- アスランはガムシャラに走った。
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- 決意を固めたアスランは、考えるよりも先に部屋を飛び出していた。
- キラに言われるまで気が付かずに、また同じ過ちを犯すところだった自分を叱責しながら、ただ一人の相手のことだけを考え、その場所を目指して。
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- 本当に自分は何を考えていたのだろうか。
- 一度何もできない自分に焦って、何かするために選んだ行動が正しいと思い込んで道を誤まって、その時に手放してしまったものがたくさんあった。
- それでも仲間達が支えてくれて、自分の居場所に戻ってくることができた。
- そしてようやく長い時間をかけて再び歩み寄り、絆を築いてきたというのに。
- それが相手の気持ちを考えない言葉となって発せられ、それで傷つけてしまって、もしかしたらもう手遅れなのかも知れない。
- それでも行かねばならない。
- 自分は一度だって自らの望みを口にしたことはないのだから。
- 相手が望んでいるにも関わらず、それが為になると思わなかったからという理由で。
- 否、本当は違う。
- 怖かっただけだと思う、今のこの関係が壊れてしまうことが。
- それを相手のためを思ってという理由付けをして逃げていただけなのだ。
- だから今度こそ逃げずに、本音でぶつかることを、自分の本当の想いを告げることを決意した。
- 他の誰でもない一人の男、”アスラン”として後悔しないために。
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「Blessing to two clumsy people (Last volume)」
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- カガリは自室に戻ると一人悩まずにはいられなかった。
- 昼間にメイリンに言われたことが頭の中でずっと響いている。
- それは言われるまでもなく、ただのカガリとしてであれば何も迷わない。
- 誰に何と言われようと貫きたいからと思っている。
- だが同時に一国の代表としてそれが許されないこともあると、理解もしているし自覚もしている。
- 代表である以上、時に己のことも客観的に見て、周囲のために自分を犠牲にせざるを得ない部分もあるのだ。
- それはどちらも正しい選択だ。
- それ故に2つの意識に板挟みになって、それでも想いを貫いても良いかということに、答えを全く見出せないでいた。
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- そこへアスランが、ノックもせずに勢いよく扉を開けて部屋に飛び込んでくる。
- そして肩で息をしながら、険しい表情でカガリをじっと見据える。
- その普段からは考えられないアスランの行動にカガリの思考は一気に停止して、まじまじと見つめ返す。
- とにかく状況が飲み込めず呆然としたままだ。
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- 一方のアスランは息を整えると何かを言いかけるが、結局それを飲み込んでしまう。
- そんな自分に焦れながら右手を頭にくしゃりとやると、何かを振り払う様に手を頭からバッと下ろす。
- そしてその手で手首を掴んで強引にカガリを外へ連れ出す。
- カガリは驚き、若干の抵抗をしながらも、アスランにされるがまま、手を引かれて家の外へと出て、どんどん家から遠ざかる。
- 余裕の無いアスランはカガリを気遣うこともできず、後ろを確認しないままかなりの早足で歩き、カガリはそれを小走りで何とかついていく。
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- アスランはようやく星が見える小高い丘の上まで来たところで足を止めると掴んでいた手を離し、カガリの方を振り返る。
- カガリは速いペースに肩で息をしながら、少し抗議の意味も込めてアスランを睨む。
- そこで先ほどのやり取りの後、初めて交わる互いの視線。
- そして甦ってくる今朝の出来事。
- それが彼らの心を重くし、結局押し黙ったまま長い沈黙の時間が訪れる。
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- 勢いよくカガリを連れ出したはいいが、実はアスランはそこから先のことを考えていなかった。
- まだ少しの躊躇いがあり、それが先ほど言葉を飲み込んだ理由でもある。
- 外に連れ出せば多少状況を変えられると思ったのだが、事態はそんなに甘くなかった。
- 自分の考えの浅はかさを嘆きつつ、何とかしようとアスランは天を仰いだり、ああっと息を吐いたり一人忙しない。
- カガリは何が何だか分からないままだが、アスランが何か大切なことをしようとしているということだけは分かったので、呼吸が落ち着くと固唾を飲んでアスランの行動にをじっと見つめている。
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- アスランは未だどう切り出すべきか悩んでいたが、いつまでもこのままでは何にもならない。
だいいち、既に腹は括った筈だ。
- 自身を叱責すると、成るように成れとアスランは半ば開き直って、改めてカガリの方へ向き直り、深々と頭を下げた。
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- 「今朝のことは、すまなかった」
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- 一方のカガリは、アスランの行動についていけず戸惑う。
