- アスランは自分の部屋に戻ると、ふうっ息を一つ吐いた。
- 戦争が終結して、再びカガリの元に戻ってからいくつかの季節が過ぎた。
- その間もカガリのSPや、正式にアスラン=ザラとしてオーブ組閣に入り外交問題へ積極的に取り組んでいる。
- 戦犯の息子と内外から揶揄されることもあったが、アスランはそれを正面から受け止め、それらの雑音を黙らせるほど精力的に活動して結果を残した。
- そんなアスランやプラントに居るキラを始め、周囲の助けもあって、確実に世界はカガリやラクスが目指す平和な世界へと歩み始めている。
- それは大変な疲労を伴うものだが、同時に充実に満ちた時間でもあった。
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- とりあえず今は色々と抱えていた仕事も一通り片付き、しばらくは急ぎの仕事はない。
- さすがにこのところ徹夜続きで仕事をしていたため、それにホッとする。
- 同時に少し寂しいような複雑な感情を抱いたことに自嘲すると、アスランはベッドに身を投げて目を閉じた。
- そして明日自分がすべき事を考えながらそのまま眠りに落ちていった。
- 明日が何の日かを思い出さないまま。
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「Shake Jade」
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- アスランはいつものように早朝からパソコンの電源を入れて、送られてきたメールや世界の情勢についての情報の確認を行っている。
- そこにカガリがおはようとやってくる。
- それにアスランは薄っすらとだが笑みを浮かべておはようと返す。
- それはいつもと変わらない彼らの一日の始まりだ。
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- だが今日はカガリの様子がどうもおかしい。
- アスランの目から見て落ち着きがないように見える。
- 明らかにいつもよりおどおどした感じで、目線をキョロキョロと泳がせている。
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- 「どうかしたのか」
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- アスランは怪訝そうに尋ねる。
- 見た感じ体調が悪いわけでもなさそうだが、国の代表を務めるというのは相当な激務だ。
- 想像以上の疲れが溜まっているのではと心配する。
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- 一方のカガリはアスランに尋ねられてビクッと反応してしまう。
- ある一言をどう言えば自然かということを考えていたのだが、いちいちどうにも挙動不審な動きをしてしまう自分を内心自嘲する。
- そしてうじうじと悩むのは元来好まないカガリだ。
- しばしの葛藤の後、意を決するとアスランの方に体をくるりと向けて切り出す。
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- 「なあアスラン、お前今日は休暇を、取らないか?」
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- 予想外な言葉にアスランは一瞬驚いた後、怪訝に寄せた眉間の皺がさらに深くなる。
- アスランが眉を顰めたのを見て、カガリは慌ててその場を取り繕うように言葉を続ける。
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- 「いや、ほら、プラントとの交渉の調整も何とかついたことだし、それまでお前ほとんど休んでなかったろ」
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- 何故突然そんなことをという疑問は残るが、カガリが自分を心配してくれていることだけは確かに伝わった。
- アスランはふっと表情を緩めるとやんわり否定する。
- 照れ隠しなのか、少しぶっきらぼうに。
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- 「大丈夫だ、それほど疲れてはいない」
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- それは良くも悪くもいつものアスランの態度だ。
- それがカガリに気持ちの余裕を多少持たせ、同時に少しばかりの怒りをもたげる。
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- 「駄目だ。お前はそうやってすぐ無理をするんだからな。体調を整えるために休むことも大事な仕事の内だぞ」
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- カガリは強い口調でそう告げる。
- アスランはこのところ明らかに無理を押して仕事をしていた。
- 確かに少々のことでは倒れない強さはあるし本人なりには休息もしているのだが、戦犯の息子と呼ばれたり、大事な時に敵対してしまったという負い目もあるのか、カガリの目には敢えて苦しい仕事や辛い作業を行っているように映っていた。
- 体力的にも精神的な疲労は強いはずだ。
- 一人で背負い込み過ぎなところがあるアスランだけに、それがカガリには心配だった。
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- 言われてアスランはカガリが自分のことを心配してくれるのは嬉しかったし、自分のことで要らぬ心配事を増やすのはしのびないと思い直した。
- そして少し考えるとカガリの申し出に甘えることにした。
