- いつもの評議会からの帰り道。
- だが車の窓から見える景色はいつもと違っていた。
- いつもよりも明るい色とりどりのイルミネーションが街を彩り、賑やかな音楽がどこからともなく聞こえてくる。
- 何故だろうかと小さな疑問を持ったが特徴的なものを模ったそれを見て、ラクスは理由がわかった。
- 小さくくすりと笑みを零す。
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- 「何か面白いものでも見つけた?」
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- 隣に座るキラがラクスが零した笑みを聞いて、優しく尋ねる。
- 問われて自分が笑みを零したことに気が付くと、それを心の中で自嘲して申し訳なさそうに返事をする。
- 別に後ろめたいことはないのだが、議長としてはよろしくない傾向だと自己分析する。
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- 「いえ、そう言えばもうクリスマスの時期なのだと思いまして」
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- 特徴的なものとは、赤い服を着て白い髭を生やしたクリスマスの定番人物。
- サンタクロースを模ったイルミネーションだった。
- しかし目に映る光景とは裏腹に、そう言ったラクスの表情はどこか寂しそうだ。
- 尤もそれはキラだからこそ分かる、キラにしか分からない微妙な変化だが。
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- ラクスは街を飾るイルミネーションを見て、去年まではマルキオ邸でキラやカリダ、たくさんの子供達と一緒にクリスマスパーティをしたことを思い出していた。
- たった2年間しか過ごしていない場所だが、それでもあんなにたくさんの友達と、ささやかでも楽しいパーティをした記憶は無い。
- プラントでは確かにもっと華やかでたくさんの人に囲まれていたけれど、それはそれなりには楽しかったけれど、どこか硬い雰囲気のものでまた気を許せる人と言えば父くらいなものだった。
- できればまた子供達と過ごしたいのですけれど今年は無理ですわね、とラクスは一人ごちた。
- 最高評議会議長としての役割もあるし、何より今はプラントと地球で離れて暮らしている。
- 最愛の人は傍に居てくれるから寂しくは無いけれど。
- それでも去年、一昨年のように子供達の喜ぶ顔を見ることは叶わないの少し切ない。
- 子供達も残念に思っているでしょうね、と想像しながらラクスは隣に居る人に心配をかけないように、自分の胸の内だけで溜息を吐いた。
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- キラもラクスの言葉に、もうそんな時期なのかと同意を示す。
- 去年までのクリスマスのことを、キラもまた思い返しラクスの寂しさの原因がピンときた。
- 直ぐにキラはスケジュール表をポケットからゴソゴソと取り出すと、スケジュールの日取りを確認する。
- 今のところ特別な予定は入っていない。
- まだ確認していない関係先もあるが、何とか休みは取れると確信していた。
- キラはラクスのこととなるととてつもなく頑固で、それ故スケジュールがぶつかるといつも必ず相手が折れていた。
- 皆キラの気迫に負けるのだ。
- それがキラを確信させた要因である。
- 最愛の人を喜ばせてあげようとキラは一人自分の立てた計画に頷きながら、既に思いは当日のことへと馳せていた。
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「Early Xmas present」
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- 「こうなることは分かっていましたわ」
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- ラクスはいつもの笑みを湛えたまま淡々と答える。
- 対称的に向かい合って座っているキラは、眉を顰めて俯いたまま何も答えない。
- そんなキラの様子にラクスは苦笑する。
- 聞き分けの無い子供みたいですわ、とラクスに窘められるとキラはますますふてくされていく。
- その仕草も困ったと思う反面、可愛らしいなとも思ってラクスは眺めている。
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- ラクスの願いを何となく察したキラは、クリスマスの当日に休みが取れないだろうかと奔走した。
- しかし結果はこれだ。
- 評議会議長とプラントの歌姫も兼ねるラクスに休日など訪れるはずも無く、ラクスが歌を披露するイベントが会場と共に既に抑えられていた。
- さしものキラもこのイベントの中止を看破できなかったのだ。
- プラントの人々がそのイベントを楽しみにしているのだからと。
- それがキラをしかめっ面にしている原因だ。
- ラクスの方はと言うと以前にプラントに居た時にそういったイベントに参加していた記憶から、そうなることは予想済みだったのでさして驚いた様子も落胆した様子も無い。
- 車での会話から翌日、議長室で今後のスケジュールを確認しようと評議会を終えて帰ってきたら、朝とは別人のような不機嫌な表情で待っていたことには驚いたが、理由を聞いてラクスは内心笑みを零す。
- キラが自分のために動いてくれたことに。
- たとえ願いが叶わなくても、これほど思われている相手が傍にいるのなら仕方ないと諦めがつく。
- 子供達には申し訳ないけれど。
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- 「私達の置かれている立場も、今居る環境も変わりましたわ。それくらいお解りになるでしょう」
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- だがいい加減機嫌を直してもらえないと、こちらの気も滅入ってしまう。
- 昔からすればキラもこんな表情をするのだという大きな発見で、それは小さな喜びでもあったが、それでもやっぱりキラには笑っていて欲しいから、ラクスは本当に幼い子供をあやすように説得を試みる。
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- 「分かってるよ。だからせめてクリスマスくらいは、と思っただけだよ」
