- 「ただいま」
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- 一通り話し終えたキラは、シンと別れて帰路についた。
- 最後にはシンも何か憑き物が落ちたと言うか、悩みを吹っ切ったような表情になっていたので、話をして良かったと満足感を感じている。
- それに忘れていたわけではないが、ラクスがいかに大切な存在かを改めて思い返すことが出来た。
- とても有意義な時間だったと、キラの帰る足取りは軽かった。
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- 「お帰りなさいませ」
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- 家に着くと、ラクスがすぐに出迎えてくれた。
- こちらもお茶会が終わり、キラの帰りを待っていたところだ。
- ラクスもまたキラの大切さを再確認し、帰りを心待ちにしていた。
- そしてキラの姿を見た途端、久し振りに顔を見たような気がして、心から笑顔が溢れた。
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- それを受けてキラもふと思う。
- 昔のことを長く話していただろうか。
- 久し振りに我が家に帰り、愛しい人に出迎えられた時ような、そんな安堵感が満たされる。
- 普段忙しいからかなと内心苦笑しながら、そんなことを考えて自然と笑顔が零れた。
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- 「どんな話をしてたの?」
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- キラは上着を脱ぎながら、ラクスにお茶会のことを尋ねた。
- ラクスの様子からして楽しい時間を過ごしたらしいことは見て取れた。
- それだけでも充分満足だし、どんな話をしていても一向に構わないのだが、ラクスとは色々な思い出を全て共有したいと思うのは、独占欲に満ちた我侭だろうか。
- いつから自分はこんなにも我侭になってしまったのだろう。
- 我侭な自分をラクスはどう思うだろうかと、尋ねてから内心少し心配する。
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- そんな密かに悩むキラを余所に、尋ねられたラクス淡い笑みを浮かべた。
- キラの過去は他人に話すにはあまりに重い話だと、もちろんラクスも理解している。
- それでもキラのことを分かってもらえる人や、共に未来へ向かって歩いていける同志は多いに越したことはない。
- だからこそ自分と同じくキラに近しく、信頼できる者に、その覚悟があるかを確認した上で話をした。
- そうでなければ、キラが傷つくだけだと分かっているから。
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- だがマルキオ邸で影を背負っていた時からすると、別人かと思えるくらいに明るく穏やかになったキラに、内心喜びの感情を禁じ得ない。
- 改めてキラに笑顔が戻って良かったと思う。
- 当時の辛かった気持ちと、今の幸せな気持ちが入り混じり複雑な感覚だが、じっとキラの瞳を見据えると、問い掛けに答える。
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- 「キラと過ごした、地球でのことをお話しました」
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- 答えを聞いたキラは驚いた表情を浮かべる。
- それから肩を震わせて、ははっと笑い声を上げた。
- 先ほどの心配が嘘みたいに吹き飛んだ。
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- 一方のラクスは少し違う反応を期待していただけに、何がそんなに可笑しかったのだろうと首を傾げる。
- キラの性格からして、少し恥らうような戸惑う反応を予想していたのだ。
- それが突然笑い出したのだから、自分の方が戸惑ってしまった。
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- 「僕もだよ」
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- ようやく笑いを抑えたキラは笑顔で告げる。
- しかし主語がなかったため、ラクスはキョトンとした表情でキラを見つめるばかりだ。
- ラクスの表情にそのことに気がついたキラは、もう一度、ラクスがちゃんと分かるように説明する。
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- 「僕も外でシンと会って、君と同じ話をしてた」
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- ラクスはその事実に驚きを露にするが、その表情は次第に笑顔に満ちていく。
- それから嬉しそうに顔を綻ばせて、そっと寄り添った。
- まさか離れた場所で、違う相手に、同じ話をしているとは思わなかった。
- だがそれは、愛しい人と深い繋がりを感じて、どうしようもなく幸福感に満たされてくる。
