- 「皆様、お久し振りです」
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- ラクスはにこやかな表情でお辞儀をして部屋へと足を踏み入れる。
- その仕草、言葉遣い、まとった雰囲気も以前と変わりなく、その様子に笑顔で待ち人達もどこかホッとしたように答える。
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- 「ああ、ラクスも元気そうでなによりだ。っと、私は昨日も会ったけどな」
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- その言葉にくすくすと笑い声が起きり、漂っていた緊張感も一気に解れた。
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- ここはオーブ、カガリ邸の一室。
- 今日はここで、女性のみによるお茶会が開かれている。
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- デュランダルの戦死から1年、プラントではラクスがそのカリスマ性とリーダーシップを発揮し、ようやく落ち着きを取り戻した。
- オーブもカガリ主導の元で着々と復興は進んでいる。
- そんな中、ラクスは外交訪問として地球へ数週間前から訪れていた。
- 大西洋連邦等の地球軍を統治する主要国家との外交を行うためだ。
- 各国ともまだまだコーディネータに対する根強い反感等はあったが、ロゴスを失い、ブルーコスモスも弱体化したことで、以前に比べれば一歩も二歩も交渉をすすめることができ、今回の外交訪問は大成功だと言えるだろう。
- もちろんオーブも訪問国の一つに入っており、締めくくりとして訪れているのだ。
- 本当は会議が終わればそのまま帰る予定だったのだが、秘書官であるキラが気を利かせて、プラントに戻る前にオーブで休日を過ごせるように予定を入れてくれたのだ。
- そんなわけで、ラクスはオーブにて束の間の休息を楽しむことになったのだ。
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「Tea party」
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- 集まっているのはラクスが参加を希望し、それに快く応じた、ラクスにとって数少ない対等な立場で話せる友人、知人と呼べる者達。
- カガリ、マリュー、ミリアリア、メイリン、ルナマリア、そしてカリダの6人だ。
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- 「キラも元気そうでほっとしてるわ」
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- 久方の再開に湧き、近況やかつての思い出話に花を咲かせる中、ふとカリダがしみじみ呟く。
- キラとラクスは昨晩久し振りにマルキオ邸へとお邪魔していた。
- 時間は短かったがカリダは、遠く離れてしまった息子の元気そうな姿に嬉し涙を零した。
- 子供達も大はしゃぎでキラとラクスに遊ぼうとせがみ、なかなか帰るキッカケを掴めず苦笑していた。
- それは二人にとっても、とても楽しい時間だった。
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- その間に久しぶりに見たキラの笑顔はとても穏やかなものになったと、カリダは感じていた。
- それは戦争が無くなったことに対する喜びもあるが、何よりラクスが傍に居ることが大きい。
- カリダの中には自分から離れていく寂しさと、微笑ましさとが同居していたが、それでも息子が幸せそうに微笑む姿には嬉しさが勝る。
- 一人では抱えきれないほどの過去を望まずとも背負ってしまったキラだからこそ幸せになって欲しいと、カリダは心から願う。
- 血は繋がっていなくとも、カリダはどこまでもキラの母なのだ。
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- ラクスも大変な仕事を引き受け苦労しているだろうが、キラが傍に居ることでそんなことを周囲には微塵も感じさせない。
- むしろ幸せそうだと、いつも惚気に当てられているバルトフェルドなどは苦笑している。
- 確かにキラのラクスを見る目は、誰が見ても分かるほど優しく、愛しさに溢れている。
- そしてラクスもキラにだけ見せる笑顔はプラント最高評議会のラクスでも、プラントの歌姫のラクスでもなく、唯の一人の女性ラクスのものだ。
- ルナマリアはそんなラクスを羨ましく思う。
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- 「お二人はどうやって知り合われたんですか?だってラクス様はアスランの婚約者だったわけじゃないですか。どうゆう経緯でお二人がそうなったのか、すっごく気になるんですけど」
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- そもそも何でアスランを振っちゃったんですか、と相変わらずルナマリアは無遠慮なほどストレートに疑問を口にする。
- メイリンはそんな姉に責めるような視線を送るが、ルナマリアは意に介さず、目を輝かせてラクスを見つめている。
- そんなルナマリアに特に気を悪くした様子もなく、ラクスは一呼吸置いてから語り始める。
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- 「アスランが嫌いということではありませんが、お互いに相手の心まで踏み込めなかったということでしょうか。婚約者という役割をお互いに演じていたという気がしました」
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- そこで手にしたカップを置き淡々と続ける。
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- 「アスランは今でも大事なお友達ですわ。ですがキラと出会って、私はもっと大切だと思える人を知ることができました」
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- ラクスに顔色一つ変えずに惚気られ、他の面々が逆に赤面してしまう。
- ルナマリアも密かにラクスが恥らったり、焦る姿を想像していただけに、目をパチパチさせながらすっかり熱を帯びた頭で次の言葉を必死に探すがうまく舌に乗らない。
