ラクス様の華麗なる遊戯
《秘密の花園編》
-
-
- 広いホテルの一室に困り果てた男と機嫌の悪い女がいた。
-
- 「ごめん……でもあんなに騒ぎになるなんて思ってもみなかったんだって」
-
- 「キラはご自分の事については自覚がなさすぎです。まったく、信じられませんわ。あんなところで寝ていらっしゃるなんて。心配して覗きに来て正解でしたわ」
-
- 不機嫌そうに言い募るのは言わずと知れたプラントの最高評議会議長殿。彼女が怒っているのは彼女のもっとも信頼のおける技術者にしてオーブからの親善大使。そして最も愛する男性。その彼が事もあろう事かホテル入り口近くのラウンジで寝こけていた事がこの喧嘩の原因だったりする。
-
- 連日連夜の仕事で半月以上邸に帰ってこられなかったキラ。キラの事だからまた無茶してはいないかと昨夜遅く議会終了後早々仕事現場であるこのホテルに様子を見にメイリンに無理を言って連れてきてもらった。仕事に忙殺されていた彼も自分が来るころには仕事も終盤に差し掛かっており、あっという間に終わらせていた。そしてそのまま一夜が明けて彼の姿が見えないのでロビーの方に降りてきてみればラウンジの方に人だかりができており、ある者はカメラを構えている。いったい何だろうと興味を惹かれて覗いてみればそこには愛しい人が爆睡していた。
-
- 「だからゴメンって。ラクスはあの後寝ちゃったし、まだモーニングタイムだったから開いてるかなって思ってコーヒー飲みに来ただけなんだって。まさかそこで寝ちゃうなんて思ってもみなかっただけで………」
-
- 「それは言い訳ですわっ。なぜ疲れて眠ってしまう可能性があると云うのにラウンジなどに降りたりなさるのですか。インスタントがありますでしょう?」
-
- 「切れてたんだ。だから……だからもう終わった事なんだからもういいでしょ?今日はラクスの言い分聞くから、ね?仕事終わったらラクスのやりたい事付き合うって約束だったし、だからそれ無理じゃない程度なら何でも付き合うから、だからね?機嫌直して」
-
- 困り果てたキラはラクスの機嫌を直そうと必死だ。だがそれはラクスにとっては予め用意されていた言葉だ。これからする事に「嫌だ」と言って逃げられない様にする為の。
-
- だがだからと言ってラウンジでのうたた寝は許せるものではないが。
-
- 「本当ですか?」
-
- 胡乱気な目でキラを見るラクス。内心では狂喜乱舞しているがそれを表に出さない。いくら隠し事ができない間柄でもキラはこの手には弱くいつも引っかかる。疑わしい目で見られる事はあれども今もくろんでいる様な事を実行するのは30回に1回程度。確率的には低いからか油断する。心の中でにんまりと微笑みながら最終確認する。逃がさないために。
-
- 「うん、本当、だからね?ね?」
-
- 「ではこれからわたくしのお遊びに付き合って下さいますのね?」
-
- パーッと花が咲いた様なラクスの笑顔にキラがしまったと思うにはもう遅過ぎた。いったいどこから出してきたのかと云う様な服がラクスの手に握られておりにこにこと微笑んでいる。このパターンは良くない気がする。
-
- 「ち、ちなみに何するの?」
-
- 何となくわかっていても聞いてしまうもの。よくない予感を振り払いたくて聞くが案の定その淡い期待は崩れ去る。ラクスは悦に入った明るい笑顔と声でキラには聞きたくなかった単語をのたまった。
-
- 「もちろん着せ替えごっこですわ。キラは何を着せても似合いますもの。迷いますわ」
-
- 意気揚揚と衣装選びをしているラクス。今日はラクスの言い分を優先させると言った手前拒絶できないキラ。彼女のお遊び(着せ替えごっこ)に付き合わされることになって溜息が絶えない。いったい今度は何を着せられるのか………。
-
- 『っていうかなんでここにあんなものを持ってきてるんだよ。今朝のラクスの言い方だと議会から直行でメイリンに連れてきてもらったって口ぶりだったのに………あんな荷物を準備している暇なかったはず……なのに何でいつの間にあんなにいっぱい持ってきてるんだよ』
-
- 思考に浸っていてもこの状況から逃れられるわけでもなし。ただ彼女の気が済むまで相手をしなければならない事だけは覚悟しておかねばならないだろう。
-
- 「ではキラ。これを着てみてくださいな」
-
- ラクスはある物をキラにさしだし着替えるように乞う。
-
- 「え?ちょっとラクス……これって………」
-
- 目の前にあるのはどう見ても学生服。それもどう見ても女子用のもの。俗に言うセーラー服と云うものだ。まさかこれを着ろと言うのではなかろうか?
