- カガリはいつにも増して仕事に打ち込んだ。
- 彼女は個人的なことで傷ついても、国の代表としての責務を放り出すわけにはいかない。
- それに忙しくしている方がそんなことを考えないで済むと思ったから。
- だからがむしゃらに、仕事のことだけを考えるように意識した。
- しかし強がって何でもないように振舞っていても、胸に感じる隙間風に当たっているような痛みや虚しさは消えることはない。
- むしろ強まっているようだ。
- それがどうしても集中力を妨げる。
- こんなことじゃいけないとカガリは頭を振って席を立ち、少し気持ちを落ち着かせようと執務室の外に出て、しばし佇んでいた。
-
- 「カガリさん、じゃない、アスハ代表、大丈夫ですか?」
-
- とても苦しそうな表情をしているカガリに、たまたま通りかかったメイリンが心配そうに声を掛ける。
- カガリは他人から見ても分かるほど顔に出ていたことに自嘲すると、バツが悪そうに苦笑する。
-
- 「ああ、何でもない・・・」
-
- そうですか、と言いながらメイリンはまだ心配そうにカガリを見つめている。
- いつも大変そうにはしているが、それでも快活さは失われずとても精力的に仕事をこなしている姿しかメイリンは見たことがなかった。
- それが憔悴しているというかひどく落ち込んだ状態に、心配せずにはいられない。
-
- そんなメイリンに大丈夫だと繰り返しながら、カガリの頭にふと過ぎるものがあった。
-
- 「お前、まだアスランのこと、好きか」
-
- カガリは胸の痛みを必死に堪えながら尋ねる。
- 一方のメイリンはというと突然そんなことを尋ねられて、どう答えて良いか分からず、顔を赤くして言葉に詰まってしまう。
- それをカガリは肯定と取った。
- まだ想いがあるのなら受け取ってもらえるだろうと、深く考えないで望みもしない言葉を口にする。
-
- 「アスランのこと、ちゃんと任せたいと思うんだが」
-
- 少し投げやりに、自分の気持ちを押し殺しながら。
- だが仕方がないと自分を納得させようともしていた。
- 自分が相手では幸せになれないと思うのなら、幸せになれる相手と一緒になって欲しい。
- キラ達と同じ様に、アスランにも幸せになってもらいたいと思う気持ちは、嘘偽りのないものだから。
-
- だがカガリの態度にメイリンは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに怒りを露にした。
-
- 「どうしてそんなこと言うんですか!」
-
- カガリはいきなり大声で怒鳴られたことに驚き目を丸くして、メイリンの怒りに満ちた、そして悲しげな目を見つめる。
-
- 「本当に好きなら、ちゃんと自分の意志を通してくださいよ!」
-
- メイリンも本当は知っている。
- カガリはアスランのことを好きだし、アスランもカガリのことをとても大切に思っているということを。
- それをこの数年、近くで散々見てきたのだ。
- だから自分の淡い想いでは敵わないと悟り、まだ想いを引きずりながらそれでも2人を応援したいと、やっと心から思えるようになったのに、これでは自分の決意が馬鹿らしいではないか。
- メイリンは堪えきれなくなり、ポロポロと涙を零しながら訴える。
-
- 「じゃなきゃ私、すっごく惨めじゃないですか!」
-
- 心の底ではアスランと想い合えたら嬉しいという気持ちがないとは言えない。
- それでもメイリンにもプライドがあり、またそんなことで想いが叶っても幸せになれるとは到底思えない。
- 同時にカガリとアスランの間に何か問題が起きて、その仲にヒビが入ったかと思うと、それがとても悲しかった。
- 自分が信じていたものに、ひどく裏切られたように。
-
- ついに居た堪れなくなって、泣きながらメイリンは走り去る。
- カガリにはメイリンには悪いことをしたと思いながらその背中をじっと見つめ、メイリンの言いたいことが痛いほど分かった。
-
- でも私がよくても、あいつが拒否したんだ。
-
- カガリは唇を噛んで声にならない叫びを飲み込みながら、壁にふらふらと寄りかかると苦しげに涙を堪えて天を仰いだ。