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- 「キラ君が拾ったのがキッカケ、と言えばキッカケかしら」
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- マリューはそんな少女達の様子にくすりと笑みを零しながら助け舟を出す。
- マリューとカリダはさすが大人の女性と言うか、内心ラクスの大胆とも取れる発言に驚きつつも、落ち着いた様子でお茶を口へと運ぶ。
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- 「初めてお会いしたのはその時ですわね」
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- ラクスは手をはたと合わせてはにかんだ笑顔で同意を示す。
- その時の事情を知らないカガリ達にミリアリアが、キラが拾ってきた脱出ポットからラクスが出てきたこと、アークエンジェルに一時期捕虜として居た事を説明する。
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- 「その時に何度かお話しましたが、本当は戦いたくなんてないんだと、いつも悲しそうなお顔をされていました。その時も、戦いが終わったというのに大声で泣いてらっしゃいましたわ」
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- ラクスの言葉に、今度はルナマリアとメイリンは意外な事実に驚いた表情を浮かべる。
- キラは戦うことが嫌いということは聞いてはいるが、彼女達の中には伝説のフリーダムのパイロットという偶像が今も完全には消えてはいない。
- また穏やかに微笑を湛えている姿しか見たことがないため、そんなキラの姿は今もって想像ができないのだ。
- 対照的に他の4人は少し切なそうな表情を浮かべて俯く。
- 特にマリューは責任を感じずにはいられない。
- そのキラに戦いを強いたのは紛れも無く自分だからだ。
- マリューは唇をギュッと噛み締め、それに気付いたカリダが優しく首を横に振る。
- そんなに自分を責めないでと。
- そのカリダの気遣いに、マリューは少しだけ心が軽くなり、入っていた肩の力を抜く。
- 言ったラクスの表情にも影が差し、少し目を伏せる。
- それにつられるようにメイリンとルナマリアの表情もどこか冴えないものになっていく。
- せっかくのお茶会が沈んだ空気に包まれる。
- それに逸早く気が付いたラクスは雰囲気を変えようと、また笑顔を見せて話を続ける。
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- 「キラだけは私をプラントの歌姫やクラインの娘ですとか、コーディネータといった偏見を持たずに接してくださいました。そして己のことを顧みず、私をアスランの元へと帰してくださったのです。その時から、私はキラに好意を抱いていました」
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- そしてキラとの巡り合わせにまた思いを馳せる。
- 傷だらけのキラがプラントに運ばれ再会したこと、キラの心を知りその思いとフリーダムを託したこと、そしてヤキンドゥーエでの死闘。
- どれもキラへの想いで溢れていた。
- それは今だからわかる真実だ。
- 悲しい出来事もたくさんあったが、あの悲劇の中で二人の想いが近づいたことは、マリュー達に僅かながら安堵感を与える。
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- 「ヤキン戦の後はずっとオーブに?」
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- デュランダルと共にいたラクスは偽者だったということをついこの間知ったルナマリアは、その後のラクスの動向を知らない。
- ただ話を聞きながら、きっとキラの傍に居たのだろうと思いながらその確認が思わず口をついて出た。
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- 「はい。キラは戦う度に傷つきながら、それでも目指す未来のために戦うことを止めようとはしませんでした。それ故に彼の心は生きることすら危ういほどボロボロでした。ですから私は彼の支えになればと共にオーブに降りたのです」
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- 頷きながらその時のキラの様子を思い出し、ラクスの表情にまた少し影が差す。
- それをフォローするように、カガリは自分のキラに対する評価を口に出す。
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- 「あいつは自分で決めたことは絶対に曲げない、本当に頑固な奴だからな」
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- アスランも昔からそうだと言ってたし、とカガリが少し呆れたように肩をすくめて、カップを口元へと運ぶ。
- カリダもそれでアスラン君をよく困らせていたと、懐かしみながら同意を示す。
- キラは自分が傷つくとわかっていて、周囲に非難されるとわかっていて、それでも自分が信じた道を進み、それを周りに指し示してくれた。
- カガリにとっては自慢の弟なのだ。
- 照れくさいので人前ではあまり、ましてや本人の前では決して言わないが。
- それはミリアリアも同じだ。
- ミリアリアにとって彼は最も信頼の置ける友人なのだ。
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- 「私としてはその頃のキラはちょっと見てられなかったけどね」
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- だからヤキンドゥーエの戦いの後、廃人の様になってしまったキラを、ミリアリアは居たたまれない、歯痒い思いで見ていた。
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- 「カレッジにいた頃はちょっと頼りないっていうか、ボーっとしたことろがあって、でも優秀で、無邪気によく笑ってたんだけど、そんな姿も遠い昔のことみたい、と言うか別人みたいに思えたから」