-
- 「ねぇ、これ、本当に着なきゃダメ?」
-
- 着たくないというニュアンスをたっぷり込めて言えばにこやかな女神の笑顔で残酷な悪魔の囁きをもたらし、自分を地獄に突き落とす。
-
- 「もちろんですわ。キラはブレザータイプの方がよろしかったですか?それともスカート丈を短くします?」
-
- 「いえ結構です。これぐらいの丈で良いです」
-
- いつもいつも思う事だがなぜ彼女は……いや、彼女たちは自分を女装させたがるのかわからない。男の女装など見苦しいだけだろうに。
-
- そう思っているのはキラだけであり、女装させたがっているラクス及びそのほか女性陣に言わせればそこらの女よりも綺麗な女に変身するキラを着飾って遊びたい。昔のキラ……まだオーブにいた頃のキラが女装したら一体何人の人が男だと気づいただろう。一番近くで育ったはずのあのアスランを騙せたほどに女らしく変身していたのに。普段でもユニセックスな服装をしていれば間違われていたのだから完全に女性物を着てしまえば誰にも気付かれない。今でこそどのような服装(女もの以外)を着ていれば男性に見えるようになってきたがあの頃の儚い雰囲気のキラは薄幸の美少女そのものだった。
-
- 「一応着たけど……これでどうするつもり?」
-
- 嫌々ながら着替えてきたキラを待っていたものは突然のカメラのフラッシュだった。
-
- 「うわっ……ミ、ミリアリアっ。い、いつの間に」
-
- カメラのフラッシュの正体は言わずもがなミリアリアのカメラだった。なぜ彼女がここにいるのだろうか?彼女がフリーカメラマンだから別にプラントに入国していてもおかしくはないがそれがなぜここにいるのかが知りたい。
-
- 「はぁい、キラ。久しぶり。相変わらず可憐な乙女っぷりね。良い被写体だわ」
-
- 「なんでここにミリアリアが」
-
- 「ん?仕事でここに来たついでにラクスにプレゼント渡そうと思って。そしたら屋敷の人がここにいるって連れてきてくれたの。そんでついでにラクスの御依頼でキラのファッションショーをしたいって言うから衣装をね、ここに運んできたわけ」
-
- 驚きあっけの取られているキラを放置してパシャパシャと取りまくるミリアリア。わずかな表情の違いすらすべてそのカメラに収めていく。あの衣装の山の謎は解けたがいつの間に入り込んだのかがわからない。それにいつの間にミリアリアと連携をとったのか、その時間すらわからなかった。呆然としてその事を考えている間にも撮影は進んでおり、キラがカメラに写されている事にようやく意識がいき始めると赤面してミリアリアからカメラを奪おうとする。そのキラをラクスが鋭い目つきで諌める。
-
- 「キラ?わたくし以外の女を襲おうだなんて考えていませんわよね?たとえカメラを奪うつもりだったからなどと云う言い訳は聞きませんわよ?」
-
- 「でもラクス。………ラクス?」
-
- 何とかミリアリアにやめるようにとラクスから言ってもらおうと彼女の方に振り向けば自分と同じセーラー服を着たラクスがいる。
-
- 「ラクス、その制服、似合ってるわよ。ほら、キラ、ラクスの方によって。はい、ポーズ」
-
- キラを無理やりラクスの方に寄せてカメラを向ける。ラクスはのりのりでキラの腕に抱き付き、女子高生さながらのポーズをとっている。キラはそんな女二人についていけず、ずっと戸惑ったままの表情をする。そんな事などお構いましにいろいろなポーズをリクエストされ、ラクスはモデルにでもなったかの様にキラと一緒にそのカメラに写る。
-
- 「んもう、キラ。表情硬いぞ。リラックスリラックス。笑顔笑顔。開き直っちゃいなさいよ。どうせ写真見てもキラが男だなんて誰も気づきやしないんだから」
-
- 「それ、どう云う意味?」
-
- ミリアリアのその人事はキラのプライドに深く突き刺さる。たとえ今迄にも女にしか見えないだとか、女装したら一体何人の人が男だと気づくかなどと言われはしてきたがそれはまだ不確定人数だから我慢が出来たが誰も気づかないとはどういう事だ。これでも男だというプライドがある。それを否定されれば腹が立つというもの。
-
- 「確かに、ここまで綺麗に化けられればこの女性がキラだとは気付きませんわ。キラが男かも女かもわかりませんもの。それともわたくしと写真撮影はお嫌?」
-
- 「女装でなければ嫌じゃないよ」
-
- 額に青筋を立てて笑顔で微笑むキラ。ちょっとばかり悪戯が過ぎただろうか?
