- 「結婚、か」
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- 星が眩しいほど輝く深淵の夜、カガリは真っ暗な部屋の中で、スタンドライトのみが照らし出している机の上に伏せていた。
- 左手を頭の上に持ち上げて、顔は折り曲げた腕の中に隠したまま目だけをそちらへ向ける。
- その薬指にはこれまで外していたが、それでも大切にしまっていた指輪が光っている。
- その光が今はとても眩しく見える。
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- 自分はいつかまた、きちんとこれをはめてもらえるのだろうか。
- キラとラクスの結婚式から戻ってからカガリはそんなことを考えて、物思いに耽ることが多くなった。
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- かつて望まぬ相手と望まぬ契りを交わそうとした時にはまた結婚をしたいとは思えなかったのだが、ラクスの今まで見たことも無い幸せそうな笑顔にその考えは変わりつつある。
- 自分にとって関係の深い者達の結婚を見て、あんなに幸せそうに笑えるなら結婚もいいなと、ぼんやりと、だが深く根付いた結婚に対する願望。
- 明らかに自身の結婚について強く意識するようになっていた。
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- 代表首長としての責任を果たすことをこれまで最優先してきたカガリ。
- そのスタンスはこれからもそう変わらないだろう。
- だがそこに自身の幸せは全く入っていなかった。
- それを考えてはいけない気もしていたから。
- でも今は、結婚を意識し、自分も幸せになれたらと思う気持ちが確かにある。
- そしてそれでも良いと思えるようになっていた。
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- そんなことを考えながら、薄っすらと自分の花嫁姿を想像して思わず赤面してしまう。
- それは普通の女性と何ら変わらない仕草だった。
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「Blessing to two clumsy people (First volume)」
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- 結局カガリは、昨日はほとんど眠れなかった。
- 一人でうじうじ悩むのは嫌いな性質だが、こんな話を誰に相談すればいいかも分からず結局一人で考え込んでしまった。
- それを少し反省しつつそれを悟らせまいと、常と変わらぬように意識して、既にリビングのテーブルについている相手に挨拶を交わす。
- その相手、アスランもカガリの声に反応して顔を向けると笑顔で応える。
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- 大丈夫、いつもと変わらない朝だ。
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- そんなことを思いながら、だが昨日から考えていることは頭を離れない。
- 今はいつも自分の傍に居てくれて、その相手に最も望む男はどう思っているのだろうかと、つい気にしてしまう。
- できることなら今すぐでも確認したいのだけれども、色々あって一度自ら距離を置くことを選択しただけに、なかなか切り出し辛い。
- またどうやって聞けばいいかもよく分からない。
- 結局訪れるのは、沈黙の時間。
- それがやるせなくてカガリは、はあっと溜息を吐いて、それから机の上に散らばっている物に目を止めて、その一つを手に取る。
- それをじっと見つめていたカガリの口から、自然と言葉が零れた。
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- 「キラもラクスも幸せそうだよな」
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- それはキラから送られてきた、ラクスと子供を抱いて幸せそうに微笑んでいる写真だ。
- 見ているだけで心が和むような。
- そんな2人の幸せを祈るように、カガリは思いを馳せる。
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- 「そうだな」
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- アスランも朝の日課である情報収集をしていた手を休めて写真へと視線を落とす。
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- これまで負わなくてもいいものまで背負って苦しんできた彼らだからこそ、幸せになって欲しいと心から願う。
- それは友として純粋に、深く彼らの幸せを祈るものだ。
- その目は今まで見たことが無いほど、優しさに溢れている。
- 普段感情をあまり見せない彼も、友を大切に思っているのが良く分かる。
- カガリはチラリとそんなアスランを見て、内心では驚いた。
- そしてやはり、彼もまた2人の幸せを願っているのだと思うと密かに嬉しくなった。
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- 同時に初めて見るアスランの優しい目に、若干の戸惑いもある。
- そんな目をされれば何となく期待してしまうではないか。
- しばし頭の中で葛藤を繰り広げたカガリだが、やがて思い切って口にする。
