- 「ラクス様は、キラさんのどんなところに惹かれたんですか?」
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- ルナマリアが唐突に興味津々、身を乗り出すようにしてラクスに尋ねた。
- それを受けて、メイリンとシホが口に含んでいた紅茶を吹き出しそうになる。
- 何とか堪えて吹き出さなかったことに安堵したシホだが、まるで自分が問われたかようにドキドキとしてしまっていて、顔が火照ってくるのが分かる。
- それでも、何とか平静を装ってカップを置くと、ルナマリアの言動を嗜める。
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- 「ルナマリアさん、いきなりそんなことを問うなんて、ラクス様に失礼ですよ」
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- メイリンも、そうよお姉ちゃん、と頬を赤くしながら姉を睨む。
- しかしルナマリアはしれっとした様子で、肩を竦める。
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- 「でも気になるじゃないですか。あんなにお互いを大切に想い合える人と出会えるなんて、とっても素敵で羨ましいです」
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- 目を乙女のごとくキラキラと輝かせて、憧れを込めてラクスをじっと見つめる。
- シホとメイリンは呆れながらも、反論の言葉が出てこない。
- ルナマリアの疑問は、彼女らも密かに思っていることではあるからだ。
- しかし今やプラントの最高評議会議長であるラクスと、こうして近しい存在として接するだけでも恐れ多いとすら思っているのに、そのことを尋ねるのは気が引けるのだ。
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- 一方でラクス本人は、ルナマリアの問いに動揺することも無く、至って優雅にカップを口元に運んでいる。
- それからゆっくりとカップをテーブルに置くと、そうですわねえ、と少し遠い目をして空を見上げる。
- どこがと問われると、正直これと言っては無い。
- 存在全てが、彼女にとって愛しいものだから。
- 彼の事を思うだけで心がとても温かに、幸せな気持ちになる。
- であるにも関わらず、その瞳は、どこか愁いを帯びていた。
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- 今日のプラントは1日快晴の予定で、ぽかぽかと心地よい春の陽気が続く。
- こんな日は、たまには休日を女性だけで過ごすのも良いかと、ルナマリア、メイリン、シホをラクス邸に招いての茶話会が催されていた。
- 共に暮らしているキラも快く了承し、気を利かせて今は出掛けている。
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- ラクス直々のお招きということで、最初は緊張していた3人だったが、女性だけ、しかも皆年頃とあって、すぐに華やいだ会話が弾みだす。
- 当然話題は色恋話にも及び、そこで発せられたルナマリアの言葉。
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- 普段のキラとラクスの仲睦まじい様子から、彼女らは甘い話を想像し、期待していた。
- だがラクスにとっては、必ずしも嬉しいばかりの話ではない。
- むしろそこに至るまでは、辛く苦しい道のりであり、想いだった。
- だが、あれを乗り越えられたからこそ、今自分達はここに共に居られるのだと思うと、今となっては大切な時間だったとも言える。
- あの時は、こうなることなど、とても考えられる状況ではないほど大変だった。
- 今が幸せすぎて時々それを忘れてしまいそうになるが。
- しかしそれを思い返すという意味でも、昔話をするのも良いですわね、とラクスは1人ごちるとゆっくりと語り出す。
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- 「これからも皆さんには色々と助けていただかなくてはなりませんし、少しお話しましょうか」
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- その言葉に、ルナマリアはやったと喜び、シホはお話になるんですかと言わんばかりに目を見開き、メイリンは既に頬を染めてドキドキしながらラクスを見つめる。
- 3者はそれぞれの反応を示したが、結局誰もが聞きたい話題であるので、3人とも息を飲んで身を乗り出すように耳を傾けた。
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STORY-01 「終わらない戦い」
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- それは、2度目のヤキンドゥーエの戦いが終わった直後のことです。
- 核ミサイルとジェネシスを、多くの犠牲を払いながらも何とか破壊することに成功した私達は、プラントにも地球にも戻らず、まだデブリの中に身を潜めておりました。
- 私達は反逆者として追われている身でしたので、そう簡単に元の場所に戻ることはできませんでしたから。
- それでも生き残った私達は、戦いが終わったことに、静かに喜びを噛み締めていました。
