- カガリはその日もいつもと変わらず忙しい時間を過ごしていた。
- 国政を預かる者というのはとにかく忙しい。
- やれ政府の会議だ、外交政策の確認だ、内政への対応だ、国民へ演説等々。
- 一体いつ休みを取っているのかと思われるほど。
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- また一児の母として、息子の面倒も見なければならない。
- 3歳になる息子ユウキは、大人しく手もあまり掛からないが、それでも決して簡単なものではない。
- 夫であるアスランも協力はしてくれているが、やはり育児をしながら仕事をするというのは大変なことだ。
- それこそ休日が育児で潰れることも多い、というより、休日は育児のためにあると言っても過言では無い。
- しかし当の本人は、やる気と意欲に燃えており、仕事の手を緩めることも、育児を疎かにすることも無かった。
- そんな忙しいカガリだから、今日が何月何日で何の日かなど、全く分かっていなかったし、気にも止ていなかった。
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- 尤も、この時ばかりはそれを好都合と思っていた者達もいた。
- 普段は働き過ぎを心配して、適度に休みを取るように促しているのだが、とある目的のために数日前から色々と準備に取り掛かっていた。
- それはカガリには知られたくないことでもあるので、秘密裏に事を運ぶには丁度良い。
- そんな彼らの思惑をカガリは知ることも無く、今日という一日が過ぎようとしていた。
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「Surprise birthday」
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- 執務机の前に積まれた書類の山。
- いつものことではあるが何年経っても慣れることはなく、それを見て溜息を吐くカガリ。
- これは最早習慣だった。
- とは言え、2度目の大戦が起こる前であれば、時々投げ出して部屋を抜け出したりもしていたが、今は確固たる代表としての自覚があり、そんなことはない。
- 一つ深呼吸をして気合を入れ直すと、それらを手に取り黙々と目を通してサインをしていく。
- そうして当人はいつもと変わらない日常を過ごしているつもりだった。
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- だがいつもと違い、周囲の者達がそわそわしているのを敏感に感じ取っていた。
- 幾度も外交交渉や、政治の会議を行う中で、相手の嘘と本音を嗅ぎ分ける嗅覚や、雰囲気などを見抜く眼力というのが備わってきたカガリには、それが苦も無く分かった。
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- 「今日は何かあったか?」
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- 気になって近くにいた秘書などに聞いても、笑顔を浮かべて曖昧に言葉を濁すだけでまともに答えは返ってこない。
- その様子にカガリは首を傾げる。
- 1人や2人だけならそれほど気にも止めないのだが、明らかに自分以外のほとんどが何やら落ち着きが無いのだ。
- それが少しだけ不安を煽る。
- 国の代表として、重要な行事や祝日といったことは、全て把握しているつもりだった。
- それなのに、自分が知らない行事や予定があったのだろうかと、1人悩むカガリ。
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- しかし元来深く悩むことは嫌いな彼女だ。
- 何か必要であれば自分を呼びに来るだろうと、それを気にするのを止め、再び書類に目を通し始めた。
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*
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- そうして時間は、あっと言う間に夕方まで流れた。
- 結局いつもの仕事以外は特に声を掛けられることもトラブルも無く、結果スムーズに進められて久し振りに夕方に一日の仕事が終わった。
- その頃には周囲のそわそわの理由が何かということも忘れ、カガリは一日の達成感を感じながらうーんと一つ伸びをする。
- そこに、アスランとキサカが揃って現れる。
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- 「どうした、何か問題でも起こったか?」
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- カガリは険しい表情を浮かべて姿勢を正すと、突然やってきた2人に尋ねた。
- 仕事でもよく顔を合わせ、代表執務室を訪ねてくる2人だが、揃ってとなるとこれまで緊急の会議や、演説の時以外は無かった。
- それもかなり切迫した問題や状況の時ばかりだ。
- だからカガリは、今回もそういう問題が起こったのだと思い込んだ。
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- 咳き込んで尋ねてくるカガリを見て、アスランはどうやら今日が何の日か忘れているらしいことに苦笑しながら、まあそんなところだと曖昧に答えると、カガリを連れて行く。
