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- バルトフェルドはいつになく緊張していた。
- "FOKA'S"と名乗る組織がプラントを襲撃してからというもの、するべき仕事は多い。
- 情報の収集とザフト軍のMSの調整と再配備、時間と機材がいくらあっても足りないくらいだ。
- だが今から行う作戦はそれよりもはるかに重要で、かつ秘密裏に、それでいて迅速に行わなければならない任務だ。
- プラント内部に入りこんでいる"FOKA'S"メンバーを暴くという、これ以上無い重大な。
- バルトフェルドもスパイの類は疑ってはいたのだが、まさか敵が自分達のこれほどすぐ近くにいるとは思っていなかった。
- ラクスから話を聞かされた時は思わず耳を疑ったくらいだ。
- しかしキラのもたらした情報からそれは確実となった。
- 今思うと不可解な行動を取っていたと分かるのだが、今までそのことに気が付かなかった自分に腹が立つ。
- それだけプラントを、キラやラクスを危険に晒してきたのだから。
- だがこれは名誉挽回のチャンスと共に、反撃に転じるチャンスでもある。
- 誰が敵で味方かわからない状況だが、バルトフェルドはラクスの立案した作戦を本当に信頼のおける仲間のみに情報を伝え、密かに行動してきた。
- そしてようやくその作戦を実行する時が、来た。
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PHASE-30 「暴かれた秘密」
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- "FOKA'S"との戦闘から1週間が経過した。
- バルトフェルドとイザークは、今後の防衛ラインの再配置について国防委員長専用の部屋でセイと打ち合わせを行っている。
- "FOKA'S"との戦闘で被った被害は甚大で、今防衛ラインを組める兵士とMSは当初の半数にまで落ち込んでいる。
- うまくやりくりしなければ次に攻め込まれたら即アウトだ。
- そのため話し合いにも熱が入る。
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- 「で、あの捕虜から何か情報は聞きだせたのか」
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- 何とか防衛ラインの部隊の配置を決めたセイは、思い出したようにイザークに尋ねる。
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- 「いえ、落ち着きはしたようですが頑なに何も語ろうとはしません」
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- イザークは渋い表情で答える。
- 部下に命じて聴取を行っているが、テツは拿捕した直後は激しい抵抗を見せて暴れ、今は怒りを押し隠すような表情を崩さず一言もしゃべっていない。
- イーザクの答えにセイはゆっくりとソファーの背凭れにもたれながら溜息を吐いてぼやく。
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- 「捕虜から情報が得られなければ我々は敵のことが何もわからない。このままではプラントは本当にお終いだ」
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- そして唯一わかっているのはヤマト秘書官の過去に関わる人物ということだけか、とセイは2人に聞こえるように呟く。
- まるでキラが"FOKA'S"の一員の様な言い草だ。
- キラは自分の命を顧みずプラントの危機をまたしても救ってくれたのだ。
- そもそも"FOKA'S"はキラの命を狙ってプラントを襲ってきた。
- 借りを作りっぱなしというのがイザークは癪に障るが、状況からキラが"FOKA'S"の一員だとはどうしても考えにくい。
- イザークは思わず反論しようと腰を浮かしかかる。
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- 「確かに彼らが何ものなのか、何の目的で動いているのか知らなければ対策は取りようもありませんからな」
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- それに気が付いたバルトフェルドがイザークを制する様に、キラのことを聞き流してセイの意見に同意を示す。
- バルトフェルドは意味深な表情でイザークを見つめ、イザークは心の中で歯噛みする。
- またバルトフェルドの言うことは紛れもない事実なので、イザークもここは黙るしかない。
- その様子を心の中で苦笑しながら、バルトフェルドはですが分かったこともあります、と言葉を続ける。
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- 「おそらくメンデルは、あの無人機動MSの生産工場だったと思われます」
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- その言葉にセイは姿勢は変えないが、そちらの調査はそんなに進んでいるのかと小さく感嘆の声を漏らす。
- だが本当は、これはメンデルの調査からわかったことではない。
- キラのデータの中に入っていたもので、ラクスから教えられたことだ。
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- 「そして先日の戦力から言って規模はともかく、同様の工場もしくは基地が他にあると思われます」
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- これについてはプラントに攻め込まれた時点で、バルドフェルドは推測を立てていた。