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- キラが心に傷を負っていくところを間近で見ていたミリアリアは、その助けになれなかったことを今も悔いる。
- まあ戦後はラクスが居たため出る幕は無かったというのもあるが。
- そんなミリアリアの気持ちはマリューにもよくわかる。
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- 「訓練も受けていないのにキラ君の力に頼って、それが重荷として彼の肩に掛かっていたものね。本当は私がもっとしっかりしなければならなかったのに」
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- 自嘲気味にマリューは自分を責め、またカリダに優しく叱責される。
- 沈みかけた雰囲気が、カリダの配慮でまた穏やかなものへと変わる。
- それだけでキラが純粋に優しい人間に育った訳がよくわかる。
- ラクスやカガリはカリダに尊敬と感謝の眼差しを向ける。
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- 一方でキラが訓練も受けずにMSに乗っていたという事実に、しかもそれが最強の敵と講義を受けたルナマリアとメイリンは、改めて畏怖にも近い思いと、彼の能力の高さに目を見張る。
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- 「でも、キラさんはやっぱりすごいです。ほんとに何でもよくできますよね」
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- MSのメンテナンスでキラのキー入力の速さや、時折見せた身体能力の高さ、アークエンジェルでの存在感を目の当たりにしてきたメイリンは、憧れを込めたの眼差しでキラの印象を語る。
- そのちょっと熱っぽい視線に、ルナマリアはまたこの子はと溜息を吐きつつ、自身はキラとあまり話をしたことが無いため、少しだけ羨ましそうな視線を送る。
- そんな二人を見て、見る立場が違うと印象も考え方も変わるんだなとミリアリアは漠然と考える。
- ジャーナリストとしてそれを実感できるのは貴重だ。
- どうすれば万人にわかってもらえる記事を書けるか、今後の活動に大いに参考になる。
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- その間にラクスがまた話始めて、オーブで過ごした日々から再びキラがフリーダムに乗るところへと話が移る。
- あの頃は、このままキラが戦うことがなければいいのにと誰もが望んでいた、穏やかな日々だった。
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- 「ですが結局キラはその手に武器を取り、戦場へと戻りました。私はそれを止めることをできませんでした」
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- 再びキラがフリーダムに乗った時、ラクスは罪悪感に襲われた。
- 戦いを望まぬキラに、結局戦いを強いてしまう自分という存在は本当はキラの傍に居てはいけないのではないかという。
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- 「でも私はラクスさんには感謝してるのよ」
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- そのラクスの気持ちを救ったのはやはりカリダだ。
- カリダは柔らかい笑みを零して呟く。
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- 「あの子が立ち直れたのも、ここまでこれたのも、ラクスさんが傍に居てくれたからよ。あの子のことだからまた色々と迷惑をかけるだろうけど、これからもどうかお願いね」
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- 母親からの言葉に、流石のラクスも薄く頬を染め、少し照れくさそうに頷く。
- そして凛とした声で、自らの望みを打ち明ける。
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- 「人々が二度と悲しい戦争を選択しない、そんな世界を作ることが私達の望みです」
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- ラクスだけではない、ここに集まった者達、それを支えるキラやアスラン達も思いは一つなのだ。
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- 「そうすれば、私達が愛する人も傷つくことが無くなるでしょう」
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- 唯単にラクスがキラを想ってのことではない。
- ラクスと同じ様に全ての人が愛する者達を戦争に奪われるという悲劇が繰り返さないこと、それが望みだ。
- カガリ達にも愛すべき者達が居て、この世界に生きとし生けるもの全てにその存在が居る。
- その人達が理不尽なことで引き裂かれないような世界であれば、自然と愛する者が傷つくこともなくなるだろう。
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- 「そんな世界、頑張って作ろうな」
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- カガリは遠くを見るような目で、だが力強くラクスに同意を求める。
- それは同じく国を背負った者として、同じ未来を目指す同志としての意志の確認と自らの覚悟を示すものでもある。
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- 「はい!」
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- その意志を汲み取ったラクスは笑顔で元気よく応え、同席した一同も大きく頷き、それぞれ歩み始めた道で精一杯に務めを果たすことを新たに決意した。
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