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- 「じゃあ、これからよろしくお願いします」
- 「い、いえ、こちらこそよろしくお願いします」
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- 考え事をしていたアーサーは、新しい上官からの挨拶に気づくと、慌てて敬礼しながらぎこちなく言葉を返す。
- その様子に新しく上官となったキラは、そんなに硬くならなくても大丈夫ですよ、と柔らかい笑みを零す。
- だがある意味軍人らしからぬその雰囲気に、逆に飲み込まれてしまったアーサーは、はあと力なく相槌を打つばかりだ。
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- メサイアでの攻防後、プラントに戻って数ヶ月。
- 状勢は目まぐるしく動いていた。
- 先ずはデュランダル議長の死亡による、新しい最高評議会議長の選任。
- これについてはアーサーの立場でどうこう口出しできる余地はなかったが、あのラクス=クラインを迎え入れるという決定には、正直複雑な思いだった。
- そして戸惑いが解消されないまま、その新議長直属部隊の旗艦々長に任命され、シンやルナマリア達、元ミネルバクルーは揃って転属という形で同じ部隊に配属されることとなった。
- しかし隊長は後日任命ということ、またその人物は新任の者ということで、一同は様々な憶測と共に色めき立ったものだ。
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- そうして数日が過ぎ、その噂の人物とようやく対面できるといったところで、アーサーは何度も襟に手を当てて緊張を隠し切れない様子だったが、いざ会ってみて、さらに驚くこととなった。
- 隊長だと示された人物は、今目の前で微笑んでいるキラ=ヤマト。
- 先の大戦ではストライクフリーダムを駆り、自分達の目の前に強敵として立ちはだかった、その人だった。
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「そして未来の僕達は・・・」
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- アーサーの心の内は、『意外』、という言葉で埋め尽くされていた。
- 自分達の上官になる者がかつての敵だということももちろんだが、あの伝説のフリーダムのパイロットが、まさかこんな青年だったなんて夢にも思わなかった。
- 一見するとMSのパイロットには見えない、優しそうな人柄が伺える。
- それでいて、その態度は威風堂々としており、その瞳にも強い意志が込められているのが分かる。
- とは言え、噂から想像していたものとはあまりにかけ離れた容姿のために、こうして当人を目の前にしてもまだ半信半疑、というのが正直なところだ。
- さらに彼は、かのラクス=クラインの恋人だというのだから、その驚きは何倍にも膨れ上がった。
- それが前の大戦中からだというのだから、どれだけ自分が真実を知らなかったかを、改めて思い知らされる。
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- とは言え、この人事はどうなのだろう。
- お互い強敵として戦場で何度も刃を交えたもの同士。
- しかも一度は殺そうとした相手。
- 手を下したのは自分では無いが。
- その相手方にいたのは事実だ。
- 今後のことを思うと、一緒にやっていけるだろうか、彼に自分達に対する個人的な恨みは本当に無いのだろうか等、不安が無いわけではない。
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- だがとにかくこれからは、彼の元で任務を遂行しなければならないのは確かなことだ。
- 軍人であるとはそういうことだ、とアーサーは諦めたように頭を振って雑念を払うと、目の前のことに集中する。
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- 今、アーサーはキラの傍らに控えながら、新しい部隊の任務や編成、装備の説明を一緒に受けているところだ。
- 説明するのは、ラクスの片腕としてザフト軍をまとめるイザークだ。
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- 「貴様の任務は重大だぞ、分かっているな」
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- 一通り説明し終えたイザークが、睨みつけるような鋭い視線、低い声で厳しい言葉をキラに投げかける。
- アーサーは異色の経歴を持つこの新しい隊長に、イザークも思うところがあるのだろうと、ボンヤリ考えた。
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- しかしそれが彼なりの激励だということは、キラには充分わかっている。
- 口元を引き締めると、うんと大きく頷く。
- プラント最高評議会議長の直属部隊の隊長を務めるのだ。
- その双肩に掛けられた期待と信頼、そして責任は計り知れない。
- それは覚悟の上でこうしてここに居るのだから、キラとしても望むところだ。
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- 「イザーク、君はどうなると思う?僕達の未来のこと」
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- 激励を受けて、キラが唐突に尋ねた。
- そこには相手の力量を推し量るようなものが込められている。
- 早くもこの2人の若い隊長達は、衝突を始めた。
- 少なくともアーサーにはそう見えた。
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- 「愚問だな。そんなものは決まっている」
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- しかし一瞬戸惑った表情を見せたイザークだが、すぐに鼻をふんと鳴らして、迷うことなく言い切る。
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- 「クライン新議長の元で、戦争の無い平和な世界を築くために戦う。そして築いてみせる」
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- 貴様もそのためにここに来たのだろう、と口の端を持ち上げてみせる。
- その目は挑発というより、むしろ全幅の信頼を置いているかのようなものだ。
- キラもやっぱり、とでも言いたげな笑顔で頷いている。
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- そこでアーサーは、自分の考えがまたもや違っていたことに軽い衝撃を受ける。
- 見た目正反対にも思える性格の2人の相性は悪いのではないか、ということを心配したのだが、どうやら彼らはお互いをかなり認め合っている間柄のようだ。
- いつ、どこで、という疑問も浮かぶが、そんな若い隊長達のやり取りを見つめながら、アーサーは何となく彼らが新議長に信頼される理由が、分かった気がした。
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- 若く力があるだけではない。
- 彼らの思いは、とても真っ直ぐなのだ。
- 理想論をただの理想論で終わらせず、それを実現するために力を尽くせる、そんな人間だ。
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- 彼らについて行けばきっと大丈夫。
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- 部下として任務をこなすことに、もう戸惑いも違和感も無い。
- イザークとキラの言葉は、そんな気持ちを抱かせるには充分なものだ。
- それを受けて自分がどんな未来に立っているのか、今のアーサーが想像するのは、とても容易で揺ぎ無いことだった。
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