このお話はSEEDSHINE PHASE-39の派生話です。それを読まなくても大丈夫な内容になっていますが、その点はご了承ください。
- ここはプラントの住宅街。
- マリューはとある家の前で佇んでいた。
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- キラから受け取った遺言に従いここまでやって来た。
- だがマリューは心臓が口から飛び出しそうなほど緊張していた。
- 必ずその約束を果たすと決め、そのことに何の疑いもなかった。
- しかしいざその時を目の前にすると、何を言えば良いのか分からず、どんな顔をすれば良いのか分からず戸惑ってしまう。
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- 付き添ったムウが大丈夫かと心配そうに気遣ってくれるが、残念ながら彼女の心を落ち着けるのにはあまり役立っていない。
- 逆に言えばそれほど強い不安があるということでもある。
- だがここまで来て、いつまでもうじうじと悩んでも仕方が無い。
- マリューはようやく腹を決めると、恐る恐る、勇気を振り絞って呼び鈴を鳴らす。
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- その呼び鈴に扉から顔を出したのは、まだあどけなさを残す少年だった。
- 無垢そうな瞳が一層マリューの胸を締め付け、言葉に詰まる。
- しかしその沈黙が相手に不信感を与えてしまったようだ。
- 少年は困惑した表情になる。
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- 「貴方が、タリア=グラディスさんの息子さんかしら?」
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- そう彼女はミネルバ艦長のタリアの遺言を果たすために、彼女の息子に会いに来たのだった。
- マリューは内心慌てて取り繕うと、努めて平静を装い、できる限りの柔らかい笑顔と声でそう尋ねた。
- 相手に伝わったかどうかは分からないが。
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- 「はい、僕がそうですけど」
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- 一応それは伝わったらしい。
- 少年は訝しげな表情のまま、しかしはっきりと答えた。
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「t is led to the will」
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- 自分を訪ねてきた見知らぬ人に、少年は強い警戒心を抱いていた。
- 扉から顔だけ出したまま、それ以上出てこようとしない。
- それでも家の中に戻ってしまわないあたり、完全には拒絶してはいないようだ。
- とは言え、一方は門の外、もう一方は半分家の中という対面は、傍目には異様な光景ではある。
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- 「貴方達は誰ですか?」
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- 再び長い沈黙が2人の間を支配するが、それを破ったのは今度は少年の方だった。
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- その言葉にマリューの周囲の空気も動き出す。
- これではいけないと内心苦笑を浮かべながら、マリューはふうっと一つ息を吐くと、凛とした声で少年に答える。
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- 「立場は違ったけど、貴方のお母さんと私は同じものを背負って向い合った者同士、ということになるのかしらね」
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- そう言って、切なそうに目を細めて微笑む。
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- 一方の少年はマリューの言葉に少し驚いた様子を見せる。
- それから今は亡き母のことを思い出したのか、悲しげに目を伏せる。
- やはり幼くして母を亡くした寂しさは、その胸に深く根ざしているようだ。
- その仕草が、またマリューの胸がチクチクと突き刺す。
- 彼女の命を奪ったのは自分ではないが、その状況に追い込んだという負い目が少なからずあるから。
- しかしだからと言って、自分達も譲れないものを抱えていたから、後悔などはしていない。
- それでも仕方がなかったと割り切れないのが、マリューの弱さであると同時に優しさでもある。
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- 「お母さんのことが、好きだったのね」
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- タリアの人柄を思い返しながら、そう微笑む。
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- 「さあ、あまり家にいませんでしたから」
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- だが少年は寂しさを紛らわせるためか、突き放すように首を横に振って告げる。
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- 逆にマリューにはそれが母が恋しくて仕方が無い、という感じに映る。
- そして何故タリアが自分に遺言を残したのか、分かった気がしていた。
- 多分自分の代わりに伝えて欲しかったんだと思う。
- 強く、そして幸せに生きなさい、と。
- 同じ立場で敵として向い合い、でもそこに共感できるものが強くあったからこそ、マリューにならそれができると信じて。
- それを思うと、マリューは百万の味方を得たような勇気が湧いてくる。
- 表情を引き締めると、これまでよりもずっと力強く、そして慈愛に満ちた声で言葉を紡ぐ。
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- 「お母さんは貴方のことを、とても愛していらっしゃったわ」
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- それは間違いないだろう。
- 敵であったはずの自分に託すほど、彼のことを心配していたのだから。
- 少年は目を見開くが構わず続ける。
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- 「だから貴方は貴方の信じる道を進めばいいの。お母さんもきっとそれを望んで、見守っていてくれるわ」
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- マリューの言葉に、少年は涙を零した。
- 傷ついたような、驚きを隠し切れない表情で。
- それから顔を背けると、何かを堪えるように震えてついにその姿を家の中へと消し、そのままドアを乱暴に閉める。
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- 邂逅はそこで終わった。
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- 少年はドアにもたれたまま、そのままズルズルとしゃがみ込み、母を想って泣いた。
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- きっとあの人は母の代わりに、大切なことを伝えにきてくれたのだ。
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- そう思うと、母と再会した気もして、涙を堪えることができなかった。
- 嬉しくて悲しくて。
- それから泣いてしまったこと、今の話も突然のことで、感情が抑えきれなくなって扉を閉めてしまったが、少し落ち着くと少年は心の中でマリューに感謝の言葉を述べる。
- そしていつかもう一度会いたいと願った。
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- マリューはしばし閉じられた扉を見つめていたが、やがてゆっくりと踵を返すと、来た道を戻り始める。
- だがその表情に悲しみも後悔もなかった。
- きっとあの子にもタリアの思いが伝わったと、伝えられたと思うから。
- だから後はあの子次第だ。
- きっと強い心を持って、生きてくれるだろう、と根拠は無いが確信していた。
- 何故ならあのグラディス艦長の息子なのだから。
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- もう少しあの子が大きくなったら、そうしたらまた会いに来よう。
- きっとその時は、もっと逞しく成長しているだろうから。
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- 彼の未来にそう思いを馳せたマリューは、胸の内で強く、そう誓った。
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