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- 月が明るい、打ち寄せる波の音だけが静かに木霊する夜。
- オーブ領の端にある島にポツンとある一軒の小屋。
- そのベランダでは一人の男性が空を仰ぎ見ていた。
- 彼は盲目の導師、マルキオ。
- その瞳に煌く星々を映すことはできないが、彼の盲目であるが故に研ぎ澄まされた心の目は、この世界に渦巻く様々な思いを映し出すことができた。
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- そんなマルキオが感じた『SEED』を持つ者達は、遥か彼方の空で、或いは水平線の向こうで、その運命に導かれるように、目指すべき未来を見据えて進んでいる。
- 戦乱の中でそれでも逞しくその意志を貫いたその姿に、マルキオは自分が感じたことは正しかったと確信し、同時に彼らの進むべき道を憂う。
- その先にはさらに大きな困難も待ち受けていることは分かっている。
- しかしそれでも彼らは進むだろう。
- 彼らは『SEED』を持つ者であり、そして何より強い意志を持った、新たな時代を担う者達なのだから。
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- マルキオはそんな彼らの目指す未来が光で照らされるように、月の下で深く祈りを捧げるのだった。
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「SEED」
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- 家の中に戻ると、誰かがテーブルに座している気配を感じた。
- そしてそれは、キラ達に請われて最近受け入れた、少年の域をそろそろ脱しようかという男の子、シン=アスカだということがすぐに分かった。
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- 戦場でキラ達と戦い、とても強い戦士だったということだが、今の彼からはそんな雰囲気は感じられない。
- 同じく預かることにした、付き添いの少女達の方が余程戦士のように思える。
- しかしマルキオは彼にもまた『SEED』を強く感じていた。
- 今はまだ戦争で心が傷つき、迷い、闇の中を彷徨っているのだろう。
- けれでもその奥底には、眠っている強い意志と力が感じられる。
- マルキオは彼を労わるように無言のまま、彼の正面に腰を下ろす。
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- そのまま両者ともしばらく月明かりだけが注ぐ部屋で沈黙に佇んでいたが、シンがそれを破ってポツポツと話始める。
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- 「俺は、本当にここに居てもいいんでしょうか」
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- 苦しく喘ぐように、そう零す。
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- 戦争で戦ったこと、たくさんの命を奪ってしまったことをシンは後悔していた。
- 今だからカガリやアスランの言っていたことが、その重みが理解できる。
- 力を持つことの意味が、戦うことの恐ろしさが。
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- しかし両親や妹を失ったあの悲しみを思うと、何が正しいことなのかもよく分からない。
- まして今一緒に暮らしているのが、戦争で親や兄弟を失った子供達とあっては、心中穏やかではない。
- 自分と同じ境遇でありながら、もしかしたらそんな子供を自分が作ったかも知れないという恐怖が、シンの心を激しく突き刺すのだ。
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- 初対面から今まで、ほとんど虚ろな表情で言葉を発することも無かったシンが、ようやくその思いを他の誰かに零した。
- マルキオは内心では、良い傾向だと微かに笑みを浮かべながら、シンの話を黙って聞いている。
- それが始まった時と同じようにまた唐突に終わると、マルキオはゆっくりと口を開く。
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- 「貴方がどうしたいかは、貴方にしか分かりません」
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- マルキオは静かに、ただ事実だけを告げる。
- 彼が悩む理由よく分かる。
- それでもこれは誰かに言われて分かるものではなく、彼自身で気づき乗り越えなければならない問題なのだ。
- 自分にできることと言えば、ほんの少しの助言と、彼の心の傷が癒えるように穏やかな時間を支えることだけ。
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- 「貴方もまた『SEED』を持つ者故に、いずれ道は開けるでしょう。今はその傷をゆっくりと癒すことに努めてください」
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- シンはただ耳に心地良いだけではない話に、じっと耳を傾けていた。
- しかし言わんとすることは分かるが、半信半疑の気持ちが尚強い。
- 本当に自分に、いつか新しい道が開ける時が来るのだろうかと。
- この手に染み込んだ罪の色が、それを不安にさせる。
- だがキラ達と一緒に戦うと約束をした以上、それは成さなければならないことでもある、と気負ってしまう。
- それがプレッシャーとなって、よけい重くシンの背中に圧し掛かる。
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- マルキオはますます沈んだ雰囲気になってしまったシンに一つ息を零すと、一つのことを思いついて言葉を紡ぐ。
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- 「子供達は、貴方達をとても歓迎していますよ。もちろん私やカリダさんも」
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- その言葉にシンが軽い驚きの表情で顔を上げる。
- そこには目を閉じたまま、だがマルキオの柔和な表情があった。
- シンの纏った雰囲気でそれを感じたマルキオは、クスリと笑みを零すと問い掛ける。
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- 「子供達が楽しそうに貴方のことを見ていたのに気づきませんでしたか?」
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- 目が見えないからこそ感じ取れるその人の息遣いや雰囲気。
- マルキオには子供達がシンに興味を持ち、そして一緒に暮らすことになったことを歓迎しているのがよく分かっていた。
- ただ暗い顔をしているシンがどうすれば笑ってくれるのか、キラの時にも経験したことが接触に慎重になっているだけだ。
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- もちろんその問いに対して答えを返してもらうことを期待していない。
- ただシンにもう少し、ゆっくりと周りを見ることを教えたいだけ。
- 彼の悩みは彼にしか分からないし解決できないことだが、それを支えてくれる人が近くに居ることを知って欲しい。
- 人は常に一人でありながら、一人ぼっちでは生きてはいけないのだから。
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- シンは面と向かって言われても、まだ信じられない気持ちだった。
- だが心がほんの少しだが、軽くなったのも確かだった。
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- 何となく今日はよく眠れそうな気がする。
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- 薄っすらと笑みを浮かべると、シンはありがとうございますと礼を述べて、寝室へと戻っていった。
- その背中をお休みと見送りながら、マルキオの閉じた瞳の中では、いつかまた輝きを取り戻すシンの姿が、はっきりと見えていた。
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