- 目の前をサラリーマン風の背広姿の男が忙しなく、或いは他の街から来たのか、観光客らしき数人の若者が手元のパンフレットと辺りを見回しながらおっかなびっくり通り過ぎていく。
- 表情は様々だが、どの人の顔にも生き生きとしたものが見られる。
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- キラはその様子を見るともなく見て、くすりと笑みを零した。
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- 「何を見てらっしゃるのですか」
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- キラの笑顔に横を歩くラクスが楽しそうに声を掛ける。
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- 「いや、ただ平和だな、と思って」
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- キラは目を細めて感慨深げに呟く。
- その裏に込められたキラの気持ちを悟ったラクスは、一瞬笑顔を曇らせるが、キラに見つかる前に元の穏やかな笑顔を取り戻す。
- そしてキラを労わるようにその腕に自らの腕を絡ませて、静かに同意を示す。
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- 「そうですわね」
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- 人類の存続を揺るがす大きな戦争を経て、人々は再び平和への道を、手探りの中歩み始めたのだ。
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「Peaceful Time」
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- 二人はアプリリウス市街のショッピングモールを歩いていた。
- キラがラクスと共にプラントに渡って3ヶ月。
- プラント最高評議会の再編で議長に就任したラクスは、自然とその激務に日々追われる形となった。
- 自分より歳が10も20も上の政治家とやり取りするのは、一般人には想像もつかないエネルギーを要する。
- 本人はそれを苦とも思っていないが、傍から見ていることしかできないキラにとって心配させられることは多々あり、また歯痒く思っていた。
- 今回の休日はそんなラクスのためを思って、秘書官としてスケジュールを調整するキラが何とか作ったものだ。
- いかにラクスが責任感が強く、高いカリスマ性を持ち周囲の信望が厚いといっても、まだ20歳にも満たない女の子なのだ。
- たまにはショッピングに出かけたり、どこかレジャーに遊びに行ったりしなければ体よりも心が持たない。
- 立場が立場だけに、目立たない格好などはしているが、それでもいつもよりはしゃいだ様子で店のショーケースを覗き込んだり、また何かを見つけて別の店にキラの手を引っ張って行ったりと、その仕草はどこにでもいる女の子と何ら変わりない。
- その姿にキラは心が暖かな気持ちで満たされる。
- ラクスもキラの気遣いに感謝し、たまにしかない久しぶりの休日を満喫していた。
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- 昼も大分過ぎたところで、二人は休憩しようと手近なカフェに入って紅茶を楽しんでいる。
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- 「先ほど、何を考えてらしたのですか?」
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- ラクスは優雅に紅茶を口に運びながら笑みを崩さず、だがキラを心配するように尋ねる。
- 以前と変わらない、心を射抜くような澄んだ瞳に見つめられると、さすがにラクスに嘘は吐けないとキラは苦笑して、先ほど人波を見つめて零した笑みの意味を語る。
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- 「この人達の今を、僕達は守って戦ってたんだなと思って」
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- まだ戦場にその身を投じていた頃、戦いに出る度にキラは傷ついてきた。
- 体がではない、心がだ。
- 戦争だからそこには味方がいて敵がいて、敵を撃つことは逃れられない行為だ。
- 戦わなければ、自分が守りたいものも、自分自身の命すら守れない場所だ。
- だから戦場に出る以上、敵を撃つことは仕方のないことだ。
- しかしそう割り切るにはキラは優しすぎた。
- 敵を撃つ度に胸を痛め、心に傷を負い、その華奢にも見える双肩に罪の呪縛を背負った。
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- だが今キラが零した言葉には辛さを感じさせるものも、痛ましいものも含まれていない。
- 戦ったことに対する罪の意識は多少滲んでいるものの、どちらかといえば守れたことを誇りに思っているような、それを確認するような口調だ。
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- 「そして、これからも、だよね」
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- 続けられたキラの言葉にはさらに決意が込められている。
- それを聞いてああそうか、とラクスは心の内で頷く。
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- その前の戦争が終結した時は、キラはただ自分を責めた。
- たくさんの人を殺したことに、大切な人を守れなかったことに。
- その傷は深く、癒えるまで長い時間を要した。
- 外界から切り離されたような穏やかな場所で、ラクスはキラの傷が癒されるのをひたすら待ちつづけた。
- だがその間も世界は動き、一つの事件をきっかけに新たな争い事が起こり、それを事前に止めるために少しも動けなかったことをキラもラクスも悔いていた。
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- 今また同じ様な時を迎えている。
- 以前に比べれば彼らは大人になったし、これから自分が果たすべき役割もしっかり見据えている。
- 今自分達も愛する人と他愛も無い会話や、休日を一緒に過ごすことができる平穏な日常に幸せを感じている。
- 閉じ込められた小さな世界だけでなく、動いている世界の中で、それを今度こそ、守りたいのだ。
- 愛する人と共に世界を歩いていきたいのだ。
- それがキラとラクスの唯一の望み。
- そのためにこれから進む道がどれほど困難であろうとも、彼らは足を止めない。
- そのことを二人は再確認していた。
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- 陽も暮れた帰り道、ラクスはキラの手をぎゅっと握り締めて、穏やかに、だが毅然とした口調でラクスは告げる。
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- 「私達の新た戦いは、始まったばかりですわ」
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- そう言ってキラを見つめる表情は、凛々しく美しかった。
- キラは顔を赤くしてその顔を見つめながら、静かに頷いて同意を示し、前を見据える。
- この平穏で幸せな時間がとても愛しく、守りたいと強く思った。
- 二人は繋いだ手から感じる愛しい人の温もりに、そんな決意を新たにしながら、共に暮らす家と足を進めた。
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- 自らが守ったこの時間を感じることができたことは、二人にとってとても意義のある時間だった。
- 今日の幸せと思いを胸に、彼らはまた頑張ろうという気持ちが湧き上がる。
- そうまた明日から始まるのだ。
- この穏やかな時間を守るための、彼らの戦いが。
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