- 視点 - 【種運命戦後のオーブ】准将アスラン×代表首長カガリ
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- 朝の閣議後、アスランからのオーブ軍の定期報告を受けてから、ふたりの間での会話は、なんとなくそういう流れになっていた。
- 話題は戦時下の《ミネルバ》、その中でもタリア・グラディス艦長についてのことだった。だが微妙に、ふたりの間で食い違いがでてきた。別に珍しいことではないが、アスランの方は少々面白いことではなかった。
- 「おまえは尊敬しているようだが、私は違うぞ」
- 冷淡に突き放すようなカガリの言葉尻を捕らえて、アスランはやや眉を顰めた。端正な顔に険しいものが混じる。
- 「じゃあ、君はどう思っているんだ? グラディス艦長のこと」
- 自分の思いと真っ向から対立するような言葉。内心で巻き起こった微かな苛立ちを抑えて、アスランは意図的に抑えた声で訊ねた。
- 「タリア・グラディス。彼女は、マリュー・ラミアスと比べたら、天と地ほどの開きがある。グラディス艦長は、忠実に作戦を遂行し、戦況を見極める目を持つ戦術家としては超一流だが、艦長としたら三流だ」
- きっぱりとそう断定したカガリに、アスランは内心の驚きを隠せない。
- 「カガリ」
- 彼女がそこまで、グラディス艦長を厳しく評価するのかがわからない。アスランは疑問を解消するために、率直に問いかけた。元ZAFTである自分が聞き流すには、なかなか納得できない評価だ。彼女はZAFTの指揮官の中でも、特に優秀だったと思っている。
- 「その理由・・・よければ、聞かせてくれないか?」
- 「まずは、陽電子砲の使用についての彼女の対応」
- 執務机の向こうの彼女は厳しいが、思慮深い為政者の眼差しをしていた。
- 「え・・・?」
- それは思いもよらない言葉だった。
- 「彼女は、地球上に与える影響を全く考慮していない。あの陽電子砲・・・《タンホイザー》といったか。その威力を知りながら、あれを撃った後の環境汚染について、何一つデータを収集していなかった。ま、地球は自分たちの故郷ではないからな。撃って、目の前の敵を倒してしまえば、それだけなのだろうが・・・。しかし、あの時点でのプラントの方針は、悪戯に戦火を拡大しない。ナチュラルとの共存という理想を掲げていた。だからこそZAFTはユーラシア西側諸国の独立に手を貸していたのだろう? ということは、その土地のものと共生したいという考えだ。だがプラント側の彼女は、その肝心な共存相手の未来を考えてはいなかった」
- 開戦時のオーブ領海脱出からユーラシア西側にかけて、《ミネルバ》は幾度となく陽電子砲を使用している。生き残るため、または作戦遂行のために。『エンジェルダウン作戦』と呼ばれるあの作戦が遂行されたフィヨルドの冷たい海域でも。それは紛れもない事実だ。
- 幾度も、そんな場面に遭遇した。それは記憶の中にある。
- 環境破壊、汚染。カガリの指摘通り、地球の未来に与える影響を、あの当時・・・指揮権があった自分を含めて、艦長も考慮しなかった。陽電子砲を撃つことに躊躇いはなかったのだ。それが、ユニウス・セブンの落下で傷ついた母なる星に、更なる悪影響を及ぼすとは想像もしなかった。
- それに気づいて、アスランは内心で大きく動揺した。
- 「それは・・・」
- 正直、アスランもそこまで考えたことはなかった。咄嗟に返す言葉が見つからない。
- 「地表に大気、海洋汚染。地球に与える影響のそのどれにも、陽電子砲使用後は、汚染濃度の数値が高かった。その詳細な報告を、ターミナルを通して、現地からオーブは受けている。ラミアス艦長は、その点について、前大戦時にすでに計算済みだ。それに宇宙でも、彼女はあんな兵器に頼らずとも、《ミネルバ》を沈黙させた」
- 《アークエンジェル》は、陽電子破城砲《ローエングリン》を2門装備している。戦闘艦としては、他には類を見ない大きな力だ。だがそれは今大戦中、一度として撃たれることはなかった。かの艦が最大の窮地に陥った地上においても、そして決戦の宇宙においても。
- その力の大きさを知るが故に。