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- ですが、私には一つの大きな懸案があり、まだ心から喜ぶことができていませんでした。
- それはキラのことです。
- ジェネシスが爆発した直後、フリーダムのシグナルが消えたのです。
- 戦争が終わったとは言いましても、まだ混乱した状況は続いていたため、キラの消息はなかなか掴めませんでした。
- 報告を待っている間、もしかしたらこのまま帰ってこないのではないか、というネガディブな思いも過ぎりました。
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- キラは出撃前から思いつめたような表情をしていたので、私は危惧をしていました。
- この戦いで、自ら命を絶つのではないかと。
- ですから私は、帰り道の導きとなるようにせめてもの祈りを込めて、お母様の形見の指輪を渡しました。
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- ですから、キラの消息が不明と言われた時、キラの元にあるであろうその指輪に、強く強く願いました。
- どうぞキラをお守りくださいと。
- 結果的に、キラはカガリさんのストライクルージュに、宇宙を漂っていたところを助けられました。
- 心身共にボロボロの状態で、戻ってきた時には気を失ってはいましたが、ともかく最悪の事態は免れたと内心では安堵もしました。
- 亡くなられた方々のことを思うと申し訳ない気持ちもありましたが、それが私の正直な気持ちでした。
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- それから私は艦の皆さんに今後の指示を行いながら、暇を見つけてはキラの様子を覗きました。
- しかしキラは一向に目を覚ます気配がありません。
- 怖い夢を見ているのか、時々うなされていたこともあり、私は心配で堪りませんでした。
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- 数日ほどして、ようやくキラは目を覚ましました。
- 私はその知らせを聞き心底嬉しく思い、真っ先にキラの元へと参りました。
- とにかく無事をこの目で確認したかったのです。
- そして、戦いが終わったことを共に分かち合いたかったのです。
- キラと出会ってから、私はずっと彼の辛そうな悲しそうな顔しか知りません。
- まだ心の傷は癒えてはいないでしょうが、それでも戦いが終わったことは喜ぶであろうと、そんな淡い期待も抱いていました。
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- 「ご気分はいかがですか?」
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- 私はキラの傍らの椅子に腰を下ろすと、努めて明るくそう言いました。
- キラはまだベッドに横たわっていましたが、しっかりと目を開けて、意識はハッキリとしているようでした。
- けれども、私の問いに反応しません。
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- 「もう戦いは終わったのです」
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- 寝起きでまだ少しボーっとしているのかとも思い、もう一度話し掛けてみました。
- しかしやはり反応は薄いものでした。
- 目は覚ましたけれども、何かの病気か傷があって、私の呼び掛けに答えられない状態なのだろうかと心配もしました。
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- 結局それは杞憂に終わりました。
- しばし無言の時間が続きましたが、キラはゆっくりと上半身を起こしました。
- そこで初めて私の方を向いてくださいました。
- ですがその表情には、戦いが終わったことへの安堵は無く、まだ痛み、悲しみが抜けてはいませんでした。
- 後で分かったことですが、この時のキラは、何で自分はまだ生きているのだろうと思っていたそうです。
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- その時はまだそのようなことを知らない私は、ただキラの体調を心配していました。
- 心の傷が癒えるには時間が必要です。
- 目覚めたのなら、またいつでもお話はできると思い、今は休むように言いかけました。
- ですがキラは何か言いたげに私を見ていたので、私は黙ってそれを待ちました。
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- 「これ、ありがとう」
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- キラはそう言って、私が渡した指輪を首から外し、徐に差し出しました。
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- 「君との約束があったから、僕はここまで、帰って来れた」
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- 喘ぐように言葉を搾り出し、泣いているという表現が正しい笑顔で、そう告げるのです。
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- 「それは、良かったですわ」
