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- カガリが行政府議会場の壇上から、議会の面々、並びにオーブ国民に向けて演説を行っている。
- 正面を見据えて、意志の篭められた表情で臆することなく言葉を紡ぐ。
- その声は凛と張られ、カガリの言葉に議会の面々も、テレビの向こうで見守る国民達も、すっかり聞き入っていた。
- その姿は威風堂々としたもので、まだあどけなさを残した少女のものではない。
- 1人の立派な為政者のそれだった。
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- その様子を裾からひっそりと見守るキサカは、すっかり逞しくなったカガリの姿に目を細めた。
- これまでは後見人として影に日向に、彼女を支え守ってきた。
- 時に感情のままに突っ走り、それを諌めることも度々あった。
- しかしこれからは己の力でそれらを切り開き、より良い世界を築いていくことだろう。
- ウズミから託された種は今しっかりと芽を出し、大きな花を咲かせようとしていた。
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- だがそれは同時に自分が託された役割を終えたことを意味していた。
- それをキサカは静かにひとりごちる。
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- 「もう完全に自分の手を離れ、独り立ちした」
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- そのことに喜びと、一抹の寂しさを覚えながら。
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「強い想い〜desire〜」
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- 演説終了後、カガリを邸宅へと送り届けたキサカはその帰り道、1人ウズミの名が刻まれた慰霊碑に立ち寄り祈りを捧げる。
- 自分の任務の報告と、カガリの成長を告げるために。
- そして自分の悩みについて自問自答していた。
- カガリが立派に成長したことは、かねてから望んでいたことであり、喜ばしいことだ。
- なのにどこか虚しさを覚えてしまう。
- 心の隅に小さな穴が開いてしまったような。
- そんなことを考える表情は穏やかで、だが夕日に照らされていることも相まって、どこか哀愁が漂うものだった。
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- その時、別の人影が慰霊碑へと近づいてきた。
- 気配を感じ取ったキサカはゆっくりと振り返り、軽い驚きの表情を見せる。
- そこには花を抱えたマリューの姿があった。
- マリューも意外な人物との意外な場所での遭遇に、一瞬驚き目を見開くが、すぐに独特の艶やかな笑みを浮かべて一礼する。
- それからマリューは静かに慰霊碑の前に進むと、マリューは花を添えると静かに手を組み、祈りを捧げる。
- かつての戦友と、討たざるを得なかった命に。
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- そんなマリューもまた、ウズミに託された思いを抱え、その灯を消さないように共に戦場を駆け抜けたこともあった、カガリとも思いを同じくする者だ。
- 今ではオーブ軍の中枢を任される者同士。
- 互いに一目置く存在でもある。
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- 「お転婆姫は、もう一人前になられましたか?」
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- マリューは祈りを終えると、キサカに向かって少し悪戯っぽい笑みを浮かべて囁く。
- 突然今しがた自分が考えていたことを言い当てられて、今度はキサカが目を見開く。
- それほど感情を表に出す方ではないことは、自他共に認めるところだ。
- それにも関わらずマリューが分かってしまうほど、悩みが表情に出てしまっていたことにバツが悪そうに、苦笑を浮かべる。
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- しかしマリューの洞察力もなかなかなどうして、大したものだ。
- 普段から細やかな気配りができる彼女ならではであろう。
- それを初めて会った頃のことを思い返しながら、彼女もまた逞しくなったと心の中で微笑み、キサカは隠すことを諦めたように一つ息を吐くと、水平線の彼方へと視線を投げて呟く。
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- 「そうだな。もう私があれこれと手を焼いて、説教する必要は、無いかな」
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- カガリが演説をしている姿は、ウズミの姿とダブってすら見えた。
- その姿に、まさか説教できるとは思えない。
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- 「そうですわね」
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- マリューも短く同意を示すと、しばし黙って水平線の彼方をぼうっと見つめる。
- しかしその沈黙は長くは続かず、マリューの手によって破られる。
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- 「でも、まだまだこれからですよ」
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- 視線はそのまま、しかし多くは語らずともハッキリとそう告げる。
- キサカはマリューの言葉の意味を図りかねて、怪訝そうに見る。
- その気配を感じたマリューはキサカの方を振り返り、強い意志の篭った表情で言葉を続ける。
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- 「戦いはまだ、始まったばかりです」
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- そう、これは始まりにしか過ぎない。
- カガリはまだまだ為政者としての階段を上り始めたばかりだ。
- この先にはいくつもの困難が待ち受けていることだろう。
- そんな彼女と思いを同じくする仲間はたくさんいるが、彼らもまだまだ若い。
- それを影から守り、支えるのが自分達の仕事だ。
- そうマリューは言葉を綴る。
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- 「そうか、そうだな」
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- キサカはそれを静かに耳を傾けていたが、やがて可笑しそうに口の端を持ち上げる。
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- 自分の任務が終わったわけではなかった。
- 命続く限り、カガリのことを見守ることに終わりは無いのだ。
- でもそれはこれまでと同じく、色々と気を揉むことが多いことでもある。
- カガリが立派になったと言っても、性格が変わったわけではない。
- 彼女は彼女のままなのだ。
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- キサカはこれからも苦労しそうだなと思いながら、どこかそれを楽しみにしている自分に心の中で自嘲する。
- それを考えると、不思議とまた力が湧いてくるような、心が満たされていくのを感じるのだ。
- 結局のところ、カガリのために尽くすことは、自分の生き甲斐なのだと知る。
- そして新たな強い決意で、影からカガリを支えていくことを誓う。
- 他の誰でも無い、自分自身のために。
- この世界は、そして自分も、今新しい一歩を踏み出したところなのだから。
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- キサカは赤く輝く水平線を眺めながら、沈み行く夕日が、妙に温かく辺りを照らしている気がしていた。
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