人間」
- 「ああ。彼自身が選んだんだ。自分の在るべき場所を。それを、おまえ自身が認めてやれ」
- カガリ自身の奥深くにあった迷いを、キサカは容赦なく突きつけた。カガリは、それを苦い表情で受け止める。
- 自由にしてやりたい。解き放ってやりたい。彼は、自分みたいな女に縛られるべきじゃない。やはり他で、自身の幸せを見つけるべきではないのか。アスランがオーブに戻ってから、いつもどこかで、その後ろめたい思いを抱えていた。
- 「・・・でも!」
- 「でも、じゃないっ」
- キサカは、カガリに言い訳すら与えなかった。
- あの彼はもう腹を括っている。迷いはないのだ。この少女の傍らで生きていくことに。
- 「代表、いまの事、よくお考え頂きたい。この一件の詳細は、後日、書面にてご報告いたします。それでよろしいですね?」
- キサカはそれ以上言及せず、彼女に型通りの敬礼を捧げてから退室した。
- カガリは、何も言い返すことが出来なかった。アスランについても、大使の一件についても。腹立ち紛れに、椅子にあったクッションを床に叩きつけた。
- 「・・・くそっ!!」
- 今回の一件のシナリオは、すでに出来あがっているのだろう。
- 大使の裏切り・売国行為など、政界全体を引っ繰り返して、震撼させるほどの大スキャンダルだ。無論、彼を任命した国家元首であるカガリも、ただでは済まない。
- だが戦後間もないこの時期、道半ばのこんなところで、カガリが国家元首の座を降りるわけにはいかない。戦争は一応終結したとはいえ、世界情勢は、まだまだ不安定と言っていい。脳裏には『保身』という単語が浮かんで、吐き気がする。
- 父親と同じ道を歩む苦悩に、カガリは口唇を噛んで耐えた。
- おそらく今頃は、大使はアスランによって密かに拘束され、正当な理由で、辞任に追い込まれているに違いない。報道でも大きく扱われる追悼式典は、その事件からマスコミの注意を逸らす格好の隠れ蓑になる。
- それに、この内容を知ったプラント自身も悪戯に騒いで、大事にもできない。他国の駐在大使から、国家機密を不正に得たなどと表沙汰になれば、世界各国からの不信と警戒を強めることになる。
- 下手をすれば、現在駐在している各国の大使が揃って、プラントから引き上げることになるかもしれない。そうなれば、プラントは重要な外交的手段のパイプを失うのだ。再び、世界からの信用を失って、孤立してしまう。
- 燻り続ける戦火の火種。大火になる前に、それを未然に防がなくてはならない。何があっても、再びあの悲劇を繰り返してはならないのだ。
- それがわかるからこそ、カガリもこれ以上強くは出られない。まったく自分の性質を考慮して、よく考えられた作戦だ。おまけにギリギリまで、カガリに悟られないように動いていた。
- それに、恐ろしいほどの切れ者ふたりが書いたシナリオに手落ちはない。いまからでは、何の手立ても浮かばない。ならばここは黙って見ていろということなのだろう。
- 「・・・わかったよ」
- 彼らの行動には何とか理解を示して、自身の中で納得した。しかし・・・。
- 彼が選んだ居場所は、決して優しいだけの場所ではない。それ以上の厳しさも同時に求めてくるのだ。それでも、この地に留まってくれるというのだろうか。自分からは、何も返すことができないというのに。
- 「アスラン・・・」
- 自室の窓から見える遠い空へと、顔をあげた。
- 遠い故郷の地で、彼はどう思っているのだろうか。自分が選んだ道を。
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- ■ 2.14 【AM 6:40】 inプラント ■
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- プライベート回線である通信システムのモニターを切ると、ラクスは大きく息を吐いた。
- いつになく緊張していたらしい。話を進めていくうちに、親友である彼女の顔がその怒りへと変わり、最後には深く傷ついた表情になってしまった。
- できることなら、こんな顔をさせたくはなかった。それでも、伝えるべきことを伝えなくてはならなかった。それが、自分たちが置かれている現在の立場。
- 「カガリに知らせたんだね」
- 振り返ると、キラが悲しげな表情で立っていた。
- 「ええ。そうですわ」
- ラクスは小さく頷く。微かに後ろめたさが、胸に忍び寄る。
- この通信は、彼に相談することなく、ラクス自身の判断で開いたものだ。
- しかし、そのキラはラクスを責めることなく、淡く微笑んだ。
- 「・・・ありがとう」
- 「キラ?」
- 「僕は、アスランの気持ちがわかるから。僕から、カガリには言えない」
- 彼が守ろうとしているものは、決して弱いものではない。だが、小さなものでもない。
- それでも。
- 微かな胸の痛みと引き替えにしても、自身の手で守りたいものなのだ。同じ立場に立つ者であるキラには痛いほど理解できた。
- 「でもわたくしは、カガリさんの気持ちがわかりますから、この件をお伝えしましたわ」
- ラクスは彼とは反対に、彼女の立場を痛いほど理解している。
- 「うん」
- 「たとえ、守るためだと言われても、真実を知らないまま、ただ守られるわけにはいきません。わたくしも、カガリさんも」
- その小さな胸の痛みを、決して見落としてはならない。人の心を見ずに、痛みを理解しようとせずに、高いところから見下ろせば、それは先の大戦を引き起こした者たちと何ら変わらない。
- 「うん。わかってる」
- ラクスにとって、嫌な役回りだったと思う。ひた隠そうとしていた真実を突きつけて、最も大切にしていた友人を傷つける結果を招いたことになるのだ。
- 「キラ・・・」
- 沈んだ表情で見上げるラクスに、キラは切なげに微笑んだ。
- 「ラクス、そろそろ朝食にしようか。今日は、追悼式典の日だからね」
