- ヒカリとコウは長い行列の間から顔を出して、今か今かと先頭の方を伺っている。
- そんな双子にキラとラクスは苦笑して、頭をそっと撫でて宥める。
- 示された開園時間までもう少しあるし、覗き込まなくても相手は逃げはしないからと。
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- しかしそれにしても、とキラは自分の目の前に広がる人の列に圧倒される。
- 確かにプラントにはこれまでになかったものだから、たくさんの人が興味を持つことは分かる。
- だがそれにしても本当にすごい行列だ。
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- 今彼らが行列に並んでいるのは、プラントに先日初めてオープンした『水族館』。
- 通常の生活において、動物と接する機会の少ないプラントにおいてそれは新しい試みであった。
- 特に海というものが存在しないプラントでは、海という所に住む生き物は不思議な世界の住人達だ。
- それを水族館は見せてくれるというのだから、プラントの人達が興味を持つのはごく自然な流れだった。
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- そんな水族館を、たまたま見ていたテレビのCMでしていた紹介を双子が目にした。
- そしてそこに映し出された幻想的な青い色の水槽と、その中を泳ぐ魚の姿に惹かれて大きな興味を持った。
- 両親に迷惑を掛けるような我侭を言いたくはない。
- だが双子に湧き上がった好奇心を抑えることは出来なかった。
- 両親にそれはそれは真剣に、だが申し訳もなさそうに行きたいと頼み込んだ。
- 珍しく駄々を捏ねた双子にキラとラクスは笑顔を零すと、次の休日に連れて行くと約束した。
- 滅多に我侭を言わない双子のたまのお願いくらい、親として叶えてやりたいから。
- そんな父と母に、双子が心底嬉しそうな表情で大好きだと抱きついたことは、言うまでもなかった。
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「Go to the Aquarium」
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- ようやく開園して中に入ると、そこは別世界に迷い込んだようだった。
- 入り口を通るとすぐ目の前に見えるのは一目ではとらえきれないほどの大きな水槽が、まるで映画のスクリーンの様に広がっている。
- そしてそこには神秘的な青い色と、その中を群を成して泳ぐ魚達の姿が映し出されている。
- 双子はもちろん、キラとラクスもその光景に圧倒され、感嘆の息を零す。
- かつてアークエンジェルで潜伏していた時にも、展望室から似たような光景は見ていたが、あの時よりももっと鮮やかに、幻想的に見える。
- きっと状況が異なるからだろう。
- 戦争の真っ只中にいたあの頃と違い、愛しい人と愛しい家族と穏やかな気持ちで見ているから。
- キラとラクスは同じことを考えていた。
- 顔を見合わせるとくすりと微笑んで、もっと近くでと急かす双子に手を引かれて転びそうになりながら水槽の方へと近づく。
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- しばらくそれを見上げた後、次の通路へ進むと色々な魚が小さな水槽ごとに入っていて、双子は初めて見る魚に一つ一つその水槽を覗き込みながらあれは何とはしゃぐ。
- キラは双子の問いに、水槽の前に書かれた名前と説明を読んで、自身もへえーとその生態などに頷いている。
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- 「ただ今よりイルカショーを開催致します」
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- そうして水族館の中をだいぶ奥まで進んだところで、係員がマイクで客達に呼びかけていた。
- どうやら特設会場ではイルカのショーもやっているらしい。
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- 「イルカショー?」
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- 双子は聞きなれない言葉に何だろうという表情で父と母を見上げる。
- ラクスもさあという表情でキラの方を振り返る。
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- 「イルカっていうお魚さんが、ショーを見せてくれるらしいよ」
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- キラがパンフレットに書かれた説明を見ながら双子に説明する。
- イルカは正確には哺乳類なのだが、初めて見る者にとっては魚だと見える容姿をしているので、仕方が無いのかも知れない。
- ラクスと双子もその間違いには気付かず、ただ興味津々といった様子でショーの開業へと足を向ける。
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- 会場に足を踏み入れるとそこには円形の水槽があり、それを見下ろすように周囲をぐるりと座席が設けられている。
- 既にほとんどの席が埋まっているが、ざっと見渡して4人分の席が空いているところを見つけると、キラは家族を連れてそこに腰を下ろす。
- それからしばらくするとマイクをつけたインストラクターの人達が水槽の上に設けられたステージに登場し、その前にイルカが愛らしい表情でひょっこり顔を出す。
- それに双子は可愛いと顔を綻ばせて、イルカに釘付けになる。
- その視線の先でイルカはインストラクターの合図に沿って、水槽から高く飛び上がったり、くるくると回ったりとても芸達者だ。
- 双子はすごいと言いながらパチパチと小さな手で精一杯の拍手を送っている。
- キラとラクスも感嘆の表情で手を叩く。
- そうしてイルカがいくつもの芸を披露したところで、インストラクターのお姉さんが会場の客に向かって呼びかける。
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- 「それでは、お客様の中から、どなたか握手をしていただきましょう」
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- 是非握手をしてみたいという人は手を挙げてください、という掛け声に双子は飛び上がるように席を立って手を上げる。
- その元気のいい声と子供ながら人目を引く容姿が、インストラクターの目に留まった。
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- 「はい、ではそちらのお子様達にお願いしましょう」
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- インストラクターが双子を指して、壇上へ上がるように促す。
- 双子が両親の方をちらりと確認すれば言っておいでと笑顔で頷かれ、嬉々とした表情でインストラクターの元へと駆け上がる。
- そんな双子にインストラクターも微笑みながら、プールのすぐ脇に立たせるとイルカを呼び寄せる。
- その合図に泳いできたイルカが双子の目の前に顔を出す。
- そして伸び上がるように双子の頭よりも高く体を持ち上げて、その前ビレを手の様に差し出す。
- 双子はキラキラと目を輝かせながら、恐る恐る可愛らしい手でそっとその前ビレに触れてみる。
- 水の中にずっといたのでそれは冷たく、少しだけぬるっとした感触に思わずさっと手を引っ込めてしまう。
- だがイルカはまだ握手をしたそうに、体を乗り出すようにヒレを前に双子の前に突き出している。
- 双子は顔を見合わせるともう一度手を差し出し、長くしっかりとヒレを掴む。
- 今度は不快な感じはしなかった。
- イルカもしっかり握手できたことが嬉しかったのか、キュイ〜、と鳴いて水槽の中へと潜っていった。
- これにはインストラクターも驚いたようで、すごいですねと言いながら双子の退場を見送る。
- 観客も温かい拍手で双子を包む。
- 双子は少し照れ笑いを浮かべながら、自分達の席へと戻った。
- 両親も良かったねと優しい笑顔で言ってくれて、とても満足そうだ。
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- そうして残りのショーも楽しんだ彼ら一家は、一通り館内を回ると家路へと付く。
- 双子はまだ興奮冷めやらぬ様子で、両親に今日の出来事を嬉しそうに話す。
- その様子にキラとラクスも良かったと、安堵と幸せな気持ちになる。
- またいつか行こうねと提案したキラに喜ぶ双子とそれを微笑ましく見つめるラクス。
- そんな幸せそうな家族の背中を、プラントの夕日が優しく照らし出していた。
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