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- 指輪を返されたことで、私は少し胸に鈍い痛みを感じましたが、笑顔を作ってそれを受け取りました。
- 本当は指輪はキラに持っていて欲しいとも思ったのですが、キラがこの指輪のお陰で帰ってこれたと思ってくれるのならば、願いも約束も果たされたのですから、これ以上の我侭は言えません。
- その痛みを隠すように指輪を握り締め、精一杯の笑顔を浮かべました。
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- 「私は、キラが生きて戻ってきたことを、本当に嬉しく思っていますわ」
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- 私は本音を零し、そっとキラの肩に触れて、その温もりを抱きしめました。
- 少しでもキラの心の傷が癒されますようにと。
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- できればもう少し2人でお話をしていたかったですが、残念ながらいつまでもこうして宇宙にいるわけには行きません。
- 戦いは終わったわけですから、私達はそれぞれの意志で、元の暮らしを、或いは新しい生活を始めなければなりません。
- ほとんどの方はオーブへ亡命することを決めています。
- 私はまだですが、プラントからは帰国の要請もありました。
- けれどもキラのことが心配で、答えを保留していました。
- 戻るにせよ、オーブに行くにせよ、キラの行き先は知っておきたい、知らせておきたいという、個人的な我侭の為に。
- 身勝手なことだとは分かっていましたが、私はキラと二度と会えなくなることは耐えられそうもありませんでした。
- ですからキラに今後のことを尋ねました。
- これからどうするのか、どこへ行くのかを。
- 尤も、キラは当然、ご両親の元へ戻られるものだと思っておりました。
- 帰る場所がある、待っている人が居るということは素敵なことです。
- そこでならきっと、アスランが言っていたような、無邪気で明るい元の笑顔を取り戻せるだろうと信じました。
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- 「キラはご両親のところへ戻られるのですね」
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- それは私の中では決定事項になっていたので、確認のつもりでした。
- ですが尋ねた途端、キラの表情は苦悶に満ちたものへと変わりました。
- そして思いも寄らぬ言葉を発したのです。
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- 「帰らない。僕は、帰らないっ!」
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- 取り乱したようにそう叫ぶと、胸を鷲掴みにして、浅く早い呼吸を繰り返しました。
- 何らかの発作に襲われたような、目を大きく見開いて、苦しそうに掠れた空気の通る音を震わせました。
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- 只ならぬ様子に、私はキラの手を握って落ち着かせようとしました。
- しかし私の手が触れるや否や、パッと手を引いてそれを拒みました。
- そしてその表情には、ハッキリと拒絶の色が浮かんでいました。
- 私だけでなく、周りにある全てのものを拒むような、そんな暗く悲しげな。
- きっと戦いの最中、私には見ることが出来なかった悲しみを目の当たりにしていたのでしょう。
- 戦いの時以上に、キラの瞳は悲しみで染まっていました。
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- しかし私はキラの思わぬ行動に、ショックを受けてしまいました。
- それが表情に出てしまったようです。
- キラはすぐにハッとして、悲しそうな、申し訳なさそうな表情を浮かべて、視線を逸らしました。
- それから苦しそうに、かの泣くような声で、言葉を搾り出しました。
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- 「僕に、触らない、で・・・」
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- そしてキラは、再び意識を手放してしまいました。
- 力なく宙に浮かぶ姿からは、生気らしいものを感じ取れないほど、憔悴した状態でした。
- 私は慌ててキラの名前を呼び、揺さぶりましたが、返事をされることはありませんでした。
- 急いでお医者様を呼びましたが、キラはまたうなされたまま、しばらく目覚めることはなかったのです。
- その様子をただ見ていることしか出来ない自分を、とても歯痒く思いました。
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- キラはまた大きな心の傷を、1人で抱え込んでしまっていることはすぐに分かりました。
- 戦場で何があったかは分かりませんが、私達にも言えない思いを。
- それが酷く影を落としていることを。
- 私はその時決心しました。
- キラの傍にずっと付き添おうと・・・。
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