- 今日この日はプラントにとっては特別な日だ。
- アプリリウスワンの巨大なホールは、正装した姿の男女が大勢集まり、華やかな雰囲気に包まれている。
- その中心にはいつもの議員服ではなく、白地の生地に薄いピンクの花をスカートの裾に飾り、薄くラメを散りばめたドレスを身にまとったラクスがいる。
- 今日はプラント最高評議会議長にしてプラントが誇る至高の歌姫、ラクス=クラインの20歳の誕生日だ。
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- 「ラクス様、誕生日おめでとうございます」
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- 議員を始め、各都市の有力者達が次々と挨拶に訪れる。
- それら一つ一つに丁寧に応対しながら、ラクスは進行役の男性に促されて一人小さなステージに立つと、その誰もが魅了される声で歌い始める。
- プラントはこの会場の外も、アプリリウスワン以外のコロニーでもラクスの誕生日を祝うイベントや声で持ちきりだ。
- それはラクス自身も知っている。
- だからその人達にも届くように、心を込めて歌う。
- 誕生日を祝ってくれる全ての人達への感謝の歌を。
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「Birthday Moon」
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- 歌い終えたラクスは割れんばかりに起こる喝采にはにかみながらお辞儀をすると、ステージから降り立つ。
- そしてまた特に力を持った有力者達がラクスの傍へと寄り、おべっかとも取れる賛辞を浴びせる。
- ラクスにもそれは感じ取れるのだが、まだ父の補佐として動いていた時からそれらを聞いてきたラクスにとって、その言動には慣れたものだ。
- それらに不満を見せることも無く完璧な笑顔で受け流し、また次の一団へと挨拶に廻る。
- 今日一日はずっとそんなことの繰返しだ。
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- 前々から予定はされていたことでわかってはいたのだが、今日は朝から大忙しだった。
- いくつかのイベントや講演に参加したのだが、どこに行っても誕生日を祝う催し物があり、その度に祝福の言葉を掛けられた。
- それが終わるとすぐ次の会場へと、仕事は本人を祝っているとは思えぬタイトなスケジュールで慌しく移動を余儀なくされた。
- そして今、その締めくくりとして誕生日を祝うパーティーが盛大に催されているのだ。
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- たくさんの人に祝福されてラクスは嬉しく思う。
- ラクス自身プラントの人達のことは大切だと思うし、ラクス自身も愛されていることを感じることができることは幸せなことだ。
- それはまぎれもない事実だ。
- だが一番大切な人と今日は満足に話もできていないことを、少し残念にも思っていた。
- そのラクスが大切に思う相手、キラは今も警備兵に混じって会場の警備などに駆け回っている。
- 同じ家に暮らしているため、朝一番におめでとうとは言ってもらえたが、今日はいつにも増して厳重な警備に囲まれて、たかが一秘書官にすぎないキラは、スケジュールの確認以外は遠くから一緒について廻ることしかできないのだ。
- そんな不満をラクスは一切顔に出さず、淡々と賛辞を送る大人達に優雅に挨拶をして廻るのだった。
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- プラントの夜も深まった頃、ようやくパーティーも終わり司会者が終了の挨拶を述べると、湧き上がる拍手を合図にお開きとなる。
- 後は帰路につくだけだ。
- ラクスも内心小さく安堵の溜息を吐いて、若い男達の私的な祝いの誘いをまた完璧な笑顔で丁重に断って、迎えの車がくる場所へと歩を進める。
- そこまで歩く間もしつこい男達の誘いを受け流し、警備兵にも労いの言葉を掛けつつ、ラクスはタイミングよく出口に到着した迎えの車の前で、その場を見送る人達へ向けて優雅に頭を下げると車に乗り込む。
- そこには既に先客が居て、その姿を認めるとラクスは今度こそホッと肩の力を抜く。
- 慣れているとは言っても、やはりこのような形式ばった催し物はそれなりの緊張感と疲労を伴うのだ。
- 車の中にいた先客、キラはそんなラクスの様子に気付き、労いの言葉をかける。
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- 「お疲れ様、今日は一日大変だったね」
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- いつもは移動の時はこうして隣に座るキラだが、今日はそれさえも許されなかった。
- 立場が立場なだけに仕方の無いことだとはわかっているが、こうして今日初めて並んで後部座席に座っていると安心感に包まれ、キラに笑顔でそんなことを言われれば疲れも心地良いものになる。
- 自然と先ほどとは打って変わって、柔らかい自然な笑みを浮かべてキラに応える。
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- 「ええ、ですが皆さんにお祝いしていただけて嬉しいですわ」