- キラもまた同じ気持ちだった。
- こんなにも他人と繋がっていることを嬉しいと思うのは、本当に相手のことを愛しく大切に思っているからだろう。
- 自分自身のラクスへの想いを再認識し、寄り添うラクスの額に小さくキスをすると、その細い体を優しく抱き返した。
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FINAL-STORY 「今という証」
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- 「ですが珍しいですわね。キラが自分からあの時のことをお話になるなんて」
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- 一頻り互いの温もりを甘受した後、キラが着替えを済ませると、リビングで2人だけのお茶会をささやかに開き、お互いに話したり思ったことを交わしながら、ゆったりとした時間を過ごしている。
- そうして寛ぐキラに、ラクスはポツリと零した。
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- 確かに、今までのキラであれば、その話をすることを好んではいなかった。
- むしろそれをどこか思い出さないようにしていた節があるように思われた。
- キラにとっては辛い時間であったのはよく分かるので、そのことを責めるつもりはさらさらないが。
- 一体どんな心境の変化があったと言うのか、恋人としては気になっていた。
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- キラ自身もそのことは自覚していた。
- 必要な時間だったと認識はしていても、口に出すのは憚れていた。
- 自分の過去を知られたく無いと思う気持ちと、あの時の苦しみがまた自分を狂わせてしまうのではないかという恐怖を感じていたから。
- だが今日に限っては、懐かしさにも似た感情で思い起こされ、不思議とシンには自ら話をしても良いかなという気になったのだ。
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- 「街を歩いていたら、不意にあの時のことが思い出されたんだ。その時に、確かに辛いことも多かったけど、決してそれだけの時間じゃなくて、君と一緒に居られたから、幸せな時間でもあったんだって思えたんだ。君に支えられてたから、僕は苦しみを乗り越えられたんだと思う。その分君にはたくさん迷惑も掛けたけど・・・」
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- キラは思いを吐き出すと、申し訳なさそうに苦笑する。
- ラクスに対してどれだけ苦労を掛けただろうと思うと、感謝と懺悔の気持ちでいっぱいになる。
- ラクスに助けられて、支えられてこの平和で幸せな瞬間を感じられるというのに、自分はラクスに対して何をしてあげられただろうと考えると尚更だ。
- 優しく傍に居てくれるラクスに甘えいるだけで、それが本当はとても負担になっているのではないかと思えるのだ。
- だからせめて幸せをあげようと思うのだが、果たして自分は傍にいても良い存在だろうかと不安になる。
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- だがラクスは微笑んで首を横に振る。
- キラにそんな風に思っていてもらえたなんて初めて知った。
- 自分の思いが届いているのだろうか、こんなにも溢れる気持ちが伝えられているだろうかと不安を覚えていたが、自分の思いが確かに伝わっていたことに喜びを感じずにはいられない。
- それにキラが思っている以上に色々なものを貰っている。
- 今こうして激務をこなすことができるのも、傍で支えていてくれるからに他ならない。
- 自分こそ、キラに対して想いを伝えられているか、想いに応えられているか不安になる時もある。
- もっとキラに伝えなければと思うのだ。
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- 「確かにキラがずっと落ち込んでいるのを見ている時は辛かったですが、貴方はご存知無いのでしょうね。キラが私に、自分の思いを話してくださった時の嬉しかった気持ちを」
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- その時のことを思い返しながら、ラクスはそっと吐き出す。
- キラが突然自分を話があると言って部屋に連れて行った時は、本当にドキドキしていた。
- 何を言われるのか不安の方が大きかったが、それが思いも寄らぬ告白であったことに、色々な意味で衝撃を受けた。
- そして心から嬉しいと思えた。
- その時初めて、人は嬉しくても涙が出るのだと知ったのだ。
- それからキラやキラの両親から聞いたキラが背負っている過去のことは驚いたが、それがキラへの想いを揺るがすものにはならなかった。
- 何故ならラクスにとって、キラはキラでしかない、愛しい存在であることに変わりはなかったから。
- そんなキラに傍に居てもらえることは、幸せ以外の何ものでもない。
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- それからキラは、少しずつ表情を取り戻していった。
