- 「それじゃあ、今日はここまでにしましょう」
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- キラが最後の課題を解いたところで、ルナマリアが宣言した。
- シンもキラの課題の答えを確認しながら頷き同意する。
- それを受けてキラはふう、と大きく息をつき、開いていたテキストを閉じた。
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- シン達のキラへのレクチャーが始まって数週間。
- キラは順調に課題をこなしていた。
- 本来はザフトへ入隊するためのアカデミー生向け教材なので、そのほとんどは彼にとって容易いものだったが。
- それでも自ら志願したことだとは言え、こうゆうことは苦手だ、と内心自嘲する。
- 決して不真面目なわけではないが、キラは興味の無いことにはあまり力を注がない傾向がある。
- 自分から言った手前きちんとやらなければ講師役のシン達に失礼だし、許可してもらったラクスにも迷惑が掛かる。
- それでもやはりというか、嫌いな勉強をすることは思っている以上に苦労するのである。
- やればできるのにやらないだけだと、いつもアスランに小言を言われていたことを懐かしく思い返しながら、キラはシンとルナマリアと部屋を後にすべく席を立った。
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「Coach (Last volume)」
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- レクチャールームを出ると、シンとルナマリアは心底驚いた様子で立ち止まった。
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- 「皆様お疲れ様です」
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- それもそのはず、そこには現在のプラント最高評議会議長であるラクスが笑顔で立っており、出てきた彼らに丁寧にお辞儀をしてきたためだ。
- キラも少し驚いた様子で話し掛ける。
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- 「うん、今日はどうしたの?こっちに来る予定は無かったと思ったけど」
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- 今朝お互いに確認した一日のスケジュールでは、ラクスは一日評議会での会議となっていた。
- そして評議会の会議というのは長引くことが常だ。
- そのため、キラにとってもラクスの登場は意外だった。
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- 「はい、今日はスムーズに会議も終わりましたので、折角ですからキラのお仕事ぶりを視察に参りました」
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- キラの問い掛けにラクスは笑顔を崩さず答えた。
- しかしその物腰はいつもの柔らかいものだが、恋人に対するものではなくて、上司然としたとでも言うべき厳しさを含めた台詞を並べる。
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- 「キラには期待していますので、それを評価する私としても厳しく査定しなければいけませんから」
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- もう少し恋人らしい甘い台詞を内心期待していたキラは、ああそうなんだと、少しガッカリした様子で内容については聞き流した。
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- ラクスが査定するから心配をしていないとかそうゆうわけではない。
- ただキラ本人が査定や評定に興味がないだけだ。
- 既にトップクラスの白服を与えられている身ではあるが、彼には軍での昇進には些かの興味も無く、また権力に対する執着心も持っていない。
- ラクスのために自分がやるべきことをしっかりやれていればそれでいいのだ。
- だからザフト軍での査定や評価は彼にとっては何の意味の無いものだ。
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- そんなキラに対して、シンとルナマリアは先程からピーンと緊張の糸が張り詰めたままだ。
- 彼らも議長直属の特務部隊へ配属になり、またキラと親しくしている間柄から近い存在になったとは言え、こうして対面するのは任命された時以来だ。
- しかも自分達の隊長たるキラの査定の視察に、ひいては自分達の部隊全体の査定に繋がる話なので、否応なしに緊張してしまう。
- ましてそのキラに教育を施しているのは自分達なのだ。
- 緊張するなという方が無理というものだ。
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- 「冗談ですわ。本当はキラの顔を拝見したくて参りました」
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- しかしそんな彼らの思惑など露知らず、にこやかな笑みを崩さずさらりと言ってのける。
- 冗談なのかよ、と心の中でずっこけるシンとルナマリア。
- そんな2人の様子に気付かないラクスは、にこにことキラの反応に期待を寄せる。
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- 一方のキラも2人の様子に気付かず、一転して少し頬を赤くして顔を綻ばせる。
- ラクスはそんなキラを、子供みたいですわね、と評価したのは心の中に留めておく。
- そんなことを言えばまた彼は拗ねて笑顔を引っ込めてしまう。
- 彼女はもっとキラの笑顔を眺めていたかった。
- 尤も拗ねた顔も可愛いと思ってはいるのだが。
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- だがラクスの目的は本当にキラの顔を見ることだったので、それが叶って満足している。
- 彼の経歴のこともあるので、やっかみの声が上がっていることも知っている。
- だからザフト内で孤立しないか等色々と気を揉んだのだが、どうやら心配ないらしい。
- そのことには素直に安堵する。
- そしてそんな彼に付き合ってくれている、シンとルナマリアには感謝の気持ちで一杯だった。
- そんな感謝を示すべく、ラクスは一つの提案をする。
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- 「いかがですか、お仕事が終わられたのでしたら、これから一緒にお食事でも」
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- キラともこれからも仲良くしてもらいたいし、これは良い機会だと考えた。
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- 「え、でも・・・」
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- しかしシンとルナマリアは思わず言いよどむ。
- 食事に誘われたことは嬉しくないでもないが、議長との食事なんて恐れ多い、という気持ちが強くある。
- また何となく、キラとラクスの仲を邪魔するような気もして、正直乗り気にはなれない。
- 2人のラブラブぶりは、既にプラント中で有名だった。
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- だがラクスはニコニコと微笑んだまま返事を待っている。
- キラもラクスの提案にすっかり乗り気になり、しきりに誘ってくる。
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- 「2人とも、折角だからそうしようよ。たまにはこうして皆で食事をするのも良いよ」
- 「はい、お食事は大勢でいただいた方が、賑やかで楽しいですから」
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- ラクスは胸の前で両手をはたと合わせて楽しそうに言う。
- そこまで期待されては、もう断ることはできなかった。
- シンとルナマリアはまさか取って喰われるわけでもあるまいと腹を括り、一緒に食事をすることにした。
- しかしその事を数刻後、後悔するはめになるのはまた別のお話・・・。
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