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- 議長室から2人の男が一礼して出てきた。
- 1人は顔に大きな傷を持ちながら、飄々とした雰囲気を隠そうともしない、”砂漠の虎”とも称された猛将、アンドリュー=バルトフェルド。
- そしてもう1人は、バルトフェルドの副官であるダコスタだ。
- しかし彼はどこか落ち着きなさそうに服の襟や袖をそわそわと触ったり、自分の格好を見渡したりしている。
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- 先ほど議長室でこれを渡された時は、正直戸惑った。
- バルトフェルドは分かるにしても、自分までもがまさかこのような待遇を受けることになるとは思ってもみなかったから。
- 今も後ろめたいような、自分には似合わないような気がして、大きな違和感を覚えている。
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- その様子に苦笑しながら、バルトフェルドは言ってやる。
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- 「心配しなさんな、ダコスタ君。ちゃんと様になってるよ」
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- しかしバルトフェルドの性格をよく知るダコスタには、彼が本気で言っているとは受け取らない。
- 茶化されているだけのような気がしてならないのだ。
- 結局何とも不安げで情けない表情で、はあ、と答えるのがやっとだ。
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- だがそれも致し方ないのかも知れない。
- 何故ならダコスタの身に付けている制服は、今までの緑の服ではなく、上級層を示す黒色へと変わっていたからだ。
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「困惑」
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- ラクスが再びプラントに戻ると言った時、ダコスタは喜ばしい気持ちとそうではない気持ちが入り混じり、正直複雑だった。
- ラクスにとってプラントは生まれ故郷であるには違いないのだが、父であるシーゲルを殺され、反逆者として追われた身でもあることから、必ずしも良い思い出ばかりではない。
- きっとその決断までに辛い気持ちもあったであろうことは、察して余りある。
- また自分達も少なからず、非難に晒されることは目に見えていた。
- それでもラクスこそが自分達が忠誠を誓った主であるから、共にプラントに戻ることに依存はなかった。
- しかしその時の覚悟もどこへやら、である。
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- 「そんな格好をしている者がそれじゃあ、他の者は呆れてついてこないぞ」
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- 呆れながらそう言うバルトフェルドの胸元にも、FAITHの徽章が光っている。
- 2人はつい今しがた議長室に呼出され、新たな部隊への着任と共に、各々昇進が言い渡されたのだった。
- ダコスタにしてみれば、バルトフェルドはともかく、自身の昇進はまったくもって想定外のことだったので、驚きで思考と感情が一致しないのだ。
- しかし客観的に見れば、間違いなくそれだけの仕事をこなしてきている。
- それについてはもう少し胸を張ってもいいのかもしれない。
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- 「はあ、まあそうですが」
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- 確かにバルトフェルドの言うことは尤もなのだが、しかしダコスタはどこまでも歯切れの悪い返事しか返せない。
- これまでクライン派として活動してきたのは、ラクスの理想に己の未来を見たからであって、自分としてはこうなるために頑張ってきたのではないから。
- 特に人の良いダコスタのことだから、そう言う意味では損をしやすいタイプなのかも知れない。
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- らしいと言えばらしいがね、とバルトフェルドは笑いを噛み殺しながら、自分の片腕ともなっている男にその自覚と自信を促す。
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- 「それだけ君が評価され、また信頼されているということじゃないか、新議長殿に」
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- 言われてダコスタはハッとする。
- 確かにバルトフェルドの言うとおり、この待遇は信頼されている証でもあるのだ。
- それを思うと少し胸が熱くなる。
- ラクスのために命を掛け、それをラクス自身に評価されるということは、クライン派にとってはこの上も無く幸せなことなのだ。
- それを思うと自然と表情がキリッと引き締まる。
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- それを見たバルトフェルドも満足そうに頷く。
- これなら安心して任せられるというものだ。
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- ダコスタがようよう上官としての自覚を認識したと見ると、バルトフェルドは部下達が待つ方とは違う通路へ曲がる。
- 並んでいたダコスタの向かう方向とは全く別の方角だ。
- それに嫌な予感がしたダコスタは、バルトフェルドの背に疑問を投げかける。
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- 「隊長、部隊への報告はどうされるんですか?」
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- 少なからずバルトフェルドが新しい任務や、ザフトの部隊配備等の任命を受けるというのは彼の部下皆が知っていることだ。
- 一度ならずザフトを離反した彼らにとって、これは重要なことを意味する。
- 自分達の去就について、はっきり言えば自分達の処遇と今後の身の振り方が伝えられるはずなので、呼出された彼らを首を長くして待っているはずなのだ。
- それをきちんと伝えてやるのも、上官としての務めであろう。
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- しかし振り返ったバルトフェルドは、意味ありげににやりと笑う。
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- 「ああ、そんなもん、俺がわざわざ言うことでもないだろう。適当に言っといてくれ」
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- そしてそれだけ言い残すと、足取りも軽く通路の向こうへと姿を消した。
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- その場に取り残されたダコスタは予想外の展開に、いや、ある意味では予想通りの展開に呆然と立ち尽くすが、己の置かれた立場にハッと我に返る。
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- 「後の処理は全て私の仕事ですか・・・」
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- いつもの事ながら、奔放な彼にやはり振り回されている自分と、残された仕事の量を思うとげんなりしてしまう。
- しかしこれが自分の仕事だと、ひきつった表情ながら何とか割り切ると、一人部下達の待つ場所へと足を進める。
- 結局のところ、制服の色が変わっても彼の副官である限り、これまでと何も変わらない日々を送ることになるのは、明々白々な事実だった。
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