- そして詳細な場所等は不明だが、キラのデータの中にはいくつかの施設間での通信のやり取りの傍受記録もあり、推測が確証に変わった。
- そのことは言わずにバルトフェルドは"FOKA'S"の工場の捜索を提案する。
- つまり敵の情報を掴むためにこちらから動こうというわけだ。
- 場合によっては防戦一方ではなく、こちらから攻めて士気を高めるという意味合いも含まれている。
- バルトフェルドの言葉にイザークも頷く。
- ただ待っていてはまな板の上の鯉も同然で、気性の激しいイザークとしてはこちらから殴りこまなければ気が済まないといったところか。
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- だがセイはその提案に異を唱える。
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- 「確かに情報を収集することは重要だが、リスクが大きすぎるのではないか?」
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- セイの意見は尤もだ。
- 防衛ラインも通常の半分近い人員で何とか形成している。
- それだけの防衛線で次に襲撃があった時に持ちこたえられるかもわからないのに、そこから人員を裂くのはハッキリ言って難しい。
- また敵の拠点に乗り込むということは、APSと戦闘になる可能性が高い。
- そうなれば少数の捜索隊を送り込んだところで成功の確率は限りなくゼロに近い。
- まだAPSに対して有効な手立ては見つかっていない。
- だがバルトフェルドはセイが自分の提案を反対することを分かっていたように切り返す。
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- 「やっぱりあれですかな、"FOKA'S"でしたか、その組織にとってはやはり、所在を知られるのはまずいですかな」
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- それはセイが"FOKA'S"のメンバーであるかのような言い方だ。
- バルトフェルドのその言葉にセイは眉をひそめる。
- 何を言っているんだとでも言いたげな表情だ。
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- 「まあ確かに"FOKA'S"とかいう組織にしてみればそうだろう。バルトフェルド隊長は何か誤解をしていないかな。私だってやれるものならすぐに捕まえて、プラントに平和を取り戻したいんだ」
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- セイは"FOKA'S"への怒りをぶちまけるように机を叩いて声を荒げる。
- これが芝居であれば大した役者だ。
- バルトフェルドは心の中でそんなセイを評して、上辺では同意をしながら、今度は話題を唐突に変える。
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- 「メンデルでお産まれになったミヤマ国防委員長としては、やはりメンデルが崩壊したのはショックですか」
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- それはその怒りもご尤もですな、とバルトフェルドは一人頷く。
- セイは目を見開いて少し動揺を見せる。
- それはセイがメンデルで産まれたことは、プラントの誰も知らないことのはずだった。
- セイの中で何故それをお前が知っていると気持ちが大きく膨らむ。
- その表情を見たバルトフェルドはさらに畳み掛けるように言葉を続ける。
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- 「後はそうそう。あの"FOKA'S"の捕虜が乗っていたMSなんですが、あれは少し前にミヤマ国防委員長が評議会に提示した4th-X<フォースエックス>プロジェクトの機体にとてもよく似たデータがありました。ひょっとしたらデータが盗まれたのかも知れませんな。いやはやご自分の提案した機体が敵の手によって作られ、しかも自分達を襲ってきたというのは、何とも悲しいことです」
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- そう言ってバルトフェルドは少し大げさに悲しむふりをする。
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- "4th-Xプロジェクト"。
- セイが1年前に評議会で提案した、Xナンバーシリーズのフォースステージの開発案の名称だ。
- 新型の量産型MSゲルググの開発と平行して、全く新しいXナンバーシリーズの開発を提案したのだが、その時はラクスに新しい兵器への予算増はこれ以上認められないとして却下され、その後データは破棄されたことになっている。
- テツの乗っていた機体がその中の一つと酷似していると、バルトフェルドは言っているのだ。
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- それともデータが流出した経緯はご存知ですか、とバルトフェルドは鋭い目つきで睨むようにセイを見る。
- 明らかにセイを疑っている態度だ。
- だがセイはその態度に驚愕の表情をゆっくりと冷たい雰囲気をまとった怒りの表情に変え、しかし何も答えない。
- その態度をバルトフェルドは肯定と取る。
- そして挑戦的に啖呵を切る。
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- 「"FOKA'S"が何を考えているか知らんが、キラもラクスも、そしてプラントも簡単にはやらせんよ」
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- イザークも横で、最早隠すことも無い敵意を剥き出しにしてセイを睨んでいる。