- キサカもアスランの答えに込み上げる笑いを噛み殺して、アスランと並んで歩き出す。
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- しばらく廊下を進んだ3人だが、カガリは問題が起こったという割には、慌てた様子も無い2人を訝しく思い始める。
- 最も信頼をしている者達だから何の疑いも無くついてきたが、結局詳しい説明も無いままここまで来てしまった。
- しかし何が起こっているのか分からないため、とりあえず黙って付いていく。
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- 「この部屋だ」
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- しばらく歩くと、とある扉の前で立ち止まった。
- 一見何の変哲も無い普通の部屋だが、どうやら中からは人の気配もするので、何か対談をすべき相手がいるのだと、カガリは思った。
- 少し緊張した面持ちで身構え、扉を見つめる。
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- 「ではカガリ代表、この扉を開けてください」
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- そんなカガリに、キサカがいつになくにこやかな表情で促す。
- そこでカガリは問題など起こっておらず、2人が何かを企んでいることに気が付いた。
- 内心騙されたことが悔しくて地団太を踏む。
- まさか貶めるつもりではないだろうが、こそこそと隠し事をされることを嫌うカガリは、怒りの表情を露にする。
- しかし内容は全く想像もつかないだけに、何か驚かせる気だろうがそうはいかない、誰が驚いてやるものかと、威勢良く売られた喧嘩を買うかの如く、カガリは勢いよく扉を開けた。
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- パン!
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- カガリが扉を開けると同時に、いくつものクラッカーの音が鳴り響く。
- カガリは驚いた表情で、目の前の光景を凝視する。
- そこには笑顔でクラッカーを手にしている、アークエンジェルの仲間達、そして普段自分を支えてくれるスタッフ達の姿があった。
- 思っていたものと違い、拍子抜けするカガリ。
- 確かに自分を驚かせるためのようだが、どうやらお祝い事らしい場の雰囲気に、思考がついていかない。
- 一体何のめでたいことがあったのだろうかと首を傾げるばかりだ。
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- アスランは笑顔を浮かべてまだ呆けているカガリの肩を叩くと、耳元で囁くように告げる。
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- 「やっぱり忘れてたな。今日はカガリの誕生日だろ」
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- カガリは言われてしばし思考を巡らせて、あっと声を漏らす。
- ようやく今日が何の日か思い出した。
- そう確かに今日は自分の誕生日だ。
- それで全てのことに合点がいった。
- 朝から周囲がずっとそわそわしていたのも、このためだったということに。
- そこまで考えて、今までそれに気付かなかったことを恥ずかしく思い、薄っすらと顔を赤く染めた。
- まさか自分に内緒で、こんなサプライズが用意されているとは思わなかった。
- こんなにも嬉しい誕生日は無い。
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- 「皆、ありがとう」
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- カガリは万感の思いを込めて、感謝の言葉を口にする。
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- だが感謝したいのは、むしろ皆の方だ。
- 国の代表として、そして今世界を平和へ導くリーダーとして、彼女が奮闘しているからこそ、こうして幸せに暮らせるのだということを感じている。
- だからせめて感謝の気持ちを表そうと、アスランの呼び掛けに快く応じたのだ。
- サプライズが成功したことに満足げな笑みを浮かべる一同。
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- そんな彼らの後ろから、ユウキがその幼い手には抱えきれないほどの花束を持って現れる。
- 恥ずかしそうにもじもじしているが、アスランに背中を押されてカガリの前に立つと、おずおずと、しかし精一杯の笑顔を浮かべて花束を突き出す。
- カガリは膝を折ってそれを受け取ると、ユウキの頭を撫でながらこの日一番の笑顔を見せた。
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