-
- 「キラ……機嫌を直して下さいな………そんなに怒る事では」
-
- 「これが怒らないでいられるか」
-
- この状況はあの写真集の時と同じ状況。家出すると言いかねない。それは非常に困る。せっかくの休日に喧嘩などしたくはない。ちょっとしたお遊びのいたずらのつもりだったのだが相当おかんむりのようだ。
-
- 「キラって案外心狭いのね。っていうかそんなにコンプレックスなの?自分の女顔。カレッジにいた頃は「ミ、ミリアリアっそれは」………ばらされたくなければ大人しく言うこと聞きなさい。何も取って食いやしないんだから。ただ被写体としてキラは最高級なんだもの。カメラマンとして腕の見せ所なのよ。キラをいかに綺麗に写すか。いかに男か女かわからない様にするかとかね」
-
- ミリアリアのその言葉にグッと押し黙る。あの事はラクスにばらされたくはない。だが中途半端にキラの昔の事を聞いたラクスは気になって仕方がない。いったいカレッジ時代に何があったのだろうか?
-
- 「キラ?」
-
- 小首を傾げてキラ専用の笑顔を見せる。たいていこれで落とされてくれるが今日のキラは落ちない。絶対に喋らないと一度決めてしまうと梃子でも口を割らないキラ。それは拷問にかけられても話さないほどに口が固い。喋る気配は全くなし。ならば………
-
- 「ミリアリアさん教えてくださいませんか?」
-
- 「え?ああ、あれね。あれは「ミリアリア。もし喋ったらどうなるかわかる?データベースには気をつけてね?」………ごめんラクス。教えられないわ」
-
- キラを怒らすべからず。キラが怒って本気になれば本当にやりかねないデータの改ざん。せっかく今まで培ってきたものが水の泡になりかねない。こんな顔して穏やかな表情して(実際温厚だが)怒らせると世界で一番恐ろしい存在。世界中のデータバンクをその気になればいつでも簡単に掌握する事が出来る人物。いかなる場所にもいつの間にか入り込んで痕跡を綺麗に消す、もしくはぬり替えてしまう電脳世界の帝王。彼のそっち方面の報復は恐ろしく、現在の様な電脳社会は彼の手の中に握られていると言っても過言ではないほどのもの。つまり彼こそ実質的に世界総てを握る帝王その人だったりする。天上の女神と崇め奉られている天上の世界の覇者、女帝を傍に置き、地上の女神こと地上の楽園の女王を血縁者に持つ彼。恐ろしい事この上ない。そして天上と地上の女神は彼を庇護するもの。そして彼に加護されているもの。まさに帝王。冷や汗をかきながら鋭く冷たい瞳を向けるキラから離れていく。ラクスもここまで怒るキラにはどうやって宥めて良いかわからない。キラの怒りのツボを刺激しすぎたようで氷河期が到来していた。
-
- 「ま、いい。今日はラクスの願いは聞くって事だからこの事は水に流すけど……次はないよ……」
-
- 「「はい………」」
-
- どうやら許してくれたようでさっきまでの寒さがようやく解ける。
-
- 『寒かったですわ』
-
- 『南極か北極にこの格好のまま放り込まれたのかと思った』
-
- キラのブリザードが去った時の2人の感想は総じてキラの怒りに触れた事があるものならばだれでも思う事だった。機嫌はあまり治ってはいなかったが本当に言った事は実行するらしくその後はラクスがキラに着て欲しい服(女物)を大人しく着て、こちらの指示通りのポーズをとると云うモデルぶりを披露していた。
-
- そして帰り際に思い出したかのようにミリアリアが分厚い封筒をラクスに渡す。そこにはキラの母カリダの名前があった。
-
- 「ここに来る前にマルキオ導師のところによったらこれを渡されて。カリダさんからラクスにってメッセージディスクと冊子が入ってたわよ?プレゼントだって」
