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- オーブでも一際賑わいを見せる大通り。
- ルナマリアはこの通りを、大きな買い物袋を両手に提げて歩いていた。
- 空はまだ青く太陽はしっかり頭上から照っているように、夕方まではまだだいぶ時間がある。
- だが現在の同居人達のことを考えると、あまりゆっくり帰ると彼らの夕飯が遅くなってしまう。
- 立ち並ぶショウウィンドに目をやることもなく、家路への道を急ぐでもなく進む。
- しかしその表情はどこか冴えない。
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- ルナマリアはオーブに来てからというもの、どことなく落ち着かないでいた。
- 今暮らしているマルキオ導師の邸宅の同居人とは、戦争で親を亡くしたというたくさんの孤児達のことだ。
- それがルナマリアの心をざわつかせる要因でもある。
- 子供達が嫌いなのではない。
- 彼らの生い立ち、同居の理由がルナマリアの心に突き刺さり、どこか引っ掛かりを感じさせるのだ。
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- そんなことをボンヤリと考えながら歩いていたルナマリアだったが、突然名を呼ばれて、ハッと顔を上げて声のした方を振り返る。
- その視線の先では見知った顔の女性が手を振っている。
- 確かアークエンジェルに救助された時、ブリッジで見かけたと記憶している
- といってもあの時は心に余裕がなくて、自分の導き出した答えにあまり自信は持てなかった。
- しかしあちらは確実に自分のことを知っているようである。
- ルナマリアは何とも気まずいような感情を押し殺して、小さく頭を下げることしかできなかった。
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「混迷の時代」
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- 「話は少しだけ聞いてるわ。メイリンのお姉さんよね」
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- って、一度会ったわね、とミリアリアはいつもの明るい笑顔で改めて挨拶する。
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- ミリアリアは用があってマルキオ邸に向かうため大通りを歩いていたのだが、ルナマリアの姿を見かけて、彼女も今はそこで一緒に暮らしているはずだと思い出したので声を掛けたのだ。
- 声を掛けた後、2人はとりあえず手近にあったカフェに腰を落ち着けて、話をすることにした。
- もちろん提案したのはミリアリアである。
- ルナマリアはまだ戸惑ったままだが、自分の記憶力に自信が無いことから断り切れず、少しくらいならと了承し、現在に至る。
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- 注文を済ませるとミリアリアが話しかけてきたので、ルナマリアは慌てて返事をする。
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- 「あ、はい、ルナマリアと言います。えーっと・・・」
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- 名を名乗ったルナマリアだが、相手の名前を言おうとして言いよどむ。
- 自分の素性を言い当てられて、一度会っていることは間違いないと分かったのだが、やはり目の前の相手が誰だかよく分からない。
- それをとても申し訳なく思い、目を伏せて俯いてしまう。
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- 「ミリアリア=ハウよ。あの時はゴタゴタしてたし、貴方達はそれどころじゃなかったもんね」
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- ルナマリアの様子に察したミリアリアは、仕方が無いわよ、とさして気にした様子も無く笑顔でフォローを入れる。
- その笑顔に安堵感が滲み、ルナマリアもようやく少しだけ緊張が解けて、タイミング良く運ばれてきたコーヒーを口に運ぶ。
- それからミリアリアが最近のできごとの話をして、話題は今のルナマリアの状況へと移る。
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- 「その買い物は、子供達の夕食?」
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- いつものことだけど大変よね、と彼女の苦労を想像し、それを労う。
- 相手が事情を知っていることにルナマリアはまた少し驚いた様子で、はい、と短く答えるが、やはりすぐに押し黙ってしまう。
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- ミリアリアはそんな彼女の態度に、どうしたの、と神妙な面持ちで尋ねる。
- 声を掛けた時もそうだったが、どうにも元気が無いと言うか、何か悩みを抱えている様子なのだ。
- 問われたルナマリアは話して良いだろうかと迷ったが、今抱えている悩みを誰かに聞いてもらいたいという気持ちの方が勝り、弱々しい笑みを浮かべると、ポツポツと話し始める。
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- 「やっぱり、あんな子供達と一緒に居ると、色々と考えちゃうんです」
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- 彼女にしては珍しく弱気な発言だ。
- あの中にも、自分達が戦闘をしたことで孤児になってしまった子供が居るのではないかと思うと、それはとても恐ろしく感じられるのだ。
- 自分が何も知らずに、ただ示された相手を敵だと戦ってきたことが、今はとても罪深いことのよに思える。
- いつ自分が子供達に憎悪と嫌悪を向けられるかと思うと、それは堪らなく怖いのだ。
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- それをミリアリアは黙って聞いていたが、やがてゆっくりと口を開く。
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- 「そうね。でも子供達は、そんなこと思ってないんじゃないかしら」
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- それを聞いて、ルナマリアが何故と言いたげな表情でミリアリアを見つめる。
- ミリアリアは一つ息を大きく吐くと、昔のことを思い出しながら、言葉を紡ぐ。
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- 「あの子達は誰かに奪われたこと憎むよりも、また誰かを失うことを恐れているのよ」
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- 時々遊びにいった後の別れ際、子供達の態度は別れを惜しむというよりも、また独りになってしまうのではないか、という恐怖にかられてのこと、ということを知ったときにはショックを受けた。
- 戦争とは、それほどあんな幼い子供達の心にも、しっかりと傷をつけたのだ。
- 残念ながら、これからもまだまだそういった子供達は出てくるだろう。
- 世界はその指導者を失い、行く末を模索して奔走している真っ最中だ。
- あちこちでは混乱による紛争も、小規模ながら起こっていると聞く。
- そしてミリアリアはそれを目の当たりにしてきた。
- それはとてつも悲しいできごとだ。
- そして、そんな世界へと導いたのは自分達だ、ということも分かっている。
- だから自分達が二度とそんな子供を作らないように、戦わなければならないのだ。
- 誰かに与えられた仮初めの平和では無く、自分の手で築く真の平和のために。
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- 「そのために、私達は今できることを頑張りましょう。過去を思い返すことは悪いことじゃないけど、過去はどんなに頑張っても変える事はできないから」
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- ミリアリアの答えに、年は一つしか違わないのに、自分よりもずっとしっかりしていると感心する。
- と同時に、自分がこれから何をしなければならないのか、ハッキリと見えた気がした。
- 自分がしてきたことは確かに簡単に償えることではない。
- それでもこんな自分にも、子供達のために何かできることがあるかも知れないと思うと、さっきまでのもやもやした気持ちが嘘の様に晴れてきた。
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- そんな気持ちの変化は、ミリアリアから見えてもハッキリ分かるほど、その表情から影が消えた。
- それを確認したミリアリアは安堵して、もう一度頑張りましょう、と頷きながらささやく。
- その声に、ルナマリアはようやく彼女らしい笑顔を見せて、元気よくはいと応えた。
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