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- ラクスの言葉から一呼吸分の沈黙の後、キラは一転悲しそうな表情で答える。
- 今年は忙しくてプレゼントを買いに行く余裕もないから、せめてラクスには楽しい時間を過ごして欲しいと思ったのだ。
- その答えを聞いて、ラクスは不覚にも涙を零しそうになった。
- ああこの人は何故こんなにも私の心を暖かく満たしてくれるのでしょうか、と天を仰いでしまう。
- しかしその答えはラクスも分かっている。
- 彼を愛しているからだと。
- 本当にキラと出会えて幸せですわ、と改めて思う。
- それでも何とかできないかと今もあがく彼の手に、溢れた自分の気持ちを伝えようと包み込むように自らのそれを重ねる。
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- 「もうこんなに素敵なプレゼントを頂きましたのに、これ以上頂いたら罰が当たってしまいますわ」
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- キラがキョトンとした表情でラクスを見つめ返す。
- それを見てようやく目が合いましたわと、ラクスは花が咲いたように笑顔を浮かべる。
- その笑顔に照れながら、しかしキラには何をあげたのかさっぱり分からなず、戸惑ったような明らかに僕何かあげたかなという表情を浮かべている。
- ラクスはキラの表情にまたくすりと笑いを一つ落とすと、キラの疑問に答える。
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- 「キラのお気持ちですわ。私のためにそこまで動いてくださってありがとうございます」
-
- 言われてキラの顔は一気に真っ赤に染まる。
- まさかそれをプレゼントだと言われるとは思わなかった。
- 自分としては当然のことをしただけなのに、それも願いを叶えてあげられなかったのにだ。
- 嬉しいやら恥ずかしいやらだ。
- 思わず照れ笑いを浮かべてしまう。
- 同時にラクスらしなと感心すらしている。
-
- そんなキラを余所にラクスはある決意を胸に秘める。
-
- 「私だけ頂いていては申し訳ないですわ。お返しにキラのためだけに、私から歌わせていただきますわ」
-
- そう言って立ち上がると胸に手を当て、静かに歌いだす。
-
-
- 白い雪が舞い降りる 聖なる夜に
- 祝福の願いを交わす
- 貴方と2人
- 注がれたグラスを掲げて
-
- 欠けることの無い月のように
- 貴方の全てを包み込む
- それが叶えられた喜びよ
-
- メリークリスマス
- 聖なる日に感謝して
- この祝福の唄を
-
-
- 聖なる鐘が鳴り響く 清き夜に
- 祝福の祈りを馳せる
- 貴方と2人
- 繋がれた手に力を込めて
-
- 欠けない愛の唄を歌い
- 貴方の全てに満たされて
- それが与えられた幸福よ
-
- メリークリスマス
- 聖なる日に感謝して
- この祝福の唄を
-
-
- どうかこの旋律に応えて
- 灯火が明るく照らすこの場所に
- 涙は似合わないから
- 笑顔で一緒に その火を手に取り
-
- メリークリスマス
- 奇跡の日に感謝して
- この祝福の唄を
-
-
- キラはラクスの歌に聞き入りながら、どうしてこの人はこんなに僕の心を満たしてくれるんだろうと、そんなことを自問自答する。
- だがその答えは問うまでもなかった。
- それは彼女を愛しているからに他ならない。
- 先ほどまでの苛立ちはすっかり消えて、今はただ目の前の女性への愛しい想いばかりが溢れてくる。
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- 「ありがとう」
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- 胸いっぱいのキラはなんとかその言葉だけ搾り出す。
- それはもう言葉などなくても分かるほどの、満ち足りた笑顔で。
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- 「ご清聴、ありがとうございます」
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- ラクスは薄っすらと頬を染めてはにかみながら、スカートの裾をちょこんとつまんでお辞儀をする。
- キラと同じように、満ち足りた笑顔を浮かべて。
- そして2人は静かに笑い出す。
- クリスマスはまだ先なのに、もうクリスマスプレゼントを交換してしまったことに。
- でも後悔とかそんな気持ちは無い。
- 何時だってその存在がお互いの心を満たすのだから、2人にはクリスマスなんて関係ないのだ。
- 2人だけの世界に浸りながら、議長室には幸せそうな笑い声だけが響いていた。
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- だがその笑い声を聞いている者がもう一人。
- 議長室の扉の前にはバルトフェルドが笑い声に釣られるように苦笑いを浮かべて立っていた。
- 用があって訪れた議長室の前に来るとラクスの歌声が聞こえたので驚き、そして聞き入ってしまった。
- そのまま余韻に浸っていると、キラとラクスの楽しそうな笑い声が続けて聞こえてきた。
- 普段自分でも驚くほど大人びた、毅然とした態度と論述で評議会議員達と渡り合う才女だ。
- その能力は偽り無く高く評価している。
- だが年相応の彼女達のやり取りが垣間見れて、何だかとても安心したような気持ちになってふふっと思わず笑みを零してしまう。
- 何だかんだ言いながら、あの2人が一緒にいて幸せそうに笑みを浮かべているのを見ると、こちらの胸も暖かくなる。
- そんな2人をいつも微笑ましく思っていた。
- しばらくその場に佇んでいたバルトフェルドだが、小さく溜息を吐きつつ手にした書類を抱え直す。
- 今日の仕事の話は別の機会にすることにした、今の2人の邪魔をしたくなくて。
- じゃあ俺からのクリスマスプレゼントはこんなもんか、などと一人ごちながら踵を返した。
- その胸に暖かな余韻を感じながら。
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-
FIN
-
- 日本語タイトル 「早いクリスマスプレゼント」
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