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- 「分かったよ、今日は休ませて貰う。ありがとう」
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- そのアスランの答えを聞いて、カガリはホッとした笑みを浮かべる。
- その笑みには、先ほどは感情が先走ってしまったが、休暇を取らせたい目的が本当は他にもあり、ともかく予定通りにいったことへの安堵も含まれていた。
- しかしパソコンへと視線を戻したアスランはそれには全く気づく気配もなかった。
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-
*
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- そんな訳で、アスランはマルキオ邸へと足を運んだ。
- そこで暮らす子供達がハロが欲しいとねだったため仕事の合間に作っていたのだが、ちょうど完成したので渡してやろうと思ったのだ。
- ついでにシン達の様子を見て、と頭の中で今日のスケジュールを立て直していく。
- そんなことを考えている内に視界に、久しぶりだが見慣れた小屋が目に入り、軽い足取りで玄関へと歩を進めた。
- そして扉をノックするが誰も出てこない。
- 出かけているのかとも思ったが、中に人が居る気配は確かにする。
- 不思議に思って扉に手をかけると、鍵は掛かっておらずすーっと開いた。
- アスランの胸にふと不安が過ぎり、緊迫した雰囲気を纏う。
- 強盗に押し入られたとか、そういった事態を想定したからだ。
- 反射的にアスランは懐に手を伸ばすが、そこに目的の物は入っていなかった。
- 休暇で子供達のところへ行くということもあって銃を持ってこなかったのだが、そのことに後悔して舌打ちする。
- しかし本当に強盗などに襲われているのなら戻っている時間はない。
- 素手で立ち回る覚悟を決めると、壁に背をこするように警戒しながら廊下を進む。
- そしてリビングの扉の前に辿り着くと、勢いよく扉を開けて部屋に飛び込む。
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- アスランは突然のパンという破裂音に一瞬驚き身構えるが、目にした光景に呆気に取られる。
- そこにはカリダや子供達、シン、ルナマリア、メイリンもにこにこと立っていて、その手にはクラッカーが握られていた。
- まだ事情が飲み込めず呆然とするアスランに子供達がわーっと駆け寄り口々に声を掛ける。
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- 「誕生日おめでとう」
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- 言われてアスランは今日が自分の誕生日であることに初めて気が付いた。
- あっという表情を見せたアスランに、カリダは相変わらずなのねと苦笑すると、騒いでいる子供達を静めながら事情を説明する。
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- 「まだお昼だけど、カガリさんは夜は時間が空かないから、今からパーティーをするのよ」
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- 全部カガリさんが企画したのよ、とカリダもちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
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- それでアスランにはカガリの朝の様子も納得がいった。
- この内容を知られないようにここに来るよう仕向けるために、どう言おうかと考えていたに違いない。
- そんな葛藤を想像すると可笑しさが込み上げてくる。
- そんな笑いをかみ殺すアスランの背後から当の本人がひょっこり姿を現し、気が付いたルナマリアとメイリンがウィンクして親指を立てれば、カガリも同じポーズで返事を返す。
- そんなカガリにしてやられたと笑みを返すアスラン。
- それを満足そうな笑みで見つめると、カガリは本音を零す。
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- 「私にはこんことしかしてやれないけど、やっぱりお前が居てくれて本当に良かったと思うから」
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- 時に擦違ってしまったこともあったが、苦しい時に傍にいて欲しいと思うのはやはりアスランだったし、今はしっかりと支えてくれているのが本当に嬉しい。
- だからせめてその感謝の気持ちだけでも伝えたいと、伝えなければならないと思った。
- 自分にとって一番大切に想う人だから。
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- カガリの言葉にアスランは不覚にも目頭が熱くなる。
- そして色んな負い目から一人で抱え込んでいたものが軽くなった気がした。
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- 「何黄昏てんですか。ほら、行きますよ」
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- シンが笑顔でアスランの背中を押して子供達の後を追いかける。
- アスランはああ、と頷くと必死に涙を堪えてパーティの料理が用意された席へと移動する。
- だが再び自分も最も大切だと思うその人の笑顔を視界に捕らえた時、堪えきれずに瞳から光る雫が一つ流れ落ちた。
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