- シン達は状況が飲み込めずに、その場で佇む。
- 思わず手にしている命令書を読み返して、部屋のネームプレートを見て自分達の居る場所まで確認する。
- しかしどうやら間違いは無いようだ。
- 自分達はきちんと命令書の通達どおりに行動している、と自らに言い聞かせる。
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- シン達が新しい部隊に配属されて与えられた最初の仕事は、新人へのレクチャーだった。
- 議長直属の特務部隊の仕事とは思えない内容ではあるが、配置の整備や人員の調整中ということもあり、それらしい仕事がまだ回ってこないというのが現状だ。
- 当然、今後も人が増えることもあるだろうし、配備される人員への教育というのは、調整中の部隊であろうと無かろうと重要なことに変わりは無い。
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- しかしながら、いきなり議長直属の特務部隊へ配属される新人というのは、超エリートコースということになるだけに異例だ。
- それだけにさぞかし優秀な人物が来るだろうと、命令書を受け取ったシン、ルナマリア、メイリンの3人は些か緊張した面持ちで現場に赴いた。
- しかし命令書で指定された場所に行ってみれば、そこにはその命令を通達した彼らの上司たる隊長が1人居るのみ。
- 辺りを見渡しても、新人らしき人物の姿はどこにも見当たらない。
- どうしたものかと口を開きかけた彼らだが、それよりも早く隊長が先に話し掛けてきた。
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- 「じゃあ、よろしくお願いします」
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- 戸惑う彼らを余所に、邪気の無い笑顔でそう頭を下げる。
- その隊長というのはキラ=ヤマト。
- 先の大戦でストライクフリーダムを駆った英雄、その人だ。
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「Coach (First volume)」
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- キラの挨拶で、3人の頭の中は大パニックに陥っていた。
- キラの態度を見る限り、やはりここで新人へのレクチャーをすることは間違いない。
- ならば早くそのレクチャーすべき人物に合わせて貰いたいところだが、キラは新人を一向に紹介する気配もなく、その態度はまるでキラがレクチャーを受けるように見える。
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- 「あの、命令は新人へのレクチャーと言う事でしたが、新人はどこでしょう?」
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- メイリンは恐る恐る疑問を口にする。
- 教育をするのであれば当人がいなければ意味が無い。
- もちろん彼女らの頭には教育する相手というのは、初対面で自分よりも若い人間をイメージしている。
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- 「目の前に居るじゃない」
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- だが何でもないように、あくまでにこにこと笑みを崩さず自分を指差して答えるキラ。
- そこで3人はようやく全てを悟る。
- つまりは新人というのはキラのことを指していて、まるでではなくて、本当にキラへレクチャーをすることが今回の任務となるわけだ。
- 彼らは反発する。
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- 「何で俺達がキラさんにレクチャーするんですか。ていうか、俺達がキラさんに教えることなんて無いですよ」
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- キラのこれまでの経歴を彼らはよく知っている。
- 確かにザフト軍では新人になるのかも知れないが、軍功で言えば、ハッキリ言ってシン達など足元にも及ばないほど数々の活躍をしてきている。
- だからいきなり隊長へ抜擢された訳で。
- そんな人物にレクチャーできるほど、自分達の力量に自信を持つほど、自惚れてはいない。
- シンの言う事は尤もだ。
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- だが、キラにはきちんと受けたい、受けておかなければならない理由があった。
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- 「僕は軍の訓練を、ちゃんと受けたことが無いからね」
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- これまた衝撃の発言に、再びシン達は戸惑ったような驚いた表情を浮かべる。
- 軍の訓練も受けずにMSを駆り、あれだけの功績を残せるとは俄かには信じ難い。
- そんな馬鹿な、と思わず反論が口をついて慌てて手で押さえて言葉を飲み込むシン。
- その様子にキラが苦笑しながら、掻い摘んで初めてストライク、アークエンジェルに乗った経緯をポツポツと話す。
- 初めて明かされる英雄の過去に、戦争という行為の悲劇を垣間見た気がして、3人は神妙な面持ちで聴き入った。
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- でも、だからだとキラは言う。
- あの時は本当に信頼できる仲間ばかりが居て、自分を支えてくれたからあそこまで頑張ることができたのだと。
- 馴れ合いではなくて、お互いの不安や迷いを支え合うことができたから、訓練が無くてもなんとかやってこれた。
- だがプラントではそれほどの仲間や知り合いは少ない。
- 己の力だけで全てを切り開いていかなければならない。
- そして立場的に、もう誰かに甘えることも、弱音を吐くことも許されない存在へとなってしまった。
- しかしそれは覚悟の上でプラントへ来たのだから、そのことについて不満を零すことも無い。
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- 「だから、しっかりと訓練を受けておきたいんだ。少なくとも自分の面倒を自分で見て、責任が取れるくらいは」
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- キラは強い口調でその意志を締めくくる。
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- その強い思いは3人の心にも響いた。
- ルナマリアが一つ息を吐いて一歩進み出る。
- そしてキラの思いに応えた。
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- 「私の教えは厳しいですよ」
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- ノリの良い彼女はそう言って、茶目っ気タップリにウィンクする。
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- 「望むところだね」
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- キラもにっこり笑みを浮かべて、負けじと言い返す。
- 2人のやり取りを見て、シンとメイリンも力強く頷くと、俄然やる気が出てきた。
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- 「じゃあ早速、始めようか」
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- キラは一転真剣な表情になって身構える。
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- こうしてキラへのレクチャーは始まったのだった。
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