- オーブ首長国連邦、その代表首長を務めるカガリ邸の一室。
- 女性達による華やかなお茶会が開かれている頃、男性達も別室でまた別の会合を開いていた。
- その会合において、キラ、アスラン、イザーク、ディアッカは目の前に並べられたカップを見て思わず固まってしまった。
- 誰もが表情にしまったというか、まずい、という色を浮かべているのだが、それに気付かないのか気付かない振りをしているのか、一人満足そうにそのカップに満たされた液体をすするバルトフェルド。
- その状況下の中で勇気を出しておそるおそるアスランが尋ねる。
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- 「あの、バルトフェルド隊長、これは」
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- そう言って目の前に置かれたカップを指差す。
- 聞かなくてもそれが何という固有名詞なのかは皆わかっている。
- 肝心なのはそれが普通のかそうでないかということだ。
- もちろん、普通のであることを、一縷の望みにすがるように期待しての発言なのだが。
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- 「折角だからな、僕の一番お気に入りの特性ブレンドで男同士語り合おうと思ってね」
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- バルトフェルドは爽やかな笑顔でアッサリと彼らの淡い期待を打ち砕いた。
- そう目の前に置かれたものは、彼らの予想通りバルトフェルドが自前でブレンドしたコーヒーだ。
- アスランが先ほど人の家の台所で何をしているのかと思ったら、こうゆうことだったのかと気が付いても今更遅い。
- キラ達はげんなりした表情で、はぁと力なく相槌をうつ。
- その様子を不思議がるのはバルトフェルドのコーヒー好きを知らないシンと、ついぞ今まで飲む機会が失われていたムウだけである。
- それほどのものかと半分怖いもの見たさに、ムウがカップを手に取り一口飲んでみる。
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- 「んっ!」
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- 眉を顰めて変な声を発したかと思うと、真剣な表情でバルトフェルドの方を振り返る。
- 頼れる兄貴分が一言物申してくれるのかと思いきや、にかっと白い歯を見せると絶賛する。
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- 「この苦味といいコクといい、これは良い。いやあ、いい仕事してるよ」
- 「お褒めに預かり光栄だね」
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- そう言いながらまたカップに口をつけるムウに、バルトフェルドはそうだろうと言わんばかりにうんうんと頷く。
- 砂漠の虎とエンデュミオンの鷹、彼らの好みは合うらしい。
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- その様子をキラ達は目を丸くしてみている。
- シンは2人の大人がうまそうに飲むのを見て、自分もカップを手にとって一口つける。
- キラ達はやはり不安そうというか、心配そうな表情でシンを見つめる。
- そして案の定、彼は砂漠の虎やエンデュミオンの鷹の様にはなれないようだ。
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- 「ぐっ!」
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- ムウとは違う奇声を発すると、シンは目を白黒させて固まってしまった。
- それをキラ達は同情しながら、ただ苦笑を浮かべるしかなかった。
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「Coffee party」
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- 結局目の前に置かれたカップにバルトフェルドとムウ以外は手をつけないながらも、久し振りに会う面子との話は尽きない。
- かつて一緒に戦った時の話や今の暮らしなど、少し思い出すと胸が痛みしんみりすることもあったが、今こうして話ができることは嬉しくもあり幸せなことだ。
- 誰もが胸のうちに亡くなった人への哀悼の気持ちを持ちながら、今生きていることの感謝と、生き残った者としての責任を果たそうと改めて強く思うのだ。
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- そうやって談笑しながら、シンにはキラが元ザフト兵だったバルトフェルドやイザーク達と知り合いで、今は仲が良いことを意外に思った。
- 敵同士だった人達とそうやって笑い合えるのはとてもすごいことだと、素直に思えたから。
- 折角の機会なので思い切ってその理由を尋ねてみると、ああとキラが当時のことを語りだす。
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- 「バルトフェルドさんには街中で食事中に話しかけられたんだ。まだ敵同士だった時だけど」
- 「そういやあ、そんなこともあったねえ」
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- バルトフェルドも懐かしそうにその時のことに思いを馳せる。
- そしてそのままその時の思い出話を語りだす。
- 当然カガリがケバブのソース塗れになった話にも及ぶわけで。
- そこからケバブの話で盛り上がる一同。
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- 「やっぱりあのあっさりしたヨーグルトソースが最高なんだよ」
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- バルトフェルドの発言に、ムウが即座に食いつく。
