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- 所々薄く延びた雲の向こうに、青い色が広く映え渡る空。
- まるで海の上に聳え立っているよう。
- その中を気持ち良さそうに飛ぶカモメの眼下には、大きな石の碑が一つと、小さな無数の碑が立ち並んでいる風景がある。
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- ここはオーブの合同慰霊碑の広場。
- 幾度もの大戦で犠牲になった人達の魂を鎮めんと創られたものだ。
- そして、その悲劇を二度と繰り返さないようにと、己を戒めるためのものでもある。
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- そこに1人の男の姿があった。
- 男の名はアマギ。
- 彼はオーブ軍の士官で、国の理念に誇りを、そしてそれを貫く強い意志を持っている優秀な軍人だ。
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- 彼はここで先の大戦の最中、その想いを託して散った彼が最も尊敬すべき上官、トダカへと深い祈りを捧げていた。
- トダカの命に限らず、失ったものは多く、そして大きい。
- まだ混乱の続くこの世界だからこそ、彼の人物の存在は必要だと思うことがある。
- 同時にそんな彼の意志を継ぎ、この世界で戦っていかなければならないという責任感が、彼の中にふつふつと湧き上がる。
- その壮絶な戦死は、アマギの心に深く、強く刻まれていた。
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「永別」
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- 「今日はいい天気だな」
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- 突然背後から声が掛かる。
- どちらかと言うと、その場所に似つかわしくない飄々とした物腰に、アマギは訝しげに声がした方を振り返る。
- そこには果たして、予想通りの人物が立っていた。
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- 声を掛けたのはムウ。
- かつてはネオ=ロアノークと名乗り、地球軍の士官としてアマギ達を戦場に狩り出した張本人だ。
- 最初に会った時などは正直いけ好かない奴とも思ったし、同盟の相手でありながら味方であるとすら思えなかった。
- しかし今では上官だと言うのだから、何とも複雑な心境だ。
- 尤も生粋の軍人であるアマギがそれを口に出すことも、表情に出すことも無かったが。
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- 「絶好の墓参り日和だねえ」
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- そんなアマギの心境を知ってか知らずか、相変わらずムウはしれっとした表情で陽気に言いながら傍までやって来る。
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- 「どうしてこちらへ?」
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- 時々、この行動が読めない上官に対して、どうすれば良いか困ってしまう。
- かといって黙っているわけにもいかず、結局思ったことを素直に口に出すしかなかった。
- 若干の皮肉を無意識の内に込めて。
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- するとムウは気分を害したわけではないが、急に真面目な顔になり重く言葉を吐き出す。
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- 「俺だって、死者に祈りを捧げることくらいあるさ」
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- そうして、どの慰霊碑、墓標の前にも立たず、静かに目を閉じると頭を垂れる。
- ムウが祈りを捧げるのは、それが幸せなのだと見誤り、結局戦場でその儚い命を散らざるを得なかった、少年少女達のこと。
- これまでも、時々ムウはこうして1人祈りを捧げていた。
- 彼らのことを守りたいと思いながら、中途半端なことしかしてやれず、こうして自分だけが生き残ったことに対して、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
- こうすることでその罪が償えるとは思えないが、生き残った以上精一杯生きて、これからの世界を築きていきたいと思う。
- もう二度と、彼らのような不幸な子供達が出ないように。
- その己の誓いを確認するためでもある。
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- 「俺が、憎いか」
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- 祈りを終え顔を上げたムウが、不意に言葉を紡ぐ。
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- 今度こそアマギは心底驚いたという表情でムウの横顔を見つめる。
- 色々と思うことはあるにはあるが、まさか上官である彼に対して素直に答えられる訳が無い。
- やはりこの上官の真意がよく分からない、と心の中で感想を抱く。
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- 一方のムウはと言うと、別に答えを期待したわけではない。
- 憎まれているというか、嫌われていることは薄々勘付いている。
- それをどうのこうの言うつもりはない。
- それだけのことをしてしまったという自覚があるから。
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- 「別に憎くても構わない。けど今の俺には命を懸けてでも守りたいものがある。変なマスクを付けてた時には無かったものが」
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- 記憶を操作されていた、などというのは言い訳だと重々承知している。
- 子供達を戦場に送り出したのも、アマギらを戦場に狩り出したもの己の意志だったのだから。
- 殺されても尚、その憎しみは消えることはないだろう。
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- それでもこの世界に残る愛する者が居る限り、這い蹲ってでも生き抜いて、彼女を守りたい。
- 彼もまた、どうしようもないくらい1人の人間だから。
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- 「それぐらいしなけりゃ、死んだトダカ一佐にも、申し訳が立たねえよ」
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- 全ての思いを吐き出したムウは、拳をギュッと握り締め、唇を噛み締める。
- トダカの壮絶な死に様は、ムウの心にもまた鮮明に刻まれていた。
- あれほどの覚悟を持って、命を賭して国を守った男のことを忘れられるはずもなかった。
- 同時に自分にも腹が立つ。
- 一度は同じだけの覚悟をして、愛する者を守ったことがあるというのに、それを忘れてトダカや心あるオーブの軍人達を死なせたことを。
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- 「だから俺達は、託された思いを果たさなきゃならない。それが俺達にできる、唯一の償いだろう」
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- ムウの言葉にアマギもハッとした表情になる。
- 彼もまたトダカの死に、責任と託されたものの重さを感じているのだと。
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- 失われた命はもう戻らない。
- ならば自分達が彼らの託したものをしっかりと受け継ぎ、その責務を果たさなくてはならないと思う。
- ムウという名を取り戻し、かつての記憶と想いを取り戻したこの上官となら、きっとそれが成せると、アマギは強く感じることができた。
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- 「私もそう思います、フラガ一佐」
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- 力強く告げると、ビシッと敬礼する。
- それに一瞬驚いた表情を見せるムウだったが、一つ笑みを零すとアマギをしっかり正面に見据えて、同じように敬礼を返す。
- 同じ意志を持つ者として、彼らはこの時初めて向かい合ったのだ。
- その表情には未来への希望と誓いがしっかりと浮かんでいた。
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- そんな2人に彼方から応えるように一陣の風が舞い降りて、周囲に咲く花を静かに揺らせた。
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