- キラはこれ以上ないくらい緊張していた。
- そしてそんな自分を小さく自嘲する。
- 別段緊張することは、人であれば可笑しなことではないし、特別なことでもない。
- それでも彼が自嘲するのは、もし今の状況が他の人に知れたら、きっと滑稽に映るだろうという思いがあるからだ。
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- そうキラは何か大事な会議に向かっているわけでもなく、また戦場に出るわけでもない。
- ただ家に帰っている、それだけのことなのだ。
- しかしキラの内には、緊張して然るべき事情がある。
- キラはこれから自宅に戻り、とある事を果たそうとしていた。
- 何を今更と言われるかも知れないことだが、それでも彼は事を成さずにはいられない。
- それは彼が生涯を掛けて誓うことでもあるのだから。
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- キラは緊張しながらも熱い決意を胸に、自宅への道のりを急いだ。
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「Proposal」
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- 家に帰ると、ドキドキする胸を抑えながら、キラは真っ直ぐサンルームへと向かった。
- 理由は至極簡単、ラクスがそこに居るからだ。
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- 既に臨月を迎えているラクスは、名目上産休という形で自宅で過ごしている。
- だが実際には、彼女はプラントの最高権力者であるわけで、またラクスという名前の力は予想以上に大きくて、そんな彼女でなければこなせない仕事がたくさんある。
- そのため自宅に評議会議員達が訪れては時事の報告や、書類の作成を依頼して帰っていくのだ。
- 今も何かの報告か依頼に来ていたのだろう、議員の一人がサンルームの扉から、キラと擦違い様に出てくる。
- キラも軽く会釈しながら、議員が出てきた扉を開ける。
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- そこはいつもの見慣れたいつもの場所なのに、どこか光に溢れて暖かい気がする。
- それはこれから自分が取る行動に対して緊張しているからか、はたまたラクスを想う気持ちがそうさせるのか。
- いずれにしても、そこにラクスが居るからだということは間違いない。
- キラはそんな自分の思考にクスリと一つ苦笑を零すと、ラクスの元へと一歩ずつ歩み寄る。
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- ラクスは近づいてきたキラの姿を認めると、口の両端を少し持ち上げて微笑み、お帰りなさいませと小さく手を振る。
- その表情にまたキラの心臓はドキリと跳ね上がる。
- 何とか顔を赤く染めることだけは我慢すると、ギコチナイ笑みと動きでラクスにただいまと告げる。
- それからどこかよそよそしい感じで向かい側の椅子に腰を下ろす。
- 明らかに動揺してしまっている自分を内心叱責しながら、しかしやはり心がふわふわと浮いているようで、体の中も熱く、自分の感覚もよく分からない。
- いざ本番を目の前にすると、気恥ずかしさと緊張で一杯になり、キラの頭の中は既に真っ白になっていた。
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- ラクスもキラの様子がいつもと違うことに気が付いた。
- いつもなら真っ直ぐ自分をその紫紺の瞳で見つめてくれるのに、今はキョロキョロと視線を泳がせている。
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- 「どうかなさいましたか?」
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- 心配そうにキラの顔を覗き込む。
- その仕草がまた愛おしく、キラの心を激しく掻き乱す。
- 同時にこの上なく、幸せな気持ちで満たされていく。
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- そんなラクスを見て、キラは改めてしっかりしなければと、自分に渇を入れ、大きく息を吸い込むと意識がピーンと張り詰めていく。
- まるでこれからMSで戦闘に行くかのような覚悟をするが、逆にそれが功を奏して、キラは落ち着きを取り戻した。
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- 「僕は君のこと、好きだよ」
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- 唐突にキラは、だが真面目な表情でラクスを見つめてそう告げた。
- ラクスは驚いて目をパチパチと瞬かせたが、すぐに少しだけ頬を染めて私もですわ、と答える。
- その声と表情が、またキラの心に幸せを満たしていく。
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- それを受けて柔らかい笑みを零すと、言葉を紡ぎ出す。
-
- 「僕は君とずっと一緒に居たい。君が僕を見つけて幸せになったて言ってくれたように、僕も君を見つけて、幸せになれたから」
-
- 改めてこれまでの日々を思い返す。
- ラクスが傍に居てくれて、どれだけ心が救われただろうか、どれだけ幸せな気持ちになれただろうか。
- あの戦争の後、ラクスの存在だけが自分を生へと繋ぎ止めた。
- そこにある温もりが、キラも知らない間に心を動かし、ここまでこれたのだ。
- だから例え我侭だと言われても、もうこの温もりを手放すことはできない。
- これからも生きていく限りは。
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- 「だからこれを、受け取ってくれますか」
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- そう言ってポケットから小さな箱を取り出す。
- そしてそれを開けると、そこには小さくでも強く輝く指輪が一つ、収まっていた。
- これはキラがラクスに送る婚約指輪だ。
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- 二人は既に夫婦となっている。
- 勝手にというか、ラクスがキラの居ない間に一人で手続きをしたためだ。
- そのことを別に怒ってもいないし、そもそもそんな状況にさせてしまったのは自分だという自覚もあるので、文句を言える立場ではないことも分かっている。
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- それでもキラはきちんと自分から想いを伝えたかった。
- ラクスの想いに応える形で自分の気持ちは伝えてはいるが、自分からその意志を告げたことはまだ一度もなかったから。
- 順序は逆になってしまったかも知れないが、キラは確かに自分の想いを形にし、それをラクスに与えたかった。
- そうキラはラクスにプロポーズするために指輪を買いに行き、その帰りだったのだ。
-
- 目の前で示されたそれをラクスはマジマジと見つめて、それから花が咲いたように笑顔を弾けさせた。
- 予想外の出来事に驚き、まだ内心ドキドキしているが、それでもキラにこうして愛されていると思える瞬間は、いつも温かくて胸が一杯になる。
- この人と巡り合えて本当に良かったと、改めて心から思う。
-
- 「付けてくださいますか?」
-
- ラクスは顔の火照りを右手で抑えて必死に隠すという無駄な試みをしながら、静々と左手を差し出し、そう尋ねる。
- キラは安堵したような笑みを湛えると、少し震える手で指輪を手に取ると、ラクスの左手の薬指にスッと通す。
- そうして指輪のはめられた手を胸の前で、とても大事そうに抱える。
- そして確かに感じる、その硬く確かな存在がラクスの心に幸せな気持ちを溢れさせる。
- ラクスも願うのは、この時がずっと続くことだ。
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- 「一緒に幸せになりましょうね」
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- ラクスはこの上なく幸せそうな表情でそう言って、隣に回ってきたキラの肩に頭を乗せる。
- キラも同じ様な表情でラクスをそっと受け止めると、なろうね、と相槌を打つ。
- そんな恋人達を祝福するように、鳥達の羽ばたきが起こした小さな風が、2人の間を通り抜けていった。
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