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- 「やっぱそうだよな。いやあやっぱあんた、味の分かる男だわ」
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- ムウは納得顔で頷き、がっちりと握手を交わす。
- しつこいようだが、砂漠の虎とエンデュミオンの鷹、彼らの好みは相当合うらしい。
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- だが残念ながらこの世のには反対意見を持つ人も当然いる。
- 2人の好みに抗議の声を上げるのはディアッカだ。
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- 「そんなもん、味が薄くて食った気にならねえって。やっぱケバブにはピリッとくるチリソースだろ」
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- そう言って他の若者に同意を求める。
- シンはすぐに頷くと賛成の意を述べる。
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- 「俺もああゆう濃い味付けの方が好きですね」
- 「そうだな、俺もその方がいいな」
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- アスランも大きく頷いてディアッカに賛成する。
- それを聞いたバルトフェルとムウは大袈裟に愕然の表情を作る。
- 片や満足そうに頷いて、もっと2人を追い込めとばかりにキラにも同意を求める。
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- 「お前もそう思うよな」
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- だがディアッカに突然振られたキラは困ったように笑いながら、ゴメンと謝った。
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- 「僕は辛いのとか苦手だから、ヨーグルトの方がいい」
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- キラの答えに今度はディアッカがオーバーになんてことだという表情を作って、天を仰いで顔に手を当てる。
- シンは意外そうな表情でキラの方へ振り向き、アスランはキラなら当然だなと一人苦笑する。
- 対称的に嬉しそうなのは、お仲間が増えたバルトフェルドとムウ。
- そして話はどちらが美味しいか、からどちらが好きな方が多いかという方向に進み、特にバルトフェルドとディアッカの熱い論争が展開される。
- しばらくそんな言いあいが続けれらた後、一人全く発言していない人物がいることに気が付いた。
- イザークである。
- ディアッカがこれで決着をつけようと言わんばかりに一同を見渡すと、意見を求めて傍らのイザークをつつく。
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- 「ほらどうしたんだよ、イザーク。お前はどっちが好きなんだ」
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- ここまで3対3の5分。
- 彼の票でこの場の勝ち負けが決まる。
- そんな雰囲気が漂う中で、全員がじーっとイザークを緊張した面持ちで見つめる。
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- だが当のイザークは黙りこくったままだ。
- さっきからずっと俯いたまま握りこぶしを膝の上で作り、小刻みに震えている。
- 不審に思ったディアッカが再度声を掛けると、イザークは勢い良く怒りに満ちた顔を上げてがばっと立ち上がる。
- そしていつものヒステリックな怒声で告げる。
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- 「何を言っている貴様ら。ケバブといえばチリとヨーグルトのミックスだろうが!」
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- イザークの発言にこの部屋は時間が止まってしまったのではないかと思える空気が漂い、長い長い沈黙が訪れる。
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- 「「「「「「えっーーーーー!?」」」」」」
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- 充分な呼吸をした後、全員の驚きとも抗議ともとれる見事に重なった叫び声が響き渡る。
- まさかここで第3の意見が飛び出すとは思いもよらなかった。
- 当然ながらそのイザークの意見に賛成する者はいない。
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- 「だって、あれソースの味ばっかりしか・・・」
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- そこまで言ってキラは慌てて両手で口を押さえる。
- 以前カガリとバルトフェルドの論争のとばっちりを受けて食べたミックスだが、あれはたしかにケバブを食べたというよりはソースを食べたと言える代物だった。
- まあかかった量のせいということもあるが、そうでなくても大抵の人ならばおそらく混ざり合ったソースの味に難色を示すに違いない。
- だが今のイザークには明らかに失言だった。
- きっとキラを睨みつけると、たまった鬱憤を晴らすようにそれぞれの意見をバッサリ切り捨てる。
- そして延々とミックスがいかに美味しいかということを説明されて、他の面々はその熱弁にただ圧倒されるばかりだった。
- その勢いと疲労に結局誰も反論することができず、ひょんなことから起こったケバブ論争はイザークの一人勝ちで幕を下ろしたのだった・・・。
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