-
-
-
-
「Blessing to two clumsy people (Second volume)」
-
-
-
- その夜、自分の部屋に戻ったアスランは電気も点けずにベッドに腰掛けると、目をきつく閉じて頭を抱える。
- 昼間は黙々とMSのメンテナンスや、自分に課せられた仕事をこなしていたのだが、その心が晴れることも、忙しさに紛れることもなかった。
- 頭ではカガリのためにもこれで良かったと納得させようとするのだが、心はそれを激しく拒絶している。
- それが返ってカガリへの想いの強さを自覚させ、アスランの胸を締めつけるのだ。
-
- 悶々と考え込む中、通信機の呼出し音がけたたましく鳴り響く。
- ビクッとその音に反応して、それからワンテンポ遅れる形でのろのろと、抑揚のない声で通信に出る。
- 通信の相手はアスランのあからさまに元気の無い様子に苦笑しながら、努めて明るく振舞う。
-
- 「久しぶり、アスラン。元気にしてる?」
-
- 通信してきたのはアスランの一番の親友であるキラだった。
- アスランは通信の相手がキラであることに驚いたが、またカガリと喧嘩したんだって、と言われてまた表情を曇らせ押し黙る。
- どこから聞いたか知らないが、今のアスランにとっては最も触れて欲しくない話題だ。
- 今の状況はキラにも悪いと思うが、誰の親の元に産まれたか、コーディネータとして産まれたかは自分ではどうしようもない。
-
- 「所詮無理なんだよ。コーディネータとナチュラルが一緒になるなんてこと」
-
- アスランは吐き捨てるように零す。
- だが一度零すと止まらなかった。
- 相手がキラだということもあるのか、溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、胸にある思いをぶちまける。
- アスランの悲鳴のような吐露が終わるまでじっと聞いていたキラは、それが終わると静かに、だが真剣な表情で自分の思いを語り始める。
-
- 「僕だって、それほど周囲の人達に賛成された訳じゃないよ」
-
- それは事実だ。
- 子供が先に出来てしまったことも然ることながら、元々キラのことをよく思っていない評議会メンバーやザフト軍上層部など、未だにキラへの嫌悪感を隠そうともしない。
- そのことにラクスが胸を痛めていることも知っている。
-
- 「僕自身も普通じゃない産まれで、それでラクスと一緒に居ても、子供達の父親になってもいいのかなって、すごく悩んだよ」
-
- ラクスのためを思えば、このまま自分は居なくなってしまった方が良いと一度は本気で考えてしまったから。
- 多分今のアスランも、同じ様な心境なのだろう。
-
- 全ての思いを吐き出して少し落ち着いたのか、アスランは渋い表情で、黙ってキラの言葉に耳を傾けていた。
- そしてハッとなって顔を上げる。
- 立場やその対象の違いはあれど、キラもまた同じ様に悩んでいたことに。
- アスランは少しだけ、心にわだかまっていたものが剥がれ落ちるのを感じる。
-
- しかし2人の条件は根本的に異なる。
- 片や一般にその素性が知れていない者と、プラントで最も民に愛される者の、コーディネータ同士の結婚。
- 片や英雄としてかつ戦犯の息子として有名なコーディネータと、地球で最も求心力を集める一国の代表でナチュラルとの結婚。
- その障害となるものが大きく異なるのは、少し考えれば分かることだ。
-
- 「だが、俺はそうはいかない。まして世界はまだナチュラルとコーディネータの結婚なんて・・・」
-
- 言いながら言葉に詰まってしまう。
- アスランは状況を良くも悪くも理解している。
- だから無理だと、無謀な高望みはすまいと言い聞かせている。
- しかしそれは本当の望みではないからこそ、アスランは言葉に詰まったのだ。
- 尤も本人はそのことに気づいていないが。
-
- キラもそんなアスランの言わんとすることが分からなくはない。
- でもだからこそ、アスランには諦めて欲しくない。
