- キラとラクスは深い夢の中に居た。
- 今日も夜遅くに帰宅した2人は、就寝の準備を終えると直ぐにベッドへ飛び込み、1分と立たずに仲良く寝息を立て、この状態に至る。
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- ラクスはプラント最高評議会議長として駆け回り、キラはそれをサポートしながら新しい技術開発の顧問を兼任している。
- 明日も朝早くから会議に視察にと、本当に目も回るような忙しさだ。
- それは、いかにタフなコーディネータと言えども疲れもするだろう。
- しかし彼らの疲れの原因ははそれだけではない。
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- 突然けたたましい泣き声が寝室に響き渡る。
- 同時にキラとラクスはパチッと目を開け、飛び起きる。
- 自分達のベッドからそう遠くない場所に、ベビーベッドが置かれ、声はそこから大音量のスピーカーの如く響いて途切れることはない。
- その正体は、2人の愛の証である、双子の赤ん坊の泣き声だ。
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- 眠そうな目をこすりながらも、破顔しながらそれぞれ双子を抱き上げて、よしよしとあやす新米の両親。
- その両親の腕や胸の温もりに安心したのか、だんだんと泣き声は小さくなり、赤ん坊はすぐに穏やかな寝息を立て始める。
- それを安堵した様子で見守ったキラとラクスは、微笑みながら双子をそっとベビーベッドに戻し、自分達もベッドへと戻った。
- そして直後に2人も規則正しい呼吸を刻み始める。
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- このところこの赤ん坊達の夜泣きで、夜はいつもこんな調子で寝不足気味の2人。
- 彼らが毎夜泥の様にように眠りに落ちるのは、これが一番大きな要因だった。
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「Child-nurturing fight record」
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- ラクスは欠伸を何とか飲み込みながら、評議会議員達の定例報告を受けていた。
- しかし正直なところ、内容はあまり頭に入っていない。
- ラクス自身頭はよく回るし、知識も豊富に持っているが、それでもやはり専門的な話は難しく、理解するには時間が掛かる。
- まして連日の寝不足で頭があまり働いてくれない状況では、すんなり理解できるはずも無く、それは子守唄の如く耳に届いて、世界は、時間はボーっと過ぎていく。
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- そんなラクスの状態に気が付いたリディアは一つ咳払いをすると、嗜めるように聞いていますかと語気を強める。
- 言われてラクスはハッとして背筋を正し、完璧な笑顔を作って、はい、続けてください、と答える。
- その仕草に、リディアは溜息を吐くしかなかった。
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- このところ、会議中もボーっとしているころが多いラクスの様子に、リディアの心配募るばかりだ。
- 本人は気丈に振舞ってはいるが、普段ならしない厚い化粧で、目の下にできたクマを隠そうとしていることから、その心労はピークに達していることを物語っている。
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- キラの方も、彼にしては考えられないコーディングのミスなどが度々有り、時折欠伸をしている姿を見かけることから同じ様な状況だろう。
- 頑張るのは良いのだが、仕事に少し影響が出ている今の状態は褒められたものではない。
- やはり無理にでも説き伏せるべきだったかと、今更ながら悔やんだ。
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- この事態を当初から懸念していたリディアは、子育ては乳母に任せてはとも進言したが、ラクスに頑なに拒否された。
- 我が子の面倒を自分が見れないで、何がプラントの最高評議会議長なのか、と。
- 自分の子供すら幸せに出来なくては、プラント全国民を幸せにすることなど到底出来ない、というのがラクスの思いだ。
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- それはキラも同じ考えだった。
- 自分達の子供の世話は、親である自分達がきちんと行うべきだと、彼は強く主張した。
- キラは親の愛情というものが、時に叱られ、時に褒められそうして親子で触れ合うことがどれほど大切なことか、よく分かっていたから。
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- 尤もキラは、ラクスの負担を考慮して育児休暇、或いは議長職の退任まで進言したのだが、責任感の強いラクスはそれも拒否。
- 世界の情勢が大変な時に、それを理由に長く議長の席を空けることも、その責任を投げ出すこともできません、と言うのだ。
- 実際ラクス以上に、世界に影響力を与えられる人物はおらず、プラントも彼女に頼らざるを得ないといった問題もあるため、ラクスが議長職を退くことはできない相談だった。
- それもあったが、結局ラクスに弱いキラは、その意志を変えさせることはできなかった。
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- こうして周囲の心配を余所に、2人の子育てと仕事の両立が始まった。
- 子供の面倒を見ながら、仕事も精力的にこなしていく2人。
- しかしやはりというか、次第に壁にぶち当たっていくことになる。
- 最初は子供達の食事の問題で、今や議長室にはベビーベッドなどが設けられ、ラクスの育児室と化しているのが現状だ。
- 議長室に報告に来た議員などが、子供の泣き声に中断させられることもしばしばある。
- さらに今2人が直面している、夜泣きによる寝不足。
- 仕事中にボーっとしていることがあるようになり、周囲としてはハラハラしながら見守っている、というのが本音にある。
- そしてつい最近はいはいができるようになったことを喜んでいたら、ちょっとでも目を離したらあらぬところへ移動しているし、ますます一瞬たりとも気が抜けなくなった。
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- この状態で本当に仕事ができるのか、大いに不安になるところだが、そこは家事などは使用人達が、仕事はリディアを初め、評議会議員達が万全のサポートをしている。
- だからこそここまでやって来れたのであって、これだけ多くの人の助けが無ければ、こんなものでは済まなかったであろうことを考えると、改めて感謝せずにはいられない。
- ラクスはリディアの説教を聞きながら、心の中では深く頭を垂れていた。
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- 何とかこの日も執務をこなすと、キラとラクスは帰路へとつく。
- その腕の中には、きゃっきゃと笑みを零している赤ん坊の姿が見え隠れする。
- 疲れているはずの2人の表情は、それを微塵も見せずに、幸せそうな笑顔だけが浮かんでいる。
- 実際大変だと思うことは多々あるが、それでも子供達の笑っている顔を見られることは、2人にとってなにものにも代え難いものだ。
- その無邪気に笑っている顔や、穏やかな寝顔を見るととても心が満たされていく。
- 疲れていることも忘れて、一晩中子供の寝顔を眺めていられるほどに。
- だから周囲の心配とは裏腹に、2人は今この時間をとても幸せだと思っていた。
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- もっとこの幸せを噛み締めたいところだが、そろそろ寝なければ明日の仕事に影響が出る。
- 昼間に怒られたばかりなので、今日はしっかり休んで、明日からまたきっちりと仕事をしなければならない。
- 断腸の思いで今はその幸せな世界への誘惑を振り払うと、ラクスが優しく子守唄を唄いながら、キラが双子を抱いて体をリズミカルに揺らせて寝かしつける。
- 子供達は嬉しそうにはしゃいだ声を上げていたが、やがてとろんとした眼差しに瞼を被せて、すやすやと穏やかな寝息を立て始める。
- それは、温かな喧騒の一日が終わりを告げたことを示していた。
- 2人はようやく眠った双子をベビーベッドにそっと置くと、幸せそうに微笑み合って、今日もまた深い眠りへと吸い込まれていくのだった。
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