- ラクスは自宅の部屋で一人椅子に座り、自分の手帳に載っているカレンダーと睨めっこをしながらポツリと呟く。
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- 「もうすぐですわね」
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- 言いながら一緒に買い物にでかけたキラの目を盗んでこっそり買った、机に置かれた品を満足そうに見つめる。
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- ラクスのスケジュールは秘書官であるキラによって完璧に管理されている。
- 当然キラの休日もラクスに合わせて取られる。
- また休日もラクスが一人で出歩けられるはずも無く、出歩く時は護衛が必要で、その護衛はキラが務めることがほとんどだ。
- つまりラクスがキラに知られずに自由な時間を取ることはほとんどできないのだ。
- しかしプラントで最も責務ある職に付いたのだから、それは仕方の無いことだし、プラントにとっては大切なことだ。
- そのためキラの目を盗んで一人店に行ったことで、後でキラにホッとした表情で叱られることにはなったが。
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- だがラクスはこの買い物をどうしてもキラには知られたくなかったのだ。
- キラもラクスのプライベートなことは必要以上に詮索しないことは暗黙の了解になっている。
- 気にはなっているのだろうがラクスに笑顔で、これは私だけのお楽しみなのですわ、と言われればそれ以上聞くことはしない。
- ラクスの笑顔にキラは弱いのだ。
- それでどうにか切り抜けたラクスは、もう一度にっこり笑顔を浮かべてその品を見つめてから、手元のカレンダーに目を落とす。
- ラクスにとって、そしてキラにとっても大切な日まで後1週間。
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「Thank you for the birth」
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- その日、キラは珍しくラクスと別行動だった。
- キラがプラントの通信ネットワークシステム構築の技術顧問について数ヶ月。
- 新しい画期的な通信システムとしてプラント間の連絡に導入を始めたのだが、その通信にトラブルが発生したためだ。
- 本来はキラもラクスと同じく休日のはずだったのだが、緊急事態ということで止む無く、朝から復旧作業に出向くことになったのだ。
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- キラはヘリオポリスに居た時に工業科に所属してプログラムの作成等を学び、また持ち前の能力からそれらの技術はプラントでも群を抜いていた。
- それに目をつけた評議会議員、産業技術委員長のリディアがプラントの新興技術の開発の顧問就任を要請した。
- ラクスの仕事中、待ち時間に暇を少し持て余していたキラは、当時に希望していた仕事でもあったため、その要請には素直に喜んだ。
- ラクスに相談した結果快く了承してくれたので、二つ返事で要請を受けたのだ。
- その後キラはその能力をいかんなく発揮して、リディアが想定していた以上の素晴らしいシステムを開発したため、さらなる開発の技術顧問として留任を要請され、今ではラクスよりも忙しいくらいだ。
- 開発員もすっかりキラの実力に頼ることが多くなっていた。
- そんな矢先に起こったトラブルだ。
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- 「休日なのにお呼び立てしてすいません」
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- 開発室に到着するなり、キラより若干年上と思われる開発員の青年が頭を下げる。
- それをキラは笑って受け流すと、すぐに真剣な表情でトラブルの原因を確認する。
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- 「いえ、それより原因はまだわからないんですか」
- 「原因の箇所は何とか突き止めました。FパターンからGパターンへの接続変更で何らかの異常が発生しています。ですが何故それがエラーとなるのかと、解決手段はまだ・・・」
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- 青年は歯切れの悪い返事しかできないことに、さらに硬く申し訳なさそうな表情で現状を報告し、それらを簡単にまとめた報告書を手渡す。
- キラは渡されたそれにざっと目を通すと、ああでもないこうでもないと青年の話に相槌を打ちながら思考を巡らせる。
- 頭を開くことができれば、凄い速さで記号や計算式が飛び交っているだろう。
- そして担当の端末の前に座ると、華麗な手さばきで該当する処理のプログラムコードを表示して、そのロジックの処理シミュレーションを考える。
- それから数分後にはキラの頭にはその解決方法が出来上がっていた。
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- 「わかりました。多分この条件設定がまずいんですね」
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- 言いながらキラの指はものすごい速さでキーボードを叩き、あっという間にプログラムを書き換える。
- するとエラー表示が絶えなかったモニタから、メッセージが消えた。
- 直後ノイズが走って使えなかった通信モニタが正常に、通信相手の姿を映し出す。
- その早業に数時間かけてようやく原因の特定までこぎつけただけの開発員からは、驚きと感嘆の声が漏れる。
- 決して開発員達が無能なのではない。
- 彼らもプラントで指折りの優秀なエンジニア達で、キラが凄すぎるだけなのだ。
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- 「他にも類似プログラムがありますから、それらも一応チェックしておきましょう」
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- 言うが早いか、キラは類似プログラムを片っ端から開いては修正、テストをして次々と差し替えを行っていく。
- そのあまりに速い仕事振りに、作業員達はただ唖然と見守ることしかできなかった。
- 数時間後にはほとんどキラ一人で修正作業が終わり、実際にシステムを使用したテスト、確認を順次行っていく。
- そして問題のあった通信は全て復旧し、作業に当たっていた開発員からは安堵と歓声の声が零れ、キラに感謝と労いの言葉を掛ける。
- 時刻は夕刻前、4時を過ぎた所を差している。
- 出発前、キラはラクスにできるだけ5時までには帰るように嘆願されていた。
- 時間を確認したキラは、開発員に残った雑務を任せると開発室を後にする。
- 何とかラクスと約束した時間に帰ることができることに、キラは安堵の溜息を吐いた。
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-
*
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- 「ただいま」
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- キラは玄関の扉を閉めながら違和感に首を傾げる。
- 普段は行動を共にするためあまりないのだが、今回の様にキラが一人で帰ってくる時はラクスが必ず玄関まで笑顔で迎えにきていた。
- その逆もまた然り。
- だが今日はそれが無く、そのことに違和感を感じていた。
- まして行く前の状況から出迎えてくれそうだったのだが。
- まあそれをハッキリと約束したわけでもないので、出迎えが無いことはありえるのだが、ラクスの出迎えが無いことに少しだけがっかりしてキラはリビングの扉を開けた。
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- パン!