- 実は初めからバルトフェルドとイザークはセイが"FOKA'S"のメンバーだと知ってここに来ていた。
- そして他に少数だがザフト軍の中にもメンバーが潜り込んでいるというのがキラのデータに入っていたことだ。
- だが相手が評議会のメンバーということと、ザフト軍に潜り込んでいるメンバーの詳細な動向までは掴めなかったため、こうして他に誰もいないタイミングで正体を暴く行動に出たのだ。
- 確かにセイが"FOKA'S"のメンバーであるのなら、攻め込まれた時に評議会メンバーで唯一人、議長室ではなく防衛要塞テンパシーに行ったこともわかるというものだ。
- プラントが討たれても自分は討たれないように立場を利用した行動だったのだ。
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- しばらく睨みあった両者だが、やがてセイは机の上に肘を置いて手を組み、その上に額を乗せて俯き、正体がばれたショックから落ち込んでいるのかと思った。
- だがしばらくして小さく震えだしたかと思うと、声を出して笑い始める。
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- 「ふふふ、流石はキラ=ヤマト、最高のコーディネータ。そこまで調べていたか」
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- いや、今回の作戦の立案者はラクス=クラインかな、と態度を豹変させると、セイは勢いよく顔を上げると同時にバルトフェルドとイザークに向かって机を蹴り飛ばす。
- 2人は突然の攻撃を避けきれず、机の下敷きになる格好になる。
- その隙に、セイは2人を飛び越えると扉を開けて猛然と走り去る。
- 机を払いのけながら、バルトフェルドは舌打ちして通信機のスイッチを入れる。
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- 「ターゲットは予定通り逃走を試みた。各班周囲の動きに警戒しろ」
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- 言いながらバルトフェルドとイザークは懐から銃を取り出しセイの後を追う。
- 「予定を変更する。各チームは直ちに行動に移れ。プラントを脱出するぞ」
-
- そう言いながら予定を変更せざるをえないことに苦虫を噛み潰したような表情で、懐の銃を取り出しながら自分も目的地へと急いだ。
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-
*
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- セイの通信を受けた数人のザフト兵が銃を持って廊下を足音を立てずに走る。
- そしてある扉の前で立ち止まり、扉の鍵を壊して中の様子をそっと伺う。
- 明かりの消えた部屋に誰もいないことを確認すると、なだれ込む様に押し入る。
- と同時に素早く銃を構え、シーツに包まれたベッドに向けて発砲する。
- マシンガンの弾がその周辺に辺り、シーツや壁に次々穴が開いていく。
- やがて銃声が止むと、ベッドから煙が上がりそこにはボロボロになったシーツが掛けられている。
- そこに寝ている者はまず助からないだろう。
- だが一人のザフト兵が違和感を覚えてシーツを捲り、驚愕の表情を浮かべる。
- そこには穴だらけになったベッドが見えるだけで誰もいなかった。
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- 「残念だったな。探し人はそこにはいないぜ」
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- さらにギョッとしてザフト兵達は入り口の方を振り返る。
- そこには外の明かりをバックにディアッカが銃を構えて立っていた。
- その後ろにはディアッカの部下も銃を構えて廊下に並び待機している。
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- 「ラクス様の読み通りだな。"FOKA'S"ってのがザフト軍に入り込んでいるなら、親玉の正体がばれれば必ずキラの命を狙ってくるってな」
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- ここは手術後のキラが眠っていた病室だ。
- だがラクスの立てた作戦により、キラは既に別の所に移されていた。
- それは密かに行われ、キラを必ず狙うと踏んだ彼らはこうして網を張ったのだ。
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- 大人しく銃を捨てろとディアッカは叫ぶ。
- だが暗殺を狙ったザフト兵はディアッカに向けて発砲する。
- 咄嗟に横っ飛びでかわしたディアッカは、床に伏せた格好のまま待機している部下に発砲を命じる。
- ディアッカに発砲後窓からの脱出を試みた暗殺者達だが、大勢のザフト兵にマシンガンで狙われては多勢に無勢、そこまで辿り着くことはできなかった。
- 短い銃撃戦の末、静かになった病室の中にはキラの暗殺を狙った兵士達の射殺体が転がっていた。
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- 同じ頃、テツの牢の前ではダコスタが銃撃戦を行っていた。
- ディアッカとダコスタはバルトフェルドとイザークがセイの部屋に向かうと同時に兵を集め、秘密裏に行動していた。
- ディアッカはキラの病室の見張り。
- ダコスタは捕虜の牢の見張り。
- それぞれは物陰で息を潜めながらバルトフェルドからの連絡を待っていた。
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- バルトフェルドの通信を受けて緊張が走るダコスタ。
