- 今日と言わず、昨日からカガリの自宅ではばたばたと忙しかった。
- カガリはスピーチの内容確認やリハーサルに余念が無いし、アスランも警備体制のチェックや会場の準備の連絡に慌しく動き回っている。
- カガリの本音を言えば気の許せる者とだけでゆっくりと過ごしたいところだが、自分の都合だけで動くことができないのは国を預かる者として仕方が無い。
- それは本人達にとってはとても大変なことだが、嫌だとも少しも思っていない。
- 為政者としての自覚があるのはもちろんだが、周囲の期待を裏切りたくはないという気持ちもある。
- 戦争からの復興を目指すオーブにとって、久方振りの明るい話題であり、国民達の表情にも笑顔が戻りつつあるからだ。
- その笑顔が見られるなら、多少の苦労もさして問題ではない。
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- 今日はカガリ=ユラ=アスハの誕生日。
- オーブ国内はこのところ内外で為政者としての評判を高めている代表に非常に好意を抱いており、祝賀ムード一色だ。
- ”獅子の娘”は今もしっかり国民に愛されていた。
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「Birthday of sun」
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- 朝からカガリはまず自分の着る服装と戦っていた。
- 幼少からの付き人で乳母でもあるマーナに色々と教えられているため、一通りの着付けはできるのだが、未だにドレスというやつには馴染めない。
- 体を動かすことが好きなカガリには、窮屈で動きが制限されるこれらの服はストレスが溜まるのだ。
- 部屋から出てきたカガリの表情を見て、外で待っていたアスランが苦笑する。
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- 「別にいいだろ。こうゆう服は動きにくくて苦手なんだ」
- 「いやごめん、カガリらしいと思っただけだ」
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- あからさまに不服そうな表情ででてきたカガリに、アスランは笑いを堪えきれなかった。
- その反応が気に入らず、カガリはさらに頬を膨らませてアスランに喰ってかかる。
- だがそれを諌めたのはやはりマーナで、もっとおしとやかになどと注意をされ、カガリは不服そうな表情は崩さないながらも大人しくなる。
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- 良くも悪くも、父にして元代表のウズミに似た勝気な豪腕振りを発揮するようになったカガリだが、性別が違うと言うことで国民は別の面も期待している。
- ”獅子の娘”ともう一つ、”オーブの母”とも呼ばれる所以はそこにある。
- そのため女性らしい一面も示しておかなければ国民を失望させるし、対外的にも嘗められる。
- その辺りのことも理解しているカガリは、何とか気持ちを飲み込むと行くぞと声を掛けてずんずんと玄関へと向かっていく。
- その後姿を相変わらず苦笑しながら見つめていたアスランは、少し小走りで追いかけた。
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- 邸宅の外に出れば、今日は護衛ということでキサカの他にシン、ルナマリア、メイリンが控えている。
- こうゆう言い方は本来相応しくないが、彼らはアスラン同様正規の訓練を受けたコーディネータの元軍人であり、SPとしては間違いなく優秀だ。
- コーディネータとの融和路線を推し進めるカガリは、ナチュラルでありながらブルーコスモス残党の最大の標的の一人となっており、一度その襲撃を受けたこともあった。
- その時は幸いカガリに怪我も無く、アスランが持ち前の戦闘力で犯人を逮捕したが。
- そうゆうわけで、今回もそれらを警戒してアスランがシン達に護衛の依頼をしていた。
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- 実際にはシンとカガリの関係がまだギクシャクしたものであることを考慮して、アスランはルナマリアにその話を打診したが、彼女がシンもと推薦してきたのだ。
- シンはまだカガリに対して素直になれていないのは否めないが、彼らもカガリがオーブの、地球の平和のためにどれほど尽力しているか理解している。
- 素直になれないのはカガリに原因があるわけではなく、むしろまだシンの中に後ろめたい気持ちがあるからだ。
- 一時の感情に流されてオーブを一度は滅ぼそうとしてしまったのだから。
- だがカガリは全く気にする素振りも見せず、仲の良い友達のように接している。
- それをシンも嫌だとは思っていないので、今回の依頼を伝え聞くと渋ることなく引き受けた。
- こちなさが解消されるのは時間の問題だろう。
- ルナマリアとメイリンも良い傾向だと目を細めている。
- 説得されたアスランもルナマリアの気遣いに感謝しつつ、それを願って提案を了承した。
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- 玄関から出てきたカガリを見てシン達は、感嘆の中に意外そうな表情を浮かべて突っ立っている。
- カガリのドレスアップした姿を初めて見て、普段の印象からの変わり様に驚きを隠せなかった。
- その反応に再び膨れっ面になったカガリを、アスランが宥めつつ車に押し込める。
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- 「よし行くぞ。すまないが、警護は頼む」