- もし月面での戦闘で、艦首砲を失った《ミネルバ》に躊躇わずに使用されていたら、今頃、あの艦のクルーたちは、誰ひとり生き残った者はいなかっただろう。
- 「・・・・・」
- 同じ宇宙戦闘艦の艦長でも、その力の差を歴然と見せつけられた気がした。
- カガリの言葉を切欠に、アスランの記憶は更に過去へと遡っていく。
- 前大戦時のラミアス艦長は、砂漠での厳しい戦況下であっても、陽電子砲の使用許可を出さなかった。安易に陽電子砲を使用しようとした副長を、逆に諌めたと聞いている。『ローエングリンは、地球に与える影響と、その威力が大き過ぎる』と。
- 彼女は、常にそこまで計算尽なのだ。ナチュラルだから、コーディネイターに劣るとは、とんでもない誤解と偏見だ。
- それと目の前の為政者としての彼女の未来を見据える見識にも驚かされた。アスランは苦い思いを抱きながら、反論の言葉を挟むことはしなかった。
- 神妙な表情に変わってしまった彼に、カガリは為政者としての自分の見解を更に続けた。
- 「それから、次にジブラルタルでの彼女の対応だ」
- 「ジブラルタル?」
- 再び苦い経験が思い起こされる。あの一件がどう関わってくるのか、それにも疑問が生じた。
- 「艦長というものは、何をおいても艦を守り、クルーの生命を守るのが最大の義務であり、責務だ。クルー同士で殺し合うような状況は、己の職責と威信を賭してでも止めなければなるまい? 彼女はそれらを放棄している。特に後者については、軍上層部に対し、何の意見陳述もしていない。ただ質疑されたことに関してのみ、終始応答に徹しただけ。忠実に命令を守る軍人としては立派な心掛けだが、艦長としては、軽蔑に値すべきものだ。アラスカのラミアス艦長とは雲泥の差だな」
- ラミアス艦長は、あのアラスカの作戦で、命令、任務遂行よりもクルーの人命をまず優先させた。確かに、自分たちを切り捨て、裏切った軍上層部への怒りと憤りもあっただろうが、彼女は艦長としての己の信念を全うしたのだ。任務と生命を量りにかけて、当然のように後者を選んだ。喪えば、二度と戻らないものの重さを知るが故に。
- そして、この彼女もまた指揮官として、前大戦では《クサナギ》を率いて戦った。
- レドニル・キサカという経験豊富な軍人が補佐についていたとはいえ、少女ながら指揮官としてクルーを良く纏め、大人顔負けのことを成し得た。
- よく考えてみれば、あの『三隻同盟』の艦はいずれも、女性指揮官だった。自分たちパイロットが前線で戦い続けられたのは、彼女たちがその信頼に応え、『還る場所』を揺るぎなく守ってくれたからだ。
- 「・・・厳しいな。でも、よくわかった」
- カガリの為政者としての言葉のひとつひとつを重く受け止めた。それは、アスランにとって新鮮な驚きでもあった。『いろいろな考えの人間がいる』と言ったのは、かつての自分だ。
- 自分と全く違う捉え方をするカガリの視点に驚き戸惑いつつも、納得して受け入れた。
- 「ま、これは他国の為政者としての私の意見だ。こういう厳しい意見もあると、気に留めてくれればいい。ザラ准将」
- 厳しいことを言った割には、カガリの方はあまり重要視していなかった。重い雰囲気を漂わせ、改めて考え込んでいたアスランにそっと笑いかける。
- 「・・・・?」
- それに気づいて首を傾げたアスランに、カガリは柔らかな光を宿した琥珀の瞳を向けた。
- 「女としての私は違う。彼女を同じ女として、尊敬・・・いや、羨ましくも思っている」
- こぼれた本音に、アスランは緑の瞳に困惑の色を浮かべた。
- 「カガリ・・・」
- 「破滅を選んでも、グラディス艦長は愛する男(ひと)とその命運を共にしたんだ。私には決して真似できないな。────どんなに望まれても」
- 自分の想いに揺らめくように、琥珀の瞳が僅かに翳った。
- デュランダル前議長とグラディス艦長の関係は、プラントに僅かだが、記録が残されていた。あのふたりは生涯を共にあろうとして、叶わなかったのだ。それぞれが持つ遺伝子の不適合、そしてプラントの政策である婚姻統制の壁に阻まれ、諦めてしまった恋人たち。自分たちの想いとは、正反対の現実に引き裂かれ、想い合う心を手放して絶望してしまった。