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- 「お前、結婚したいと思うか?」
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- 言ってからカガリは自分の顔が耳まで赤くなるのを自覚する。
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- 何をいきなり言い出すんだ私の口は。
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- 自分で自分を叱責するが、言ってしまったものは今更取り消せない。
- 開き直ると、顔は赤いままじっとアスランを凝視する。
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- アスランも唐突に言われてポカンとした後少し顔を赤くする。
- 目を見開いて一瞬カガリの方を見つめた後、恥ずかしさに視線を逸らす。
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- 「まあそれは、機会があれば、な」
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- アスランもまたキラとラクスの結婚式を見て、自身のそれを考えないでもなかった。
- あんな風に笑えるのなら自分もいつか、ということを想像し、それを考えると気恥ずかしくも温かな気持ちになれた。
- それから多分目の前の写真を見て、カガリもそんなことを考えたのだろうと思いながら質問を切り返す。
- 少し意地悪かな、とは思いながら。
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- 「そうゆうカガリはどうなんだ。このところぼーっとしてることが多いみたいだが」
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- まさか自分に質問が返ってくるとは思っていなかったカガリは、急に言われてあたふたしてしまう。
- 自分の気持ちがバレるのを何となく恥ずかしく思い、口の中で落ち着け、落ち着けと言い聞かせて一つ深呼吸をする。
- 何だかんだで為政者として、一癖も二癖もある大人達を相手に対等に渡り合う力を身につけたカガリだ。
- すぐに冷静な態度を取り戻すと、遠くを見やるように窓の方へ視線を向けて、呟くように静かに答える。
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- 「そりゃあ、私だってな」
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- カガリが急に大人っぽい憂いも帯びた表情をして、アスランはドキッとしてしまう。
- 心臓の鼓動が急激に速くなり、目を逸られなくなる。
- 辛うじてポーカフェイスを保ちながら、内心必死に自分の心臓を宥める。
- それが自分の本当の気持ちを自覚させ、どうしようもなく幸福な気持ちにさせ、同時に切なくもさせる。
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- しばらくしてカガリがアスランの方へ目を戻し、視線同士がぶつかる。
- そのカガリの熱っぽい視線に想いは伝わってくる。
- 自分も大切に思っているから。
- そうなれば自分もどれほど幸せだろうか。
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- しかしそれが相手にとって幸せなことかは分からない。
- ただ今分かっているのは今までよりもはるかに険しい、棘の道になるということだけだ。
- 気持ちだけあってもどうにもならないことが、現実にはたくさんあるのだ。
- だからこそ、自分ではいけないと自らの想いに蓋を被せる。
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- 「焦らなくても、きっとお前に相応しい良い相手が見つかるさ」
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- アスランは素っ気無く呟き、ありったけの強がりで何でもない風を装って、またパソコンに視線を戻す。
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- 一方、もっと別の言葉を期待していたカガリはその言葉にショックを受けた。
- 少なくとも自分のことは大切に思ってくれているという自惚れがあった。
- それで良いと思わせる言動も、これまで多々あった。
- 想いが伝わっていないわけでも擦違っているわけでもないことはよく分かっているつもりだった。
- それだけにアスランの言葉に納得がいかない。
- 気恥ずかしさも忘れてアスランに詰め寄る。
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- 「お前まだ気にしてるのか。自分がコーディネータだとか、戦犯の息子だとかいうことを。誰の息子とか関係ない。お前はお前だろ」
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- カガリの言うことは尤もだ。
- 子は親とは違う人間であり、子が親と同じ道を歩むとは限らない。
- それはアスランも理解している。
- 自分は自分だ。
- 誰に何と言われようと、父とは違う人間であり、アスラン=ザラ一個人としてこれまで道を歩んできた。
- それは自信を持って言える。
