- 「よろしくお願いします」
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- ルナマリアとメイリンがちょこんと頭を下げる。
- カリダはにこやかに応じると2人を促す。
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- 「それじゃあ、早速始めましょうか」
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- 言われてルナマリアとメイリンの顔に緊張が走る。
- その気配を感じたのか子供達の中で年長者の少女2人が不安半分と、後の半分は興味津々といった感じで年上の新参者を見上げる。
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- 今日はルナマリア、メイリンとも休日だ。
- 普段はオーブ復興事業に従事し、持ち前の能力の高さで中心となって活躍しているが、マルキオ邸ではそうはいかない。
- 幼い子供達と同じレベルの手伝いしかできないていないのだ。
- その現状にこれではいけないと奮起した2人は、このところの休日はカリダに教わりながら家事をこなしていた。
- そして今日は、2人にとって最大の難敵である料理に挑もうとしていた。
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「Certain holiday」
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- 子供達の相手をしながら、シンはどこか上の空だった。
- それはルナマリアとメイリンの姉妹が料理をすることを心配しているためだ。
- 同じアカデミーで学び、ミネルバに配属されて戦乱の中を生き抜いてきた。
- 戦うことで自らの存在を示してきた、芯の強い女性であることは間違いない。
- そして戦争以外に青春と呼べる時間を過ごして来れなかったこともまた事実。
- 女の子らしくお洒落に気を使うし、手先も不器用ではない。
- だが彼女達は家事全般をしたことが無いし、誰かのために簡単なお菓子を焼いてみたりといったことも当然無い。
- シンの印象ではエースパイロットの姉と、オペレータの妹という戦う姿以外は知らない。
- だからあの2人が料理を作るという姿が、どうにも想像できないのだ。
- 現に初めて作ったというこの間の料理は、所々真っ黒に焦げていて、味も何とも表現しがたいものだったし、と思い出して身震いをする。
- カリダがついているとはいえ今度もどうなるかわからない。
- せめて食べられる物であれば、などと心配は今晩の食事の方へと移っていく。
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- その時転がってきたボールが足元に当たり、シンはそこで我に返る。
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- 「シン、ぼーっとしてちゃだめだよ」
- 「ああ、ゴメンゴメン」
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- 子供達の抗議の声に苦笑する。
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- ところでシンはと言うと、家事はからっきし駄目だった。
- 本人は何とかしようとしているのだが、全て空回りして返って邪魔になっていた。
- というわけで彼には子供達の面倒を見る、という仕事が与えられていた。
- そんなシンが人のことを心配できた義理はないのだが、とにかくルナマリアとメイリンのことを未だ心配しながら、子供達の呼ぶ方へと駆けていった。
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*
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- 事の発端はルナマリアの提案だった。
- オーブに移って数ヶ月、共に暮らす子供達やカリダの支えにより、シン達も随分と落ち着き、心の傷が少しずつ癒されていた。
- その後カガリの薦めで何とかオーブ復興支援の職にはついたものの、いつまでも世話を焼いてもらったり迷惑を掛けっぱなしではいけないと、皆のお姉さんを自負するルナマリアは握り拳を作って、シンとメイリンの前で高らかに宣言する。
- それに触発されたメイリンも一念発起し、姉妹はカリダの手伝いを申し出た。
- シンはというと、手伝いをすることに異論はなかったが、姉妹のエネルギーに終始圧倒されっぱなしだった。
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- それで結果はと言うと、掃除や洗濯はまあそれなりにできたのだが、料理だけはどうにもならなかった。
- ジャガイモの皮を剥こうとしては自分の指をナイフで切ったり、熱い鍋を素手で持とうとして火傷をしたり、とても料理どころではなかった。
- それを見たカリダは苦笑いしつつも、料理の特訓を約束してくれたのだ。
- 姉妹は手先が不器用ではないため、コツを掴めばすぐにそれなりの物は作れるようになるだろう。
- 何事も練習しなければ上達しない。
- それはナチュラルもコーディネータも同じだ。
- カリダは練習させるためにも、教えながら2人に今晩の料理を任せることにした。
- とは言え、皆のお腹に納めるものを作らなければならないという責任もあるため、普段料理当番に入っている2人の少女がサポートに就いていた。
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- 一方の姉妹はラクスに教授したこともあるカリダに教えてもらえるとあって感激しきりだった。
- ラクスは以前、姉妹にカリダに料理の仕方を教えてもらったと話したことがあった。
- 実際ラクスも簡単なお菓子作りや野菜の皮剥き程度の作業はできても、本格的な料理となると経験はなく、カリダに色々教わりながら子供達の料理を作っていたのだ。
- 姉妹はラクスに追いつけ追い越せの意気込みで料理に臨む。
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- しかしやはりと言うか、包丁さばきはぎこちないし、味付けの分量は適当だし、その都度カリダや少女達に指摘を受ける。
- ルナマリアはMSの操縦の方がよっぽど簡単だと、心の中で愚痴を零しながら必死の形相で慌しく騒がしく作業を進める。
- そして必死の思いが通じたのか、何とか人数分の料理ができあがり、カリダも2人の少女もホッと安堵の息を吐いたのだった。
-
-
*
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- その日の夕方。
- 食卓に並んだのはカレーライスだ。
- 初心者でも比較的簡単に大容量に作れて、子供達も好きなメニューを選んだ結果こうなった。
- 子供達は本来であれば皆歓声を上げて我先にと食べ始めるのだが、先に発せられたカリダの言葉に妙な緊張感に包まれて静まり返っていた。
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- 「今日はルナマリアさんとメイリンさんが一生懸命作ったのよ。皆たくさん食べてね」
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- ある意味で子供達の反応は素直だ。
- 前回の失敗作の記憶がしっかりと刻まれているため、本当に食べられるのなどと囁きあい、目の前の料理をじっと凝視する。
- 誰もが手にスプーンを持ちながら、互いに目配せして誰か先に食べろと訴えかける。
- だが誰もが牽制し合う中でなかなか口に運ぶ者は現れない。
- ならばと皆一斉にシンの方を振り返る。
- 突然視線が集中したシンは戸惑いながら、全員の期待が込められた眼差しにその意味を悟り、スプーンを握る手に力を込める。
- そして強敵に挑みかかるがごとく覚悟と決めて一匙すくうと、それをじっと睨みつけてから意を決して口に放り込む。
- そしてスプーンを咥えたまま、シンはしばし固まる。
- ルナマリアとメイリンを始め、カリダ、そして子供達も固唾を飲んで、次に発せられる言葉を待つ。
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- 「うん、美味しい」
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- 沈黙の後、険しかったシンの表情がにこやかなものに変わり、これまた妙な歓喜の声が上がる。
- そしてそれをキッカケに場の空気は一気に和み、子供達は我先にとカレーにかぶりつく。
- その様子にルナマリアとメイリンは嬉しそうに抱き合い、自分達もその輪の中に入っていく。
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- 「で、何でシンはあんなに厳しい表情で一口目を食べたわけ」
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- ルナマリアは自分達の料理の味に満足げな表情を浮かべた後、じろりとシンを睨む。
- その鋭い視線にシンはたじたじになりながら、カレーを頬張ってごまかし、ルナマリアの厳しい追及が始まる。
- その相変わらずな光景にメイリンと子供達が笑い合い、楽しい夕食の時が過ぎていく。
- 今日もマルキオ邸は常と変わらず賑やかだった。
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