- 「ええ」
- 心の痛みを押し隠して、自分達もまたやらなければならないことがある。
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- 迎えに来た黒塗りの公用車であるエレカに乗り込んですぐ、キラは小さく呟いた。
- 「このまま・・・見て見ぬ振りをしてくれる? 君も・・・僕と一緒に」
- この件は、内々で決着をせねばならない。公表されれば、オーブだけではなく、プラントにも大きな混乱を招くことになるからだ。それだけは避けなければならない。
- 「・・・とても、苦しいですわ」
- ラクスは内面に重く沈んだ気持ちを、彼だけに吐露する。朝から友人を傷つけた上に、慰めの手を差し伸べることも出来ない。
- 「うん。ごめんね」
- 式典会場へ向かうエレカの後部座席で、ラクスの隣にいたキラは、その扉が開くまで、彼女の柔らかな手を支えるように優しく包んだ。
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- ■ 2.14 【PM 6:25】 inプラント ■
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- 追悼式典は先ほど滞りなく終了し、その足で、アスランは父母が眠るメモリアルパークへと向かった。
- 父母の眠る場所は、整然とした美しい所だ。夕暮れ時の閑散とした物寂しい時間だが、今日はやはり訪問者が多くいたらしい。周囲から、柔らかな献花の香りが漂ってくる。
- 静かに祈りを捧げ、心の裡でいまは安らかな場所にいる父母に多くを語りかけてから、その場を立ち去った。
- フリーのエレカの乗り場まで足を伸ばすと、そこにはキラが待っていた。誰にも告げず、この場所に立ち寄ったというのに、親友である彼だけは、自分の行動がわかっていたらしい。
- 「おばさんたちへの挨拶は済んだ?」
- 「ああ、もう余り此処へは来られないからな」
- ふわりと穏やかな微笑を向けたキラに、霊園を振り返りながら、アスランは呟いた。
- 両親のことは忘れるのではなく、思い出にする。現在(いま)を生きている自分には、いなくなってしまった人たちよりも、大切にしたい人がいる。それだけだ。
- 「アスラン・・・」
- キラからの戸惑うような視線を受けながら、アスランはいま胸のうちにある言葉を紡いだ。
- 「確かに、プラントは生まれ故郷だが、俺が俺として生きていく場所は、オーブなんだ。これからもずっと」
- 自分自身の目で、見定めた道。どんな困難が待っていようとも、前だけを見て歩いていく、その決意を新たにした場所。
- その瞳に、もう迷いの色はない。
- 「迷わないんだね」
- 「・・・わかったから。離れて生きていくのは、一番辛いことだと知ったから」
- 彼女がいる『生の世界』にしか、自分が求める未来がないのだ。幾ら振り返っても、過去にはそれがない。
- そして傍に居ることで、また何よりも大切にしたい『約束』も守れるのだとわかった。だからもう二度と間違えない。何も取り戻すことの出来ない過去に囚われたままでは、もう戦えないのだ。
- 「そうだね。僕も同じだから」
- 胸の奥に秘められた強い想いは、キラも全く同じものだった。
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- オーブ要人用シャトルの発進は、定刻通りだ。発進までのシークエンスは、大きなトラブルもなく順調だった。
- このシャトルの発進が、プラント都市間を行き来する定期便よりも優先順位が高いのも、要因のひとつだ。
- やはりオーブという国が、プラントにとって大きな影響を与える国でもあるからだろう。
- しかし一般用シャトルのロビーに比べ、今日はまだ閑散としている。
- 追悼式典に招待された各国要人は、アスランに比べて余裕のあるスケジュールを組んで、プラントの滞在時間が長いからだ。彼のように式典当日に帰国する者はほとんどいない。
- 出国手続きを終えると、アスランは見送りに来たキラに軽く手を上げた。
- 「じゃあ、またな?」
- 「うん」
- どちらも迷いを洗い流したような、透明感がそこにはあった。
- 「アスラン、これからも頼んだよ?」
- タラップに足を掛けたアスランを振り向かせ、キラは手を振る。
- 「ああ、任せておけ。お前も頼んだぞ」
- 「頑張るよ。僕も、此処で」
- これからも互いが選んだ場所で、同じ夢を抱いて生きていく。それが、自分たちの望みであり、意志だからだ。
- FIN -
相賀藍様よりフリーとして配布してものをいただいた小説、その1つ目です。
本編終了後の、どちらかというと裏の部分と言いますか、負のところにスポットを当てて
世界観をより深く掘り下げられた作品です。
私自身非常に考えさせられた話でもあります。
本編は勿論好きですし楽しかったですが(だからこんなサイトを開設したわけですが・・・)
エンターテイメントとしての部分ばかり捉えていて、その部分ばかりを見て
当サイトでもそれを表現していたところがあります。
それはそれでも良いとは思いますが、その裏に潜んだこうした暗い部分、負の遺産
という言葉も出てきましたがそういったことにもしっかり目を向けることで、作品の
本当の意味を分かるのではないでしょうか。
そういったことを考えながら改めてアニメを見返すと、また違った感想が得られそうな
気がします。
表現も相賀様らしいものが出ていて、とても感銘を受けました。
これからもこのような素晴らしいものをこれからも表現していただけたらと思います。
ありがとうございます。
こんな素敵な作品が数多く揃えられている、
相賀様の『CROSS ROAD』はこちら →
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