- キラは現状に諦めつつも溜息を吐いた。
- 今の状況は一般人であったキラには縁が無い世界だと思っていた。
- 実際ほんの数年前まではテレビの向こう側のことだったし。
- 別に自分の置かれている環境が嫌なのではない。
- 不満があるのは、新年早々最愛の人が休む暇も無く働かなければならないことだ。
- プラント最高評議会議長でありアイドルであるラクスは新年といえども休めるはずもなく、年頭の挨拶やら新年のイベントへの出席やらに引っ張りだこだ。
- 当然キラもその護衛やらで一緒について廻っている。
- これまで人事だと思っていた出来事や裏方の作業を目の当たりにして、にスタッフの人は大変だなと感想を浮かべつつ、隅っこでイベントが終了するのを待っている。
- そんなキラ自身も人から見れば結構大変だと思われる立場なのだが。
- とにかくキラもラクスもその立場なりの苦労を新年早々しているのだった。
- だが本当に大変な目に会うのはこれからだということを、この時の彼はまだ知らないでいた。
-
-
-
-
「Lovers who got drunk」
-
-
-
- 「お疲れ様です」
-
- ラクスは出席したイベント終了後、疲れも見せずにこやかな表情でスタッフに挨拶をしている。
- 全てのスタッフに律儀に挨拶をして回る様子を、キラはラクスらしいと苦笑しながら見守っている。
- ラクスは最後にキラの姿を認めると、明らかに先ほどまでとは違う笑顔で小走りに駆け寄ってくる。
- キラも笑顔で受け止めて、労いの言葉を掛ける。
-
- 「お疲れ様、新年そうそう大変だよね」
- 「いえ、キラこそお疲れ様です」
-
- そんな会話を交わしながら、キラはスケジュールを確認する。
- 今日の予定はこれで全て終了した。
- 後は帰ってゆっくり休むだけだ。
- キラはそう思ってじゃあ帰ろうと声を掛けようとした。
- そこにバルトフェルドがどこからともなく現れる。
- どうやら2人を待っていたようだ。
-
- 「キラ、お前酒を飲んだことがないんだってな」
-
- バルトフェルドがにやりと、何か企んだ表情でキラの肩を組んでくる。
- キラはその表情と仕草に嫌な予感を覚えるが、言われたことは事実なので戸惑いながらも肯定する。
- コーディネータは15歳で大人と扱われるため、プラントの法律では15歳から飲酒も喫煙も認められている。
- もちろんそれ相応の責任も果たさなければならないが。
- それは知っているキラだが自身はオーブ出身であり、戦争に巻き込まれた後はオーブでぼーっと過ごしたり、アークエンジェルで潜んでいたりと飲む機会が無かったこともある。
- また父がたまに酔っ払って帰ってきて母に怒られていたのを思うと、お酒を進んで飲もうとは思えなかった。
- 故にキラは未だにお酒というやつを口にしたことはなかった。
-
- 「えっ、そうなのですか」
-
- バルトフェルドの言葉にラクスも僅かに驚いた表情を見せる。
- 言われてキラが飲んでいるところを確かに見たことがないことに気が付く。
- ラクス自身はそれほどお酒に強いわけでも、好んで飲むわけでもない。
- でもパーティなどに参加すればグラス1杯程度はカクテルなどを嗜むし、その程度で酔うほどでもない。
-
- 「で今年もよろしくということで、今から新年会をやるぞ。お前達も参加しろ」
-
- バルトフェルドの明らかに何かを企んでいる笑みにキラは、丁重に断ろうとした。
- しかしラクスはとても乗り気だ。
- 大勢で一緒に何かをするということはラクスの好きなことなのだ。
-
- 「折角のお誘いですから行きましょう」
-
- 少しは嗜まれる方が良いですわ、とラクスに微笑まれれば断れるはずも無い。
- 結局キラは初めて飲むことになるであろうお酒に不安を覚えつつ、ラクスに手を引かれてバルトフェルドの後について行った。
-
-
*
-
- バルトフェルドの他はダコスタを始め都合のついたエターナルクルーの面々。
- それほど大人数ではないため、小さなバーを借り切ってささやか・・・とはいかない宴会が開かれていた。
- バルトフェルドはキラにしこたま飲ませようと、しきりに酒を勧めてはグラスに注いでいく。
- キラもペースが分からず、注がれるがままに次々とグラスを空けていく。
- しかしその表情に変化は無く、受け答えもしっかりしているためそれほど酔ってはいないようだ。
- また初めて味わうこの宴の雰囲気に今はすっかり上機嫌だ。
- 最初はそのペースに心配して付きっきりだったラクスもホッとした様子でちびちび酒を口にしながら、次第に盛り上がっている皆の輪の中へと入っていく。
- それはとても楽しい一時だった。
-
- それから数時間ほど経ち誰もがほろ酔いで盛り上がっているところ、キラはふと時間を確認すると時計はそろそろ帰らなければならない時刻を指していたため、いそいそと帰宅の準備を始める。