- 「はい、任せてください」
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- 溜息を一つ吐いてから告げられたアスランの言葉に、ルナマリアが笑顔で応え、シンとメイリンも力強く頷く。
- 彼らはカガリの装いに妙な緊張感を抱いたのだが、その中身は普段と変わらない人柄にその緊張は緩み、変わって自分が果たすべき任務への強い意志を込めた。
- 彼らの思いを受け取ったアスランは少しだけ笑みを零すと、カガリの隣に乗り込む。
- 続いてメイリンは先導する車にキサカと共に乗り込み、シンとルナマリアはバイクでカガリ達の乗った車の後方につく。
- 周囲への警戒を厳に行う彼らだったが、道中何も問題は起こらず、イベント会場でも大きな混乱も無く終了した。
- だが慎重なアスランはここで気を抜くことはしない。
- 帰りのルートは夕闇に紛れて襲われる可能性もある。
- それらに気を配りながら帰路へとつく。
- だがそれも杞憂に終わり、陽も大分暮れた頃に自宅に戻って、シン達に礼を述べて彼らを見送ったところで、ようやくアスランはホッと胸を撫で下ろした。
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- 「さすがに今日は疲れたな」
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- ようやく動きにくいドレスから解放されたカガリは安堵の息を吐きつつ、リビングのソファーに腰を下ろす。
- カガリにとってはじっとしている事は、とてつもなく苦痛だった。
- 体を動かしている方が疲労感は心地よくそれほど苦に感じない。
- まあ色んな人にお祝いされる事に悪い気はしないが。
- とにかく解放感に安堵の表情を浮かべるカガリは、ソファーにぐでーっともたれかかっている。
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- そんなリラックス状態のカガリを横目に、脱ぎ捨てられたドレスをマーナがいつもの口癖を呟きながら拾い上げて、皺を伸ばしながら片付けをするために部屋を後にする。
- 入れ替わりにアスランが手にカップを持って入ってくる。
- カガリの態度に今日何度目かわからない苦笑を浮かべると、労いの言葉を掛ける。
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- 「お疲れさま」
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- 言いながらアスランが淹れてきたコーヒーを差し出すと、カガリはにこっと笑ってサンキューと受け取り口にする。
- 少し苦味があるが喉の奥がすっとするような感覚に、カガリは気持ちがとても落ち着いた。
- アスランも傍らに立ってコーヒーを味わいながら、無言のまま時間が過ぎていく。
- だが嫌な感じは無く、落ち着いた雰囲気が2人を包み撫でていく。
- 2人はその空気を甘受していたが、しばらくしてアスランは徐に手にしていたカップを机に置くと、カガリの前に立って咳払いをして、意を決したように言葉を紡ぐ。
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- 「誕生日、おめでとう」
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- アスランは微笑んで、少し恥ずかしそうに懐から小さな綺麗に包装された箱を取り出すとカガリに差し出す。
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- 「・・・ああ、ありがとう」
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- カガリはそれが自分への誕生日プレゼントだということに気付くのに一瞬の時間を要し、気が付くと頬を紅に染めて、ぎこちない笑顔を作って差し出された包みを受け取る。
- 別に大切に想っている人からのプレゼントに嬉しくないわけがない。
- ただお互い忙しい身であることはわかっているから、期待していなかったし、そんな時間がどこにあったのかと驚きで反応に困っただけだ。
- プレゼントを手にするとじんわりと嬉しさが込み上げてきて、思わず顔がにやけてしまう。
- カガリはそれを必死に押し殺しながら包みを開ける。
- 箱の中から出てきたのは太陽の形を象った小さなイヤリングだ。
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- 「何となく、カガリに似合う気がしたから」
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- アスランは問われる前に、そのプレゼントを選んだ理由を告げる。
- アスランにとってカガリの存在は、太陽の様に眩しく輝いて見えるから。
- それはアスランだけではない。
- カガリのにっこり笑った表情は、周囲を明るく元気にするのだ。
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- 予期せぬプレゼントと告げられた思いに心が熱くなり、カガリは込み上げるものを無理矢理押し込めようとして、アスランにぎゅっと抱きつく。
- そんなカガリの温もりを愛おしく感じながら、アスランもしっかりとカガリを抱きしめる。
- 早速耳からぶら下げられた小さな太陽が光を反射して揺れながら、そんな2人を優しく見上げていた。
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