- いきなり謝られても、カガリはどう反応していいか分からない。
- だがゆっくりと頭を上げたアスランの真剣な表情に口を挟むのを躊躇い、またじっとアスランの言葉に耳を傾ける。
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- アスランとすれば、まずは今朝泣かせてしまったことへの謝罪だった。
- あの時にカガリが望んだ言葉がどんなものかを分かっていながら、それでもその気持ちを裏切ったことへの。
- だが嘘を言ったつもりもない。
- あの時はそれがカガリのために最も良いことだと信じていた。
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- 「けど、あれは俺の本心じゃない」
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- 唯の”アスラン”としては一度たりともそんなことを思ったことはなかった。
- 何の柵にも囚われず、自分とそして相手と共に歩むことを望む一人の男としては。
- ようやく、カガリに自分の本当の気持ちを、その一端を告げることが出来た。
- その事実が心を奮い立たせる。
- アスランは握り拳に力を込めると、もう躊躇わずにこれまで胸に秘めてきた思いの全てをぶつける。
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- 「俺はカガリのことを、世界で一番大切にしたいと思っている」
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- 一度心は離れてしまったけれど、その気持ちは揺らいだことは無い。
- そして誰にも負けない。
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- 「どんなに周囲の目が厳しく非難にさらされても、俺はお前を守る。守ってみせる!」
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- 言いながらアスランは心の底から改めて気が付いた。
- ああ、だから俺は、怖かったんだと。
- 守れずに、また大切な人を失うことを。
- けれどももう2度と迷わない決意を新たにする。
- この言葉を違えぬようにすることを。
- そして自分の一番の望みを告げることを。
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- 「だからずっと傍に居て欲しい。俺と一緒になってくれ」
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- 真っ直ぐにカガリの目を見据えて、アスランはついに告白した。
- 言って妙にスッキリした気持ちでいることに、内心自分のバカさ加減に改めて呆れる。
- 気持ちはこんなにもハッキリしていたのに、伝えることはこんなに簡単なことだったのに、と。
- そんなことを考えながら、アスランはじっとカガリの瞳を見据えて彼女の答えを待つ。
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- カガリはしばしの間を置いてから顔を耳まで真っ赤に染め、それから目尻に溜まった涙を堪えるように唇を噛み締めた。
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- 「ばか、やろ〜」
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- 突然のプロポーズにはっきり言って驚いた。
- 夢なのではないかと思うほどに。
- だが恥ずかしいほど感じる視線、息が苦しくなるほど激しい鼓動と体の内から湧き出る熱、夢にしてはこの感覚はリアルすぎる。
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- ようやく聞くことができた望みの言葉に、カガリは搾り出すようにそれだけ答えると、大粒の涙を零しながらアスランの胸に飛びつく。
- カガリも最早迷うことはなかった。
- どんな逆境に晒されようとも、きっと2人で乗り越えてみせる。
- ”カガリ”の望みは最初から一つしかなかったのだから。
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- アスランは飛びつくカガリを受け止めながら、苦笑を浮かべて確認する。
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- 「その返事は、俺はどう取ればいいんだ」
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- アスランの中に答えは既にあるが、まだ不安もあるしきちんと返事は聞きたい。
- もし自分の思い違いだったらそれこそ恥ずかしい。
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- 一方でカガリの目から見て、アスランがYESと取ったことは明白だった。
- その表情を見ればまた堪らなく胸がいっぱいになり、どれだけ想っていたかを自覚してしまう。
- だが散々振り回された上にそれを素直に認めるのは少し悔しいから、素っ気無く答えてやる。
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- 「ふん、お前の思ったとおり、ということにしといてやる」
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- 俯いたままだがぷいっと首を横に振って。