- それを傍で見守ることができた自分は、幸せ者だと思う。
- さらに自分にだけ見せる表情が増えたと聞かされた時、ラクスは内心喜びを感じずにはいられなかった。
- 自分がキラにとって特別な存在であるということは、やはり嬉しいことだ。
- またキラの母であるカリダと仲良くなれたのも良かった出来事だ。
- 自分を本当の娘の様に可愛がってくれて、束の間でも、母の温もりに触れることができたのだから。
- それもキラが与えてくれたものだと、ラクスは思っている。
- キラの行動一つ一つがラクスの心を突き動かし、時に掻き乱す。
- 傍に居られるだけでいいと思っていたのに、今ではそれだけでは満足できない。
- もっと話して、もっと触れて、もっとキラを知りたいと欲望が尽きることは無い。
- そんな自分に呆れながらも、想いの全てはキラを中心に回っているのだと思い知る。
- そしてそれを止めようとは思わない、思えない。
- 何故なら、それがこんなにも幸せなことを知ってしまったから。
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- 「私はキラのために生きているのだと、本気で思っていますわ」
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- ラクスは惜しげもなくささやく。
- 心からの想いを。
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- キラとしては、そんなことを言われればとても心臓が平静ではいられない。
- 嬉しさと恥ずかしさに顔を赤く染めた。
- ラクスはそれを見て、久し振りにお顔が赤くなりましたわと、また嬉しそうに笑みを零す。
- キラは少し拗ねたように口を尖らせてぷいとソッポを向く。
- 自分の方こそ、ラクスの言動にいちいち反応してしまって、いつも自分ばかりが動揺しているみたいで、それが少し悔しい。
- 比べたり競ったりするものではないと分かってはいるが、そう思うのだ。
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- だがすぐに、笑みを浮かべてラクスに向き直る。
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- 「僕も嬉しかったよ。君が傍に居てくれるって言ってくれて。僕こそ君のために生きている、生きなきゃって思ったよ」
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- 意趣返しではなく、心からそう思う。
- ラクスが心から言ってくれていると分かるからこそ、どうしようもなく心が反応してしまうのだ。
- そしてとても満たされた気持ちになりながら、満足することは無い。
- まるで心に穴が開いていいて、そこから思いが零れているかのように、ひたすらにラクスを求めてしまうのだ。
- だがその穴を埋めようとは思わない。
- 求めること、求められることが、温かいことを覚えてしまったから。
- 不安を忘れさせてくれるから。
- 相手が同じ気持ちでいてくれるのなら、こんなにも幸せなことはない。
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- 艶やかにも見えるその笑顔に、今度はラクスが頬を赤くした。
- キラはしてやったりと、そのことを嬉しそうに指摘する。
- ラクスは赤い顔と恥ずかしさを隠すように、キラの腕に抱きつき、顔をギュッと押し当てる。
- だがその腕から伝わる温もりが、また幸福感を増幅させる。
- それも、苦しかった、辛かった時間があるからこそ、分かることだ。
- だからあの時の痛みと平穏を、今2人は大切に思っている。
- もう戻れない時間だが、戦争の悲惨さを知り、自分の大切な人と笑い合って暮らせる、当たり前の幸せの大切さを実感できたから。
- だから皆のあの幸せを壊さないように、今こうして戦っているんだと気持ちを新たにする。
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- 「今僕があるのは、君のお陰だね」
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- キラは想いを込めて呟いた。
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- 「今私が居られるのは、貴方のお陰ですわ」
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- ラクスもキラの腕に回した自分の腕に力を込めて呟く。
- そしてどちらからともなく、クスクスと笑い出し、キラも自分の頭を傾けて、ラクスの頭にくっつける。
- お互いに本当に幸せそうな笑みを浮かべて相手の温もりと想いを噛み締めながら、幸福な温もりにしばし無言で身を委ねた。
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- その間も、時間は幸せな未来に向かって、静かに流れていた。
- これからも共にあることを、そっと祈り、誓いながら。
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