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- だがそれは彼らや近しい者達の間でのみ通じる話だ。
- 裏にある事情を全く知らない第三者から見れば、アスランはどこまでいってもパトリックの息子であり、一度張られたレッテルが執拗に付き纏うのもまた事実だ。
- 何よりそれを一番歯痒く思い、もがいているのは、アスラン自身だ。
- この苦い思いはそんな父を持った彼だから、彼にしか分からない。
- それ故に思わず感情的に声を荒げて、厳しい表情でカガリを睨みつけてしまう。
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- 「だが、周りの人はそうは見ない。お前はナチュラルでオーブの代表、俺はパトリック=ザラの息子でコーディネータなんだ」
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- ラクスとカガリ、彼らを支える者達の努力により、以前に比べれば随分とナチュラルとコーディネータの溝は確かに埋まった。
- 今ではお互いが対等の立場で外交交渉を行えるほどに。
- それでも戦争が起こったキッカケを考えると、その根は深く、まだまだ抱えている問題も多い。
- 個人的にコーディネータに嫉妬を抱くナチュラルは少なくないし、ナチュラルを見下すコーディネータも存在する。
- そんな状況の中でナチュラルとコーディネータが結婚することなど、まだまだ夢物語のような話なのだ。
- ましてカガリは地球にある一国の代表であり、自分は歴史に戦犯として名を連ねるコーディネータの血縁者だ。
- 自分達と親しい者はきっと祝福してくれるだろう。
- だが国民感情や外交問題を考えると、全体では賛成する者が果たして何人いるか。
- 国を預かる者として、自分の思いだけでは軽はずみな行動は取れない。
- それぞれが簡単に捨てることを許されない肩書きを持ち、その責務を背負っているのだから。
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- 「どんなに俺達が喚いても、現実はそうなんだよ」
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- オーブの未来を、何よりカガリの身を案じるからこそ、アスランは冷たく突き放す。
- ようやくここまで復興したオーブをまた滅亡の危機に晒し、カガリの泣きじゃくる姿はもう見たくないから。
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- 言われたカガリはひどく傷ついたような表情で、目を見開いてアスランを見つめる。
- その視線に耐え切れなくなり、アスランはきつく目を閉じる。
- その行動がカガリには拒絶に見えた。
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- カガリもアスランの言う現実は理解している。
- その障害は大きく叶う可能性が限りなく低いものだということは、アスランよりむしろカガリの方がずっと自覚しているのだ。
- でもだからこそ、言葉だけでも欲しかった。
- 実現はしなくても、でも少なくともその未来へ向かって進むための大きな力に替えられると思ったから。
- 自分達が望むのは、そんな世界だから。
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- だが目の前の男はその言葉すら否定した。
- まるで最初から全て諦めているかのように。
- 一緒に目指してきたと思った世界を、まるで本当は目指していないとでも言うかのように。
- それがカガリに激しい怒りをたぎらせ、同時に言い様のない寂しさが胸を締め付ける。
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- 「この分からず屋!」
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- 机を叩きつけて立ち上がると、そう捨て台詞を残してカガリは部屋を飛び出す。
- その目に溜まった涙を儚く散らしながら。
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- アスランはその後姿を見ながらこれで良いと納得させようとしたが、胸に刻まれた痛みは熱く脈打ち、表情を苦痛に歪めさせる。
- そしてそのまま激しい後悔の念に打ちのめされ、崩れるように机に肘をついて頭を抱える。
- 本当の心はそんなことを少しも望んでいないことを分かっている。
- 本能は彼女を抱いてしまえと囁く。
- だが理性は、彼女のためを思うなら突き放せと突っぱねる。
- どこか遠くへ連れ去ってしまいたいと思うほど、愛して止まないのに。
- 愛して止まないからこそ、激しいジレンマに歯噛みする。
- 自分が近づけば近づくほど、彼女を苦しめるというこの悪循環に。
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- どうしていつも、彼女の必要な時に、必要な人間でいられないのだろうか。
- この時ほどアスランは自分がコーディネータであることを、ザラの息子であることを呪ったことはなかった・・・。
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TO BE CONTINUED
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- 日本語タイトル 「不器用な2人に祝福を(前編)」
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