- ある意味一番らしい答えに、アスランはいっそう愛おしさが増す。
- 溢れそうになる涙を押し込めるように、カガリをぎゅっと抱きしめる腕に力を込める。
- その腕の中の温もりが、今までに無くとても温かなものに感じられた。
- カガリも包まれているその熱に溺れるように身を委ねた。
- 今までに感じたことの無い、幸福な感覚に。
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- そのままじっと抱き合う2人は、長かったこれまでの出来事を思い返しながら、今ようやく一つに重なった想いを二度と離すまいと、もう一度心に決めた。
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*
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- 「どう、2人の様子は」
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- そんな2人を見守る影が一つ。
- その影がつけているインカムから零れる電子音の声が、耳元で響いている。
- それはインカムで通信をとりながら、木の影から2人の様子を遠巻きに見守っていた、メイリンだった。
- そして通信で声を出しているのはキラだ。
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- 実はメイリンはカガリと分かれた後に、居ても立っても居られずキラにそのことを相談したのだ。
- その後キラがアスランと話をして、アスランがカガリのところへ行ったと思うけど、という連絡を受けたメイリンは、少し様子を見ようとカガリの元を訪れた。
- そうしたらアスランに引きずられるように引っ張られていくカガリの姿を見つけ、こっそりと後をつけて今に至る。
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- 木の影に隠れてから逐一キラに状況を報告しつつ、ハラハラしながらずっと見ていたメイリンだが、やがて2人が抱きしめ合うと心から安堵の息を吐いた。
- 感動的な場面に浸っていたメイリンはキラの問いかけに我に返ると、目尻に溜まった涙を拭って笑顔を見せる。
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- 「はい、羨ましいくらい抱き合ってます」
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- そう言いながら2人から目を逸らし、隠れていた木に背中を預けて天を仰ぐ。
- そして小さな胸の痛みと、晴れやかな喜びに天を仰ぐ。
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- 「でも、君は良かったの?」
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- キラは良かったと安堵の息を吐いてから、尋ねる。
- メイリンもまたアスランを好きだということは知っているから。
- 尤もラクスが教えてくれたからだが。
- 知った理由は何にせよ、好きな人が自分と違う相手と結ばれたところを見たら、少なからずショックはあるのではないかと心配した。
- だがメイリンに不思議と後悔の気持ちは少しも湧いてこなかった。
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- 「はい、お2人がちゃんと結ばれて、本当に嬉しいんです」
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- これで自分の気持ちもちゃんと終わらせて、次に進むことが出来る。
- これが望んでいた結末でもあることは確かだから、笑顔でおめでとうと言える。
- カガリの話を聞いたときはどうなるかと思っていただけに、心から祝福と安堵の息が零れる。
- そしてこれから2人で幸せになってくれることを切に願う。
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- キラはメイリンの答えに、そう、とだけ言ってインカムの向こうで微笑む。
- 彼女にもいつか幸せが訪れるように、そっと祈りながら。
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- 「あれであの2人もなかなか頑固で不器用だからね。これから色々と迷惑をかけると思うけど2人のこと、よろしく頼むね」
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- それからキラは悪戯っぽく笑いながら、2人の行く末をメイリンに託す。
- 彼もまた2人の幸せを願って止まないから。
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- メイリンはキラの言いように吹き出して、はいと答える。
- そしてどちらからともなく、くすくすと笑い始める。
- まだ抱き合っている2人を邪魔しないように、そんな小さな笑い声が月明かりの下で優しく響いていた。
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FIN
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- 日本語タイトル 「不器用な2人に祝福を(後編)」
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