- しばらくすると静かな足音がいくつか聞こえてきて、牢の扉を開けた。
- と同時にダコスタは部下に発砲を命令して、激しい銃撃戦が始まる。
- 位置関係としては袋小路にいる格好になるダコスタの班だが、相手は5,6人で数の上ではこちらの方が圧倒的だ。
- 数に任せてマシンガンを撃ち、襲撃部隊の進入を許さない。
- 襲撃部隊は思わぬ反撃に戸惑い、そして焦っていた。
- そこに通信が入る。
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- 「キラ=ヤマトの殺害に失敗した。殺害に向かった部隊からの連絡が途絶えた。もうテツは放っておけ」
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- どうせ奴には大した情報は与えていない、生かしておいてもこの状況では大した影響はない、と通信気の向こうではセイが唸る。
- 襲撃部隊は驚き目を見開くがすぐ互いに頷き合うと、マシンガンを放ちながら後ずさりを始め、通路の曲がり角までくると一目散に駆け出す。
- 撤退していく襲撃部隊に警戒しながらもダコスタはホッと溜息を吐く。
- その時ディアッカの方では犯人を射殺したと通信が入る。
- あっちも予想通りだったな、とダコスタは一人ごちながら現状の報告を伝えるために通信機のスイッチを入れた。
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- 一方セイとバルトフェルド達は廊下の十字路を挟んで銃撃戦の真っ最中だ。
- それぞれの部隊と連絡を取り合っていたが、どちらも"FOKA'S"の作戦が失敗したことが伝えられる。
- セイは失敗に舌打ちしながら、銃の弾を詰め替えバルトフェルドとイザークの銃撃の間を突いて反撃を試みる。
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- 「バルトフェルド隊長、貴方もキラ=ヤマトに愛する者と体の一部を奪われている」
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- セイはバルトフェルドらに銃を撃ちながら唐突に話しかける。
- そしてキラが憎いだろうとそれを煽り、バルトフェルドを"FOKA'S"に勧誘する。
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- 「どうだ、貴方もこっちに来ないか?貴方ならいい参謀になれる」
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- セイの言葉にバルトフェルドは呆れた表情をするが、反撃をしながら応える。
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- 「もしその気があるなら、とっくの昔にやってるよ」
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- 俺はあんたよりもキラとラクスに信用されているんでね、と皮肉ってみせる。
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- 「けど俺はあんたらほどくだらないことに拘っていない」
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- 恋人が死んだり、体の一部を失ったり、それは戦争であれば起こりえることだ。
- そうなりたいと願ったわけではない。
- だがその覚悟は常に持ってバルトフェルドは戦場に立っていた。
- その相手がたまたまキラだった、それだけのことだ。
- バルトフェルドにとっては憎む理由にならない。
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- 初めてキラと出会った時はまだあどけなさの残る子供で、戦士としてとても優秀なのに戦うことにひどく迷っている少年だった。
- だがその瞳はずっと真っ直ぐだった。
- 次に出会ってからもそれは変わらず、彼はもっと大きな力と未来を見据えていた。
- だからバルトフェルドはキラのその真っ直ぐな瞳に賭けたのだ。
- 戦争を終わらせるための戦いに。
- これほど自分の人生を楽しませてくれる、充実した目的があるだろうか。
- それが例え綺麗事だと言われても、一度は失くしたと思われた命でも、今バルトフェルドを生にしがみつかせている信念だ。
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- 言い合いながらセイからの反撃がふと途絶えた。
- セイは持っていた銃が弾切れしたことに舌打ちしながらバルトフェルド達の様子を伺っている。
- バルトフェルドが弾切れしたことに気が付き、これはチャンスだとバルトフェルドとイザークはセイを捕らえようと一歩踏み出す。
- しかし十字路の横の通路から銃弾が飛んでくる。
- テツの殺害に向かっていた部隊がここに来たのだ。
- バルトフェルド達はあわてて後ずさりしながらそれをかわすと、再び壁の影に隠れて同じ位置での銃撃戦となる。
- だが今度は相手が多勢で反撃する隙がない。
- その部隊に守られるようにセイは移動を始めると、やがて突き当たりの鉄扉の前に着く。
- セイはバルトフェルドに残念だよと言い残してその鉄扉の向こうへと消えていく。
- バルトフェルドとイザークは急いで駆け寄るが、鉄扉は暗号コードで鍵をかけられているらしく、横のパネルを操作しても開かない。
- また手持ちの銃では撃っても壊せそうにはない。
- イザークは逃げられたことを悔しがるが、バルトフェルドはポンと肩を叩くとまだ終わってないぞと言って、セイが消えていった方向とは反対側に走っていく。
- イザークも思い出したようにバルトフェルドの後を追った。
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