- キラとアスランは食べていたものを喉に詰まらせて咽たり、口にしていた飲み物を吹き出してしまった。
- 汚いことこの上ないが、彼らも好きでそんなことをしたわけではない。
- 原因は目の前の少女の発言による。
- その発言は2人にとってあまりに予想外で聞きなれない単語であったために、体を駆け巡る衝撃を抑えきれなかったのだ。
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- 一方の発言した少女、ルナマリアはあれっという表情で首を傾げて目の前の端整な青年達を交互に見渡す。
- キラとラクスが恋人同士であるということは周知の事実だが、これまでプラントで過ごしてきた彼女にとっては、ラクスの婚約者はアスランで通っていた。
- ルナマリアの目から見てアスランは寡黙でどこか影を背負ったところはあったがかなりポイントの高い男性であり、それを振るなどとは考えもつかない。
- そのためラクスの新たな恋人、キラの登場は色々とショックだった。
- 実際初めてキラと会った時はアスランよりももてると勝手に評価を下し、好奇と羨望の眼差しを向けていた。
- そのことからも、ルナマリアの頭の中ではキラがアスランからラクスを奪った、という構図が出来ていた。
- それがあの伝説のフリーダムのパイロットであれば尚のこと好奇心が燻られる。
- ルナマリアは全く悪びれる様子も無く2人の向かいに座って返事を待っている。
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- 一方粗相を犯した2人は呼吸を整えつつたっぷりの沈黙の後、綺麗にハモって復唱するとまた固まってしまっていた。
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- 「「り、略奪愛!?」」
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「Stolen love !!」
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- キラはプラントに渡ってから初めて仕事でオーブへと戻ってきた。
- ラクスがプラント最高評議会議長として、オーブ首長国連邦代表首長であるカガリと政策の協議を行うためにオーブを訪れ、その随員としての帰還だ。
- 協議は順調に行われ、一日の宿泊の後プラントへ戻る予定だが、宿泊以降は自由な時間として調整されている。
- 宿泊する先も特に取り決めはなく、そのためカガリがしきりにラクスに泊まっていくように勧め、キラと苦笑し合いながらそれを了承した。
- 一方のキラは母であるカリダに挨拶をということで、今日はラクスとは別行動でマルキオ邸にお世話になることにした。
- それをカガリがアスランに伝え、キラはアスランに送ってもらうことになった。
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- 「アスラン、わざわざありがとう」
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- キラは笑顔で親友に挨拶する。
- アスランも笑顔を浮かべて返す。
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- 「気にするな。俺もシン達の様子が気になるからそろそろ寄ろうかと思ってところだ」
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- 今マルキオ邸には元々暮らしているマルキオ導師の他、引き取られた子供達、その面倒を見るカリダに加わり、シン、ルナマリア、メイリンが一緒に生活をしていた。
- まだ戸惑うことも多い彼らをアスランは気に掛け、時々様子を見にマルキオ邸を訪れていた。
- キラはアスランの言葉にそっか、と答えると彼らのこれまでの様子をポツポツと尋ねながら車は進んだ。
- しばらくしてマルキオ邸に到着したキラとアスランは、珍しく静かな歓迎を受けた。
- いつもなら子供達が大騒ぎで出迎えてくれるのだが、今の時間はかなり遅い。
- ほとんどの子供達は既に寝室に入っているし、片づけを手伝っていた年上の子供達も、寝る準備を済ませるとお休みなさいと寝室に入っていく。
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- 「シンの様子はどうだ」
- 「今日はもう寝てます。昼間はだいぶ子供達に振り回されたみたいですから」
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- ルナマリアは苦笑しながら答える。
- シンはこのところ子供達と一緒に外を走り回っていることが多い。
- ここ数日は雨が続いたが、今日は朝から快晴で久しぶりに外で遊べるとあって、子供達はいつもよりはしゃいでシンは引っ張りまわされていた。
- その疲れもあってシンも子供達に混じって寝室に居て、既に夢の中だった。
- その表情は最初にここに来たときに比べれば随分と穏やかに見える。
- それをそっと見たアスランとキラはホッと溜息を吐く。
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- 「まあ、以前のキラに比べれば手が掛からないだけマシか」
- 「何それ、僕ってそんなにひどかった」
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- キラが若干拗ねながら反論するが、アスランは呆れた表情で当時のことを指摘する。
- ヤキンドゥーエの戦闘が終結した後の様子を。
- 今だから思い出話として語れるが、その時のキラはこのまま死んでしまうのではないかと思われるほど心を閉ざし、何の感情も見せなくなっていた。
- それを立ち直らせたのはラクスが献身的に寄り添っていたからに他ならないことは、彼をよく知る人物なら誰もが周知の事実だ。
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- シンもここに連れてきた当初はそんなキラを彷彿とさせるほど憔悴し、心が傷ついていた。
- だがやはり子供達の笑顔と目の前で微笑む少女の支えが大きいのだろう。
- 日に日に明るさを取り戻している。
- それはとても喜ばしいことだ。
