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- ヴィーノとヨウランは休暇を利用して、2人で街へと繰り出した。
- いつものように軽口を叩きあいながらショップでの買い物を楽しみ、それから辺りをブラブラする。
- そこで通りかかった道から、かつて仲間達と一緒に学んだアカデミー施設が見え、懐かしさに思わず立ち止まって施設を見渡す。
- そしてその片隅には鮮やかに桜が今年も咲いていた。
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- それを見ると思い出す。
- シンやルナマリア、メイリン達と過ごした、厳しくも楽しかったアカデミー生としての日々を。
- そして、ミネルバに乗って共に戦場を駆け抜けた激動の時間を。
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- しかし、今この穏やかな時間に立ってみると、それらの思い出も遥か遠い昔の出来事のように感じられた。
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「さくら」
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- 鮮やかな桜に誘われるように傍に寄ると、フェンス越しにぼうっとその大きな木を見上げる。
- こうしていると、アカデミーであった色々な出来事を鮮明に思い出すことができる。
- あの時は何て無邪気に軍に入るということを考えていたのだろう。
- 子供じみた英雄像に憧れて、それが正しいことなのだと信じていた。
- しかし実際に戦場に出て、その考えが間違いだったと気付かされる。
- 人の命がああも簡単に失われていくことに、正しさなど見出せるはずもなかった。
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- 「そう言えば、シン達どうしてるかな?」
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- しんみりとしてしまったところで、ヴィーノがポツリと呟く。
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- メサイアでの攻防戦でアークエンジェルに敗れた後、2人を含むミネルバクルー達は他のザフト艦に救助されたが、MSで出撃したシンとルナマリア、レイとは結局会えずじまいだった。
- 艦を失ったと言うゴタゴタもあって救援に向かうことも出来ず、3人ともやられてしまったのではないかと、ひどく不安で、ひどく悲しい気持ちのまま、時が流れた。
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- 彼らの消息を知ったのは、それから数週間も経ってからだ。
- レイはデュランダルやタリアと共に、メサイアで戦死したことに大きなショックを受けたが、シンとルナマリアはメイリンと一緒にオーブに居るということが分かった。
- そのことには心から安堵の息を零した。
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- しかしそれも束の間、ミネルバクルー達は間もなく異動を命じられ、結局皆散り散りになってしまった。
- 2人が同じ部署になったのは全くの偶然に過ぎない。
- 異動先を言い渡された時には互いの腐れ縁に呆れたものだが、今となっては有り難いことだった。
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- 「まあでも元気にやってんじゃないの、シンはああいう性格なわけだし」
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- ヨウランが肩を竦めて、気を取り直すように言う。
- そこでまた思い出されるのがシンとの最初の出会い。
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- ぶすっとした表情で誰構わず睨みつけていて、正直近寄りがたい奴だった。
- かなりの捻くれも者だな、と誰もが感想を抱いた。
- そしていざ講義が始まると、そのイメージそのままに、教官にも無遠慮に突っかかっていたことに苦笑せずにはいられないかった。
- そのことに思い出し笑いを噛み殺す。
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- 「綺麗な桜ですわね」
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- 2人は唐突に後ろから声を掛けられた。
- しかもその声は彼らもよく知っているものだ。
- そんなまさかと思いながら声のした方を振り返ると、果たしてそこには彼らの予想通りの人物が立っており、目が飛び出しそうなほど驚いた。
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- その人物とはプラントのアイドルにして、最高評議会議長であるラクス=クラインだ。
- 2人はまさかこんなところに居るはずが無い、これは夢だとお互いの頬を抓るが、伝わる痛みに現実と認識する。
- そして昔のアイドル時代からファンであった2人は緊張のあまりに硬直して、直立不動の姿勢を取る。
- 心臓はバクバクと大きな音を立てて耳に響く。
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- そんな2人とラクスの間を一陣の風が凪ぎ、ラクスの視線は桜の方に向けられたまま、乱れそうになる髪を手で抑えるという行動を取る。
- その間も言葉は無い。
- ラクスは桜を見つめ、ヴィーノとヨウランはラクスをじっと見つめている。
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- しばらくそのまま時が流れるが、遠くから男性がラクスの名を呼ぶ声が聞こえる。
- かなり慌てているようだ。
- それに反応したラクスが、ようやく固まった空気を突いた。
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- 「あの方は心配性ですわね」
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- 少しだけ困ったように、しかし今まで見たことがないほど嬉しそうな表情で声がする方に視線を送る。
- その仕草でさえも2人には神々しく見えて、声を発することもできないまま見惚れてしまう。
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- そんな2人の思考を余所に、ラクスは名残惜しそうに桜の方をもう一度見つめてから、では、と2人にお辞儀をすると呼ばれた声の方へと駆けて行った。
- その姿は威厳のある議長のものでもアイドルのものでもなく、ただの少女のようだった。
- 2人は唖然呆然としたまま、ギコチナク会釈だけするとその後姿が見えなくなるまでじっと凝視していた。
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- 「おい、俺達に話し掛けてくれたぜ、あのラクス=クラインが!」
- 「ああ、サインもらっとくべきだった〜」
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- しばらく無言で立ち尽くしていた2人だが、ラクスが去った後、ようやく事の重大さに気が付いてはしゃぎ出す。
- ザフトに所属しているとは言っても、他の一般市民とそれほど変わらない立場の彼らにしてみれば、ラクスに少しでも話かけられたのは大事件に違いなかった。
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- そんな一時の邂逅に興奮する2人に苦笑するように、桜の花は辺りに降り注いでいた。
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