- 自分と同じ様に悩み、苦しんで、そして共に戦ってきた彼だからこそ幸せになって欲しいのだ。
- その相手が自分と血の繋がった姉弟であるのならば尚更。
-
- 「だったら、アスラン達がその最初になればいいじゃない。いつか誰かがやらなきゃならないんだったらさ」
-
- アスランにはっぱをかける意味も込めて、キラは言い放った。
- 対照的にそんなことを無邪気に言うキラに、アスランは唖然とするしかなかった。
- 突拍子もないことをいつも言うこの幼馴染に、今度は頭痛がしてきた。
- 思わず手を額に当てて顔を顰める。
- その様子に苦笑しながらも、キラは続ける。
- 心からの願いを。
-
- 「僕は君にも、カガリにも幸せになってもらいたいんだ」
-
- それはアスランとて、カガリに幸せになって欲しいという気持ちは同じなのだ。
- むしろキラよりも尚強いと言っても過言ではないだろう。
- だからこそ、だからこそどうしても1歩が踏み込めない。
-
- 「けど、俺が居ることがカガリの幸せになるとは思えない。俺のせいであいつが、カガリがバッシングを受けて苦しんで欲しくはないんだ」
-
- アスランは苦しげに言葉を搾り出す。
- それは今日キラが初めて聞く、アスランの本音だった。
- それが聞けたキラは少し安堵の息を吐く。
- それから気持ちは分かるとキラは前置きした上で、でも幸せってそうゆうことじゃないでしょ、と諭す。
-
- 「幸せって苦しいことがないってことじゃなくて、一番大切な人が傍にいること。一緒に支え合って、苦しいこととか辛いことを乗り越えていくってことじゃないかな、って僕は思うんだ」
-
- キラは自分のことを思い返して、自分自身でも噛み締めるように言葉を紡ぐ。
- 自分だってラクスだって、辛いと思えることはたくさんある。
- けれどそれを2人で話したり触れ合ったりすることで心が軽くなって、頑張ろうって気になれた。
- 辛いことも乗り越えて来れた。
- それは自分達だけが特別なことだとは思えない。
- ならばきっと、アスランとカガリなら乗り越えられるはずだと信じている。
- 何故なら彼らはキラが最も信頼を寄せる親友と、血を分けた姉弟なのだから。
-
- 「僕は君を信じてる。だって君、”アスラン”だろ」
-
- 昔と変わらない笑顔で、キラは言い切った。
- その表情と言葉にアスランは驚きの表情を見せるが、彼のの心に何よりも強く暖かく響く。
-
- 「僕もラクスも、いつだって君達の力になるから」
-
- それはキラの決意でもある。
- 激しいバッシングが予想される中でも、何があっても彼らを信じ、彼らの味方になるという。
-
- そんなキラの想いに支えられて、アスランの中で何かが急速に変わり始めていた。
- 次第にアスランの表情が暗く思いつめたような表情から、苦しくも未来を切り開くべく意志が込められたものに変わっていく。
- それはキラがよく知るアスランの表情だ。
- 真面目で不器用で頼りがいがあって、何より諦めない強さを持っている、昔からよく知る彼の本質。
- その表情を見て取ったキラは、もう大丈夫だねと心の中で呟いて安堵の笑みを零すと、じゃあ頑張ってね、と通信を切った。
-
- アスランは真っ黒になったモニタに向かって小さく感謝の言葉を述べながら、今しがたのキラとのやり取りを、そしてカガリとのやり取りを反芻していた。
- 自分は一体何を見て、考えていたのだろうか。
- キラは最後まで他のどの肩書きにも捕われない、友達のアスランとしてしか自分を見なかった。
- なのに自分は、あの時は確かにオーブの代表としてしか、カガリを見ていなかった。
- 自分自身も、ザラの息子としか認識していなかった。
- 名前や産まれに拘っていないと言っておきながら、実は一番拘っていたのは自分自身なのだということに気づいて自嘲すると、決意の篭った顔を上げる。
- もうその瞳に迷いや恐れは無かった。
- アスランは大きな決意を胸に、勢いよく立ち上がった。
-
-
TO BE CONTINUED
-
- 日本語タイトル 「不器用な2人に祝福を(中編)」
― ショートストーリーメニューへ ―