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- ラクスの言葉は偽らざる思いだが、その笑顔にはキラとようやくまともに話ができた喜びと安堵感も含まれている。
- 鈍いキラはそのことに気付きもしないが。
- ラクスはそれに内心苦笑しながら、今日の出来事や明日の予定などを談笑する。
- いつもどおりの小さな幸福に満たされる瞬間だ。
- だがそんな中でキラは唐突に黙り込む。
- 車に乗り込んだ時こそ暗がりでもあったため気付かなかったが、キラの表情はどこか硬く、ラクスはキラがどこか気分が悪いのかと心配する。
- 一方のキラはそんなラクスの心配を他所に、ずっとあるタイミングを見計らっていた。
- ラクスに心配そうに声を掛けられ我に返ったキラは慌てて首を横に振るが、キラはここで勇気を振るって胸に秘めたことを切り出す。
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- 「改めてラクス、誕生日おめでとう。大した物じゃないけど、僕からの誕生日プレゼント」
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- キラはそう言って、照れたような苦笑を浮かべておずおずと一つの細長い包みをラクスに差し出す。
- これにはラクスも驚いた表情でキラと差し出された箱を交互に見返す。
- キラも最近はそれなりに忙しく、そうそうプレゼントなど買いに行く時間は取れない。
- ラクスも別にキラに買って欲しい物などなく、その日の一番にお祝いの言葉を述べられただけでもラクスは充分満足していた。
- 後は残り少ない一日を一緒に過ごせれば言うこと無しと思っていた。
- だが実際にプレゼントを差し出されて、ラクスも嬉しくないはずがない。
- 予想外の出来事に心は踊り、いつもより興奮気味に声を弾ませる。
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- 「開けてみても、よろしいですか?」
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- その仕草はキラの前だけで見せる、どこにでもいる20歳の女性と何ら変わりない。
- キラはそんなラクスを微笑ましく見つめながら、いいよと頷く。
- それを受けてラクスは大事そうに受け取って膝の上に包みを置くと、丁寧にリボンを解き、包み紙を開く。
- そして一つの長方形の箱が姿を現し、ラクスは静かに箱の蓋を開ける。
- そこにあったのはシルバーのネックレスだ。
- 三日月の形をしたシンプルな、だが品の良さを思わせる輝きを放っている。
- ラクスは笑顔のままじっとそれを見つめている。
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- 「気に入って、もらえた、かな」
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- キラは照れくさそうに笑いながらも、心配そうに尋ねる。
- 今まで女の子に贈り物などしたことの無いキラは、真剣に悩んだ末にこれだと思う物を選んだのだが、それが果たして良かったのか、気に入ってもらえるかどうかとても心配していた。
- だがそれは無駄な心労に終わった。
- ラクスはキラにプレゼントされたものなら、気に入らないはずがない。
- ましてキラの気持ちが伝わるこの品には大満足だ。
- にっこりと微笑んで礼を述べる。
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- 「とても気に入りましたわ。キラ、ありがとうございます。大事にしますわ」
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- そう言いながらラクスは早速着けてみる。
- そしてどうですかと、その胸元に輝かせて見せる。
- さりげなく飾られた感じがお互いの良さを引き立て静かに美しさを湛えているようで、キラは思わず見惚れてしまう。
- それを表現する言葉が見つからない程だ。
- 今もにこにこしながら名を呼ぶラクスに我に返ると、キラは頬をますます赤くして、だが満足そうに頷く。
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- 「うん良かった、とても似合ってるよ」
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- キラに言われてラクスも幸せそうに頬を染める。
- それからキラの腕に自分の腕を絡ませて、頭をキラの肩に寄せる。
- 二人とも大切な人と大切な時間を過ごすことができる喜びに、しばし身を委ねた。
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- 一方車の運転手を務めていたダコスタは、少し前にはラクス達の家に到着していたのだが、あまりにも幸せそうに二人だけの世界に浸る彼らに声を掛けることができず、どうすればいいのか頭を抱えて立ち尽くしていた・・・。
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