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- 突然クラッカーが鳴り響き、キラは驚いた表情でリビングを見渡す。
- そこには使用人達が笑顔でクラッカーを手にキラを出迎えていた。
- その中央からラクスが進み出でて、にこやかに会釈する。
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- 「お帰りなさいませ、キラ。お誕生日おめでとうございます」
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- まだ状況が掴めないキラだが、ラクスに言われて今日は自分の誕生日であることを思い出し、はっとした表情になる。
- 完全に自分が今日誕生日であることを忘れていたのだ。
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- キラが自分のことに無頓着なのは今に始まったことではない。
- ラクスはそんな予想通りのキラの様子に苦笑して、ゆっくりとキラに近づき、その手を取って本日の主役を誘う。
- 本当は朝から2人でデートをして、その間に使用人達にお祝いの準備をしてもらう予定だったのだが、緊急の仕事では仕方が無い。
- 一緒にいられる時間が少なくなったのは残念だが、キラが驚きまた喜んでくれるであろうことを想像しながらの準備は、それはそれで楽しかったので良しとする。
- そして使用人達と共に夕食を取りながら、ささやかな誕生日のパーティーを開いた。
- キラはラクスと使用人達に祝われて、喜びと感謝の気持ちで胸が一杯になった。
- それから皆がパーティーを楽しんだ後、キラとラクスは二人きりで家の庭をゆっくりと歩いていた。
- ラクスの計画もいよいよ大詰めだ。
- ラクスは高まる鼓動を抑えつつ、一つの包みをキラに手渡す。
- その包みはキラにも見覚えがあった。
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- 「あれ、これって・・・」
- 「はい、実はキラへのプレゼントだったのですわ」
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- その包みはラクスがキラに内緒で買った例のものだ。
- ラクスは悪戯が成功した子供のような無邪気な笑顔を浮かべる。
- それに苦笑しつつキラが包みを開けると、そこには男性物のネックレスが収まっていた。
- 黒い皮の紐の真中に3つのシルバーの星が連なったシンプルなデザインのものだ。
- キラはそれを手に取りしばらく見つめた後、ありがとうと言って着けようとする。
- だがうまく引っ掛けられず、ラクスがくすくすと鈴を転がした様に笑みを零すと、前から首の後ろに手を回して付けるのを手伝う。
- そして胸に下げられたそれをそっと撫でながら顔を赤くしたキラが、似合うかなとはにかむ。
- シンプルなデザインがさりげなく、それでいてキラを一層格好良く見せている。
- ラクスはそれを満足そうな笑みを浮かべて頷き、自らの思いの丈を吐き出す。
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- 「私は感謝しますわ。貴方がどんな産まれであろうとも、産まれてきてくださったことに。貴方をお産みになったお母様とお父様に、そして貴方と出会えたこの世界に」
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- キラは戦争に身を投じることになってから、ずっと自分の産まれに苦しんできた。
- でもラクスにとってそれはキラを否定する事実にはならない。
- 重要なのはキラが今、ラクスの隣に居ることなのだ。
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- ラクスの言葉にキラは胸が熱くなる。
- 自分の存在意義に悩みながらも、キラはラクスに対して同じ想いを抱いており、ラクスもまた同じ思いでいてくれたことが嬉しい。
- そしてラクスが傍にいることに改めて感謝し、幸せを噛み締める。
- その込み上げる思いはキラの胸の内からどんどん溢れ出す。
- 溢れた思いは、涙となって表れた。
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- キラの笑顔から零れるその涙を、ラクスは微笑んでそっとすくった。
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FIN
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- 日本語タイトル 「産まれてきてくれてありがとう」
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