-
- ラクスは渡されたその封筒の封を切り、中のディスクを再生させる。するとそこにはカリダからのラクスに向けての優しいメッセージ。その言葉に嬉し涙を流すラクス。そのラクスの頭をポンポンと叩き宥めるキラとミリアリア。そして爆弾が投下されたのはこの後だった。
-
- 『それでラクスさん。うちのバカ息子に虐められたら同封した冊子を見せてやりなさい。大人しくなるから。それじゃ幸せにね』
-
- その意味ありげな言葉を最後に再生は終了した。母のあの最後の言葉にいったい何が同封されているのか薄々だが察したキラ。錆びついたブリキのおもちゃのようにその冊子に手をやる。だがそれより先にその冊子を手に取り中身を確認したのはラクスだった。その冊子の中身を見たラクスは感嘆の声を上げ、いったいなんだと思い覗くミリアリアはあっちゃーと云うかの様に額に手をのせてキラにご愁傷さまと云う様な目を向ける。自分が話さなくてもいずれは知られることになったのだと云う事だ。
-
- 「もしかしてミリアリアさんが言おうとしたのはこの事ですか?」
-
- 「うん。それ。残念ね、キラ。あたしがばらさなくても貴方のお母さんがばらしたみたいで」
-
- 冊子の中身はアルバムでキラにとっては汚点にすぎないとてつもなく恥ずかしい写真。だが母にとってはこの上なく楽しいものだったらしい。
-
- その冊子の中身はと云うとキラのカレッジ時代の出し物の写真だった。そこにはあまりにも美しく着飾った本物の人形のようなキラの姿。長いつけ毛をつけてそこにたたずむ姿は見るものすべてを魅了する絶世の美女そのものだった。そしてこの時のキラの姿はくしくもかぐや姫。はまり役ともいえる。かぐや姫のその美しさに求婚者が絶えず、最後には全員振って月に帰ってしまうつれないお姫様の役。ただしこの出し物はキラやその他のクラスメイト(全員男)がそれぞれかぐや姫に扮装し、客は求婚者に扮し、その姫が出題するものを持ってくると言う物語の中のものを模した出しものだったそうだ。客は姫を一人選び、その姫の望むものを持ってくれば景品がもらえるとあって大好評だったそうで、キラのところには長蛇の列ができていたそうだ。中には景品はいらないから付き合ってくれと云う勘違いを起こした者までいたそうだ。
-
- 「キラはこの時も可愛かったのですわね。あ、だからあの時ミリアリアさん」
-
- いつだったかミリアリアがぼそっとつぶやいたキラの女装についての話。これでやっと納得いった。このアルバムを見ればその言葉に頷ける。
-
- 「そ、キラが男だって事、このとき誰も気づかなかったの。だから今はどうなのかしらって思って口に出たのよ。でもこのことでラクスと仲良くなれたのだからラッキーだったわ」
-
- 「そうですわね」
-
- にこやかに笑いあう女性二人に対して生きる彫刻となっているキラ。いくら電脳界を制覇している覇者でも彼の母にはかなわないようだ。
-
- 「なんてものを送ってくるんだよっ。母さんのバカ〜」
-
- 石化から解けた第一声は虚しい負け惜しみの遠吠えだった。
END
水沢聖様の1周年企画でいただいたものです。
私的には最後のカリダ母さんがツボです。
やっぱり母は強しということで、素敵な(?)親子の関係だと思いました。
後はやはり女装の似合うキラというのが、本当に違和感無く想像できて、
そんなキラを弄ぶラクス様の女帝っぷりが見事です。
いつも素敵なお話をありがとうございます。
こんな素敵な作品が数多く揃えられている、
水沢聖様の『Serenade』はこちら →
Serenade
― 頂き物メニューへ ―