-
- 「明日のこともありますから、今日はそろそろ・・・」
-
- だがすっかり出来上がったバルトフェルド達からはブーイングの嵐だ。
-
- 「どうしてお前はそう真面目なんだ。たまには羽目を外すということをした方がいい」
-
- 言われてキラは困惑した表情を見せる。
- キラにしてみれば初めてのお酒を堪能したし、充分羽目を外しているのだが。
- だがキラはかなり飲まされていたために少し酔っているのか、それをうまく説明できない。
- そんな口篭もるキラにラクスが助け舟を出す。
-
- 「ですが、明日の仕事に私達が遅れては皆様にもご迷惑が掛かりますわ。私としても残念ですがこれでお暇させていただきますわ」
-
- ラクスにそう微笑まれては誰も文句は言えない。
- しぶしぶといった様子だが、そろそろお開きだなという雰囲気が漂い始める。
- 話がまとまったのを確認するとキラは立ち上がろうとした。
- しかしすくっと立ったかと思うと、一歩踏み出したとたんに派手な音を立てて床に伏してしまう。
- その場にいた誰もが驚き、ラクスは悲鳴に近い声でキラの名前を呼ぶ。
- それに対してキラは低くくぐもった声で返事をして、壁に寄り掛かりながらのろのろと体を起こす。
- その目は虚ろに揺れており、焦点は定まっていない。
-
- 「少し休んでから帰られてはどうですか」
-
- ダコスタも心配そうにキラに声を掛ける。
- だがキラは虚ろな目をしていながらキッとダコスタを睨むと、堰を切ったように愚痴を零し始める。
-
- 「何を言ってるんですか。ラクスは明日も朝から仕事なんです。だから今日も早く帰って睡眠だけでもゆっくりしっかり取って欲しいんですよ、僕は。だいたいラクスがどうして休みもほとんど取らずに働かなくちゃならないんですか」
-
- 突然睨まれたダコスタは訳が分からず、しかしその迫力にただ圧倒されるばかりだ。
- 少しどころか間違いなく、完全にキラは酔っ払っている。
- 誰もがそんなことを考えている間も、壁に寄りかかりながらキラの愚痴は止まるところを知らない。
- しかも惚気が入っているのか、ラクスの休日が少ないことなどに対する周囲への不満ばかりが口をついている。
- 最初は楽しそうに傍観していたバルトフェルドだが、いつまでも続くキラの講釈に危機感を覚える。
- こうなったらいかに砂漠の虎と言えどもキラを止められないことを彼は知っている。
- そこで事態の収集がつかなくなる前に、唯一止められるラクスに助けを求める。
-
- 「ラクス、キラを止めてくれ」
-
- だがラクスの行動もどこかおかしかった。
- 分かりましたと何故かビシッと上官の命令を受けた兵士の如く敬礼をすると、キラの肩を掴む。
- それを見たバルトフェルドはさらに背中に冷たいものが流れるのを感じていた。
- 明らかにラクスも酔っている。
- ラクスが空けたグラスの数は普段の比ではない。
- それに今更ながら気が付いたバルトフェルドは発言を撤回しようとした。
- しかし止める間もなくラクスはその肩を揺さぶりキラの名前を呼ぶ。
- だがキラはラクスに呼ばれていることに気づかないまま、未だにぶつぶつと文句を言い続けている。
- その態度が気に障ったラクスはむっとした表情をすると、キラを押し倒して自らも覆い被さる。
- そして顔を両手でしっかり挟みこんだかと思うと、躊躇いも見せずに自らの顔を重ね合わせ、人前だと言うのにそれは深い深い口付けを交わす。
- その光景にショックを受けたエターナルクルー達を余所に、ラクスは数分間の長い口付けからキラをようやく解放すると、酔いで潤んだ瞳を上目使いに訴えかける。
-
- 「キラ、大人しく言うことを聞いてください。皆さんにご迷惑ですわ」
-
- 誰もが心の中で貴女もですよと突っ込みを入れるが、もちろんラクスには届かない。
- 場違いなほど2人は焦点の合わない瞳で熱くお互いを見つめている。
- 押し倒されたキラはというと、既に意識も朦朧として今自分がどんな体勢で、どこに居るのかもハッキリ言ってよく分かっていない。
- 分かっているのはラクスに言うことを聞けと、言われていることだけ。
-
- 「分かった。じゃあ帰ろう」
-
- キラは寝てるんじゃないかと思われるほどぼーっとした顔で頷く。
- そんな状態でもラクスの言うことは聞くあたり、さすがはキラと言うべきか。
- とにかくこれ以上何も無いうちにとキラを担いで帰りの車まで運んだのだが、その間もキラが何かぶつぶつ言い始める度にラクスが抱きついてキスの雨を降らせて大人しくさせる、ということが続き、流石のバルトフェルド達も2人を誘ったことを激しく後悔せざるを得なかった。
-
- 以来この2人を酔わせてはいけないと、それは彼らを誘う時の暗黙の了解事項となった。
- ちなみに当事者達はそのことを全く覚えていなかった、らしい。
― ショートストーリーメニューへ ―