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- ルナマリアはシンの心配をしながら仲良く言い合いをする2人を微笑ましく見つめる。
- 同時に2人が何故こんなに仲が良いのかも気になった。
- 夕食がまだと言う2人に料理を準備すると、その向かいに座る。
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- 「キラさんは、ラクス様とアスランが婚約者の時に知り合ったんですよね」
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- 急に話を振られてキラは少し驚いたが、そうだねと合槌をうつ。
- アスランも隣でピクッと反応するが、何でもないふうを装い食事を口に運びつづける。
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- 「でも今はキラさんの彼女なんですよね」
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- 今度はしばし固まり、それから顔を赤くしてしどろもどろになりながらもしっかり頷く。
- そんな反応を示すキラを可愛いなと思いつつ、ルナマリアの口から衝撃的な発言が飛び出した。
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- 「それってつまり、略奪愛ですよね!」
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- とたんにキラは口に運んでいた料理を喉に詰まらせて目を白黒させ、アスランは口にしていた水を吹き出す。
- それが冒頭の話に繋がるわけである。
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- 本人達にすれば過去の話であり、今更気にすることではないことなのだが、聞きなれない単語に戸惑ってしまう。
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- 「えっと、そうゆうことに、なっちゃうのかな」
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- さらに長い沈黙の後、キラがやっとの思いで返事をする。
- 本人にしてみれば全くその意識はなかったので言われた時は驚いたが、確かに状況的にはそう見られても可笑しくない。
- しかしキラの方からラクスを誘ったこともないし、またラクスからも同様である。
- 好意があったのは事実かもしれないが、ハッキリとそれらを口にしたのはラクスとアスランが決別したずっと後の話だ。
- 決別した理由もラクスがキラに好意を抱いていたことはほとんど無関係だ。
- だからこそ今でもアスランにとって、キラもラクスも大切な友人として付き合っている。
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- 「お二人は凄いですね。いくら幼馴染でも普通そんな相手と友達として付き合うのって、すごく難しいと思うんですよ」
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- ルナマリアは無邪気に笑いながら2人を褒め称え、1人友情について信頼関係やなんだと熱く語る。
- キラもアスランもただ圧倒されるばかりだ。
- しかしルナマリアは会話をしながら、確かに女性にもてそうではあるが誠実だし、さっきの反応を見ても明らかにその手の話に奥手のキラがどうやってアスランの元からラクスを奪ったか、ということに次第に興味が移る。
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- 「で、キラさんはどうやってラクス様を落としたんですか」
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- また突然話題を変えられて、キラは再び料理を喉に詰まらせ涙目になる。
- アスランも椅子からずり落ちそうになるのをテーブルを掴んで何とか堪えると、ルナマリアを鋭く睨んで抗議する。
- だがそれで引くほど彼女も軟ではない。
- 目線の抗議など何処吹く風と、身を乗り出してキラに迫る。
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- 「いや、落としたって言われても。僕はラクスに何かしたっけ」
- 「そんなこと俺に聞くな。それはキラの問題だろう」
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- 実際キラはラクスに何かをしてあげたというものがない。
- 最初にアークエンジェルに保護した時に、少し話し相手になって、それからアスランに返したことぐらいしか思いつかないのだ。
- その後はラクスに甘えてばかりいた気がするし。
- やはりキラには思い当たる節は無い。
- 結局幼馴染達はその後の出来事をぎゃあぎゃあ言い合いながら、しかしルナマリアの答えに辿り着くことは無かった。
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- 「えーっと、自然の成り行き、になると思うんだけど」
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- 論争の挙句、キラはおずおずとルナマリアにギコチナイ笑みで答える。
- それしかキラには答えようがなかった。
- しかしルナマリアがそんな答えで納得するはずもない。
- さらに追求するルナマリアにキラとアスランはたじたじになりながら、何とかご飯を済ませるとアスランは逃げるようにアスハ邸へと帰っていった。
- さしものキラも置いて逃げたアスランを心の中で怨みつつ、ルナマリアの追撃を必死にかわしてあてがわれた寝室へと逃げ込んだ。
- その扉の前ではルナマリアが頬を膨らませて地団駄を踏むが、だったらラクス様に直接聞くまでよ、と次のターゲットを定めてよーしと気合を入れると自室へ戻っていく。
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- こうしてマルキオ邸の夜は更けていくのであった。
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