- それは、少し前の自分たちの姿と重なる。それぞれの立場というものが、互いの道を隔てた。突きつけられた現実に、一度は互いの手を離したのだ。こうなのだ。ここまでだと終えて、現実を乗り越える努力を手放そうとした。だが最後の最後で、どうしても諦めることなどできなかった。だからこそ、いまの自分たちが在る。
- あのふたりが選んだ最期は、もしかしたら、自分たちのもう一つの未来の姿だったかもしれない。
- それでも・・・。
- 「確かに、カガリには真似できないな」
- その結論に至って、アスランは柔らかく微笑んだ。
- 死を決意し、覚悟した人間でさえ、カガリは力強く『生の世界』へと連れ戻す。逃げるな、と。
- その前向きで毅然とした姿勢に、自分は何度も救われた。そんな彼女が後ろ向きな『死』を選ぶとは到底思えない。またどういう状況であれ、そう仕向けたいとは思わない。愛する者の為に生命を賭けて戦い、死ぬことはできても、議長のように『愛する者と共に死ぬこと』に喜びなど、自分は見出せないからだ。
- 「わかってるよ。私は『恋人』にしたら、酷い女だからな」
- アスランの肯定の言葉に、自分は迷いながらも最後は国を選ぶような女だと、カガリは自嘲気味に笑ってみせた。
- どうやら自分が考えていたことと、彼女の間に少しずれがあるようだ。
- 「違うよ。そんなこと・・・俺が、絶対にさせない」
- アスランは応接用のソファから立ち上がって、椅子に座ったままのカガリの前に立つと、彼女の左手を取った。いまはもう約束の証が外されている柔らかで小さな手。
- この手を見ても、胸はもう痛まない。それより確かな想いが、その手の中にはあるからだ。
- 「アスラン・・・」
- 微かに目を瞠って驚きの表情で見上げる彼女に、不遜とも取れる自信に満ちた無敵の笑みを返した。
- 「生きる方が戦いなんだろ? なら、答えは出ている。戦って戦って、諦めずに最後まで戦い抜いて・・・いつか、一緒に掴むんだ」
- 何を?と、いまさら聞かなくてもわかる。叶えたい願いは、カガリも彼と同じだ。
- 「共に歩いて行ける、同じ未来。夢を、か?」
- カガリは、透明な微笑みを浮かべて、触れられた手を優しく握り返した。
- 今日は無理かもしれない。でも、明日ならば・・・。
- この手に持てるものは、いまは少なく小さい。いまできることが、互いに精一杯だ。
- だがその先にある未来の手には、いまよりも大きなものを、ふたりが同じものを手にできるかもしれない。その可能性は無限にある。
- 「ああ」
- 「殺し文句だな」
- いまの自分には、何よりも嬉しい言葉だと思う。彼と確かな想いで繋がっているように感じられるからだ。
- 「なら、ついでに口説き文句も、言っていいか?」
- 「特別だ。気前良く聞いてやる」
- カガリは、彼女らしく明るく楽しげに、そして鷹揚に答えた。
- 「アスハ代表、貴重なご意見をありがとうございました。よろしければ、御礼にランチをぜひご一緒したいのですが」
- 「ケバブならいいぞ。お互い、減俸期間中の薄給だからな。ザラ准将」
- 執務室の机の向こうから、カガリが冗談めかしてくすりと小さく笑った。
- FIN -
相賀藍様よりフリーとして配布してものをいただいた小説、その2つ目です。
読んで一言、深いなと思いました。
同じ艦長でありながら結局勝敗がついた理由はどこになるのか。
正直あまり考えたことも無かったのですが、このお話を読んで納得。
よくよく考えれば、本当に2人の間には大きな差があったんだなと。
そしてもっと注意してみれば、こういったあまり見えなかった差というものが
見つかるかも知れないなと思うと、またSEEDシリーズの作品に魅力を感じます。
とても感心した作品でありました。
このような素敵なものをいただきましてありがとうございます。
こんな素敵な作品が数多く揃えられている、
相賀